第3話 容疑者Ⅱは、理想を抱くシングルマザー
文字数 2,087文字
第三話 シンママの秘かな想い
それを耳触りよく言えばワーキングママ。ありていに言えばシングルマザー。夫とは三月前に別れた。彼はいわゆる(優しくてダメなひと)。世の中によく居る男性のひとり。
家庭を持ちながら勤務先の女性に同情し浮気をする。それも五年間で二人目。これって在りなの? 散々に相談した。友人、市役所の悩み事相談室、有料のカウンセラー、探偵事務所、僧侶、牧師、霊感占い師、タロットカード、占星術、などなど。
桜田ルナは結論を出した。まだ若いうちに(今年三十二歳)離婚し再婚相手を捜す。容姿には自信がある。子を成してもスレンダーな体型を維持し(知花くらら)に似ているとよく云われる。
別に「結婚」に嫌気がさしたワケではない。相手を間違えただけ。芝生のお庭付きの一軒家か、もしくは高層マンションの最上階近くに夫と子供たちとワンコと暮らす。これを一言でステータス。
離婚は案外と容易すかった。今年十一歳になる女子の親権問題はあっさりと解決した。(親権)はルナに。おマエの子供への想いもその程度だったのか? これにも呆れた。
借りていた(みらい地区)のUR賃貸から夫は出て行った。手荷物のスーツケースひとつ転がして。何処へ行ったのかなんて知っちゃいない。どうでもいい。ただ離婚で約した毎月五万円の養育費が心配だった。
賃貸料は十二万円。五万円がないと困る。ルナは美容師。立派に手に職を持つ。でも住居費で十二万円は痛い。今の美容サロンでの稼ぎは手取り二十万円ちょい。残りの八万円で生活費一切を賄わなければならない。娘の教育費が捻出できない。
いまや当たり前になりつつある塾。さらにお稽古ごとのピアノ、ダンスで合計月四万円。今は小学生(五年)だからいいけど中学校に入ると塾講習費は二割増しになる。
今日は火曜日でサロンの祝日。娘ヒナを塾に車で送って行く。ルナは入念に身支度を整える。これでもヘアメイクアーティスト。オシャレやメイクにも気を配らなきゃならない。近くにお客が居るとも限らないし。
けれどそれ以上に「みらい塾」の先生に関心がある。理想の男性像。独身同年配でこの地区に分譲マンションを持ち、容姿端麗。あえかなる恋心を寄せている。
毎週火曜日には先生用の手作りのお弁当も用意する。昨晩からヒナと共にメニューを考え調理する。ヒナも先生のことを好いている。
駐車場のハスラーに乗り込む。この一帯(みらい地区)は千葉県肝煎りのニュータウンでライフラインは総て地中に。電信柱など一本もない。そしてゴミも地下の空洞を強風で焼却場まで運ばれる。だからいつ投棄しても可。
ここに住むこともステータスの一環。出来れば分譲のタワーマンションに引っ越したい。あの(バカオトコ)じゃなければ今頃は実現出来てたこと。ホントに腹立たしい。
勤め先のサロンは車で十分ほど走った大型ショッピングモール内にある。千葉県内に十店舗ほどを展開する地域の大手ヘアサロン。競争が激しい業界のこと、客層をちょっとオシャレに五月蠅い人向けに設定し差別化を図っている。
UR賃貸マンションは(みらい地区)の端っこ。塾は中心部にある。スペイン風の石畳の道を二百メートルほど。車を止めると、そこには例の{勘違いブス}が教室にまで入り込んで持参の花瓶にこれまた自前の花を挿している。
この女の服装は地雷系。二十歳前の女子の服装。ほどほど呆れる。
「一体、お前はいくつなんだ!?」
先生はホワイトボードの前で授業の準備をしていた。
「いつも娘がお世話になっています。これお口に合うと良いんですが。あ、お昼じゃなくても、夕食まで冷蔵庫に保管していただければ大丈夫ですから」
ルナは花柄の可愛いナプキンに包んだお弁当を手渡した。ヒナは、
「お母さんと一緒に作ったの。二人の愛情が籠っている」
娘の言葉ですっかり面映(おもはゆ)くなってしまう。母親の気持ちをすっかり代弁している。
「いえいえ、ありがとうございます。お口に合うかなんて勿体ない、いつも火曜日を楽しみにしています」
先生はそう云う。いっそのこと毎日作ってくれ、と云ってくれると嬉しいのに。
しばらくヒナの成績などを話して車に戻る際に、例の{勘違いブス}と視線がぶつかる。
―
近くのスーパーで買い物をし最寄りのATMで残高を確認する。やはり入っていなかった。今日は約束の二十五日。前のふた月は午前中には入っていた。
ルナがこうも気をもむ理由に(養育費の不払い)問題がある。離婚した夫が子供の養育費を払わず逃げる。法的な拘束力はない。逃げ得と云うヤツ。裁判所に訴えてもお金がない以上、(払えないものは払えない)となる。
ルナの危惧はあたった。いつまで待っても三回目は振り込まれない。嫌々電話やメールをしても無しのつぶて。挙句、勤務先に連絡するものの、退職したと告げられる。
毎月五万円の借金を支払い続けるよりは新天地で暮らしたいと思ったのだ。もう新しいオンナが出来たのかも。ルナはこれからの人生の設計図を本気で描き直さなきゃならない。
なんとか塾の先生と親密になりたい――。
それを耳触りよく言えばワーキングママ。ありていに言えばシングルマザー。夫とは三月前に別れた。彼はいわゆる(優しくてダメなひと)。世の中によく居る男性のひとり。
家庭を持ちながら勤務先の女性に同情し浮気をする。それも五年間で二人目。これって在りなの? 散々に相談した。友人、市役所の悩み事相談室、有料のカウンセラー、探偵事務所、僧侶、牧師、霊感占い師、タロットカード、占星術、などなど。
桜田ルナは結論を出した。まだ若いうちに(今年三十二歳)離婚し再婚相手を捜す。容姿には自信がある。子を成してもスレンダーな体型を維持し(知花くらら)に似ているとよく云われる。
別に「結婚」に嫌気がさしたワケではない。相手を間違えただけ。芝生のお庭付きの一軒家か、もしくは高層マンションの最上階近くに夫と子供たちとワンコと暮らす。これを一言でステータス。
離婚は案外と容易すかった。今年十一歳になる女子の親権問題はあっさりと解決した。(親権)はルナに。おマエの子供への想いもその程度だったのか? これにも呆れた。
借りていた(みらい地区)のUR賃貸から夫は出て行った。手荷物のスーツケースひとつ転がして。何処へ行ったのかなんて知っちゃいない。どうでもいい。ただ離婚で約した毎月五万円の養育費が心配だった。
賃貸料は十二万円。五万円がないと困る。ルナは美容師。立派に手に職を持つ。でも住居費で十二万円は痛い。今の美容サロンでの稼ぎは手取り二十万円ちょい。残りの八万円で生活費一切を賄わなければならない。娘の教育費が捻出できない。
いまや当たり前になりつつある塾。さらにお稽古ごとのピアノ、ダンスで合計月四万円。今は小学生(五年)だからいいけど中学校に入ると塾講習費は二割増しになる。
今日は火曜日でサロンの祝日。娘ヒナを塾に車で送って行く。ルナは入念に身支度を整える。これでもヘアメイクアーティスト。オシャレやメイクにも気を配らなきゃならない。近くにお客が居るとも限らないし。
けれどそれ以上に「みらい塾」の先生に関心がある。理想の男性像。独身同年配でこの地区に分譲マンションを持ち、容姿端麗。あえかなる恋心を寄せている。
毎週火曜日には先生用の手作りのお弁当も用意する。昨晩からヒナと共にメニューを考え調理する。ヒナも先生のことを好いている。
駐車場のハスラーに乗り込む。この一帯(みらい地区)は千葉県肝煎りのニュータウンでライフラインは総て地中に。電信柱など一本もない。そしてゴミも地下の空洞を強風で焼却場まで運ばれる。だからいつ投棄しても可。
ここに住むこともステータスの一環。出来れば分譲のタワーマンションに引っ越したい。あの(バカオトコ)じゃなければ今頃は実現出来てたこと。ホントに腹立たしい。
勤め先のサロンは車で十分ほど走った大型ショッピングモール内にある。千葉県内に十店舗ほどを展開する地域の大手ヘアサロン。競争が激しい業界のこと、客層をちょっとオシャレに五月蠅い人向けに設定し差別化を図っている。
UR賃貸マンションは(みらい地区)の端っこ。塾は中心部にある。スペイン風の石畳の道を二百メートルほど。車を止めると、そこには例の{勘違いブス}が教室にまで入り込んで持参の花瓶にこれまた自前の花を挿している。
この女の服装は地雷系。二十歳前の女子の服装。ほどほど呆れる。
「一体、お前はいくつなんだ!?」
先生はホワイトボードの前で授業の準備をしていた。
「いつも娘がお世話になっています。これお口に合うと良いんですが。あ、お昼じゃなくても、夕食まで冷蔵庫に保管していただければ大丈夫ですから」
ルナは花柄の可愛いナプキンに包んだお弁当を手渡した。ヒナは、
「お母さんと一緒に作ったの。二人の愛情が籠っている」
娘の言葉ですっかり面映(おもはゆ)くなってしまう。母親の気持ちをすっかり代弁している。
「いえいえ、ありがとうございます。お口に合うかなんて勿体ない、いつも火曜日を楽しみにしています」
先生はそう云う。いっそのこと毎日作ってくれ、と云ってくれると嬉しいのに。
しばらくヒナの成績などを話して車に戻る際に、例の{勘違いブス}と視線がぶつかる。
―
近くのスーパーで買い物をし最寄りのATMで残高を確認する。やはり入っていなかった。今日は約束の二十五日。前のふた月は午前中には入っていた。
ルナがこうも気をもむ理由に(養育費の不払い)問題がある。離婚した夫が子供の養育費を払わず逃げる。法的な拘束力はない。逃げ得と云うヤツ。裁判所に訴えてもお金がない以上、(払えないものは払えない)となる。
ルナの危惧はあたった。いつまで待っても三回目は振り込まれない。嫌々電話やメールをしても無しのつぶて。挙句、勤務先に連絡するものの、退職したと告げられる。
毎月五万円の借金を支払い続けるよりは新天地で暮らしたいと思ったのだ。もう新しいオンナが出来たのかも。ルナはこれからの人生の設計図を本気で描き直さなきゃならない。
なんとか塾の先生と親密になりたい――。