最終話 犯人は誰か? いよいよパンドラの箱を開ける―

文字数 3,938文字

最終話 因は果を呼ぶ、眇たる人の連なり 
 ツイートのあった午後、正孝は落ち着いた対応を見せた。夕方から始まる塾の現状を把握して、保護者の帰宅時間の午後七時を狙い、通信手段だったLINEに「誹謗中傷」であることを弁明した。
 動画の内容も真実(不登校児童を迎えに行った)を告げる。十数人からは即座に反応があった。どれもが好意的なものだった。次の日には保護者と共に二十人近くの子供が塾に戻って来た。しかし三分の二はやはり来ない。
 正孝はまずは動画に着目した。撮影ポイント。二番館(正孝の三番館とは通りを挟んで反対側)の一階コンビニ前からのもの。つまり犯人は「みらい地区」の住人かここをよく知る者だ。
 自分の動向を監視していたのか? 或いは偶々観たのか? だが不登校の児童を引き取りに行くことは当日決まったこと。なので偶然だったような気がする。咄嗟に撮影した。
 では、瞬時に撮った動画から犯行を思い立ったのか? 或いは端から犯行を考えていた矢先の絶好の材料だったのか? それは分からない。
 また、ツイートの記述。(小児性愛者)とは前米国大統領トランプ氏を持ち上げる陰謀論「Qアノン」で一挙に広まった言葉。それを識っていたとなるとマスコミ報道に関心が在る者。それに(お子さん)とは、いかにも主婦が使いそうな言葉。
 自分に親し気に接する数人の保護者(主婦)を思い浮かべた。この保護者たちは全員好意的だった。個別にその後の言動を見て来たが、誰もが平然と同様な接し方をして来る。少しでも罪悪感を感じていれば態度に出るはず。が、そもそも罪悪感などではなく「溜飲を下げた」気分なのか?
 そうなると四軒ある同業者の犯行かもしれない。この可能性は棄てきれない。ハッキリと自己の利益に繋がる。しかししかし、犯人は「誹謗中傷」の罪で告発されると思っていないのか?
昨今、「誹謗中傷」で訴追された事例は多く報道されるようになっている。そんな危険を冒すだろうか? まかり間違えば自滅となる。フランチャイズ契約元の大手〇塾にも迷惑がかかる。
 一刻(とき)の感情に任せた犯行なのか? センシティブな若い女性にはありがちかもしれない。正孝は若い女性に焦点をあてる。何人かにはゆきつく。それでもみな清(すが)しい女性ばかり。それに恨み妬みにまで発展させた覚えはない。
 考えは一向に結論を得ない。混迷は一層深まる。まんま監視カメラの動画でも残っていれば決め手となる。現段階では推測の域を出ない。正孝は犯人捜しに限界を感じ始めていた。

 分かったことは誰にでも簡単に出来る。そしてやはり被害は大きかったこと。

 今一度正孝は我が事を振り返る。犯人は誰だろうが、塾はもう元の姿には戻らない。生徒たちの3分の1以上は他の塾に通いはじめている。この事実は覆らない。
 けれど、いち科学者として純粋に原因を突き止めたかった。因果の因(真実)を徹底的に探究する。これは生活にゆとりがある正孝ならではの考え方かもしれないが。
 正孝は最後の手段に出る。彼には実はもう一つの顔がある。自然科学を志すと、正反対のものに興味が注がれるもの。それは科学では解明できない霊的な世界(宇宙)のこと。今世に具現化しているものの代表が、占星術、タロット占い、水晶占い、霊感占い。
 不思議と言い当てられることは多々ある。侮ってはならない。その底辺に流れるものを解明していくと十九世紀イギリスで発祥した「黄金の夜明け団」にゆきつく。団員は学者など識者が多く、立場はフリーメイソン。(互いに高め合う友愛の秘密結社) ここでの協議内容は秘匿とされた。
 「旧約新約聖書」に沿いながらも、決して盲従することなく独自の路線を維持する。それは(魔術の実践)と云う形をとる。「法の書」で著名なアレイイスター・クロウリーは黒魔術で悪魔を召喚したと云われる。
 正孝は「黄金夜明け団」の遺された記述内容を精査し解明する。やがて「知性体召喚魔術」を発見した。ここでの(知性体)とは天使、悪魔、或いは別の何かとなる。知性体に真実を証してもらう。(知性体)の前では何事も秘匿は出来ない。
 知性体はキリスト、イスラム教的な倫理観を排斥し、己の理(ことわり)の中に生きよと教える。これは「自灯明」を尊ぶ仏教、さらに絞れば「禅の教え」にも通じる。
 また、(知性体)は今で云う処の「コトリバコ」だ。この(知性体)を呼び出すことは、厄災、大戦争、天変地異が招くと記されている。「コトリバコ」にも出自がある。しかも己自身だけではなく、全人類にも被害が及びかねないと示唆されている。
 古来には「丑(うし)の刻参り」深夜零時から三時に神社のご神木に憎き相手に見立てた藁人形を五寸釘で打ち込むもの。もしくは「呪詛」これは呪詛師が祟り神(悪霊)に相手の死を懇願するもの。別にしきたりなどはなし。熱意のみ。(神仏に祈るのは見当違い。時に経典を詠む輩もいますが大間違いですよ。神仏は我欲に加担しません。笑)
 昭和の時代にも「不幸の手紙(葉書)」なるものが流行った。「これは不幸の手紙です」から始まって、受け取った人は一週間以内に十人に、同様な「不幸の手紙」を出さなければ死んでしまうとの内容。いつの時代にも、恐怖を煽り、社会秩序を乱すパンドラの箱は存在する。

 正孝は教え子の澪が自宅に戻ったのを確認してから、自室の床に白いチョークで魔法陣を記す。そしてエノク語(知性体の言葉)で召喚する。召喚の言葉を三度呟いた時にそれは興った。

 召喚されるのは正孝だった。彼は透明なバブルに閉じ込められ漆黒の空間に浮いている。ここは九泉(地獄の底)か? 時を交わさず眼前に知性体が居た。宙に浮いているのか、地表に存するのかまでは分からない。一対の灰色の翼を持つ。影向なる愛(めぐ)しい女性。
「我が名はアザゼル」
 正孝は驚いた。天使でもあり堕天使(悪魔)でもありうる知性体だった。しかも女性。通説が覆る事実だ。
「エノク語を話す者よ。望みは何か?」
 正孝は言葉を選び犯人捜しを告げた。
「黒魔術の対価は私が決める。よいな?」
 魔術には対価が付き物。白魔術(天使の術)の対価は正孝が選べるが。
 正孝は頷く。どうしても真実が知りたい。

 しばらくの沈黙。正孝には永久にも感じられた。
「真実を示し、其方(そなた)が欲するものを奪う」
 矢庭に、正孝は自室に戻った。記された魔法陣はとり払われていた。呆然自失。
 やがてソファーにもたれながらブランデーを嘗める。「召喚術」は正しかった。彼は科学者。事実を探求する者。証拠となるボイスメモやムービーは作動させていた。
 しかし、
「やはり、だめか……」
 ボイスメモには一定の周波数のノイズが、ムービーは空白のみ表示される。科学的な収穫はゼロ。けれど目的は叶えられそうだ。「知性体」は黒魔術と言った。すなわち彼女は悪魔となる。
 悪魔は堕天使。天使と同類。嘘とは無縁の「知性体」だ。彼女は犯人を正孝に突き付けるだろう。だが? ここで正孝は考える。犯人は示しても証拠はやはりない。悪魔に(証拠)と云っても通用しない。彼らには真実のみ見えている。
 そうか。証拠がなければ告訴は出来ない。どうやって責任を問う?
 うん、しらを切られれば終わってしまうのではないか?
 酒が回って思考が停止した正孝はそのままソファに寝込んでしまう。この時の正孝には、対価にまで考えが及んでいなかった。

 ―

 寝おびるあくる朝に事実は現実となる。教室に飛び込んで来た女性に正孝は驚愕する。
 透き通るような白い肌に、艶やかな柳髪の若い女子。偶然、教室に居合わせた、花を生ける地雷系ママと、お弁当を届けてくれたシンママはあからさまに不審な眼をむける。
「あ、先生だ。懐かしい! 覚えてますか? わたし、細田澪です。ほら、〇塾でイジメられて先生の元に移って来て。いや、何年ぶりだろう。たまたまここを通ったのでお寄りしてみました」
 ダークブラウンの長髪をアレンジアップにまとめ、あっさりメイク、黒のリクルートスカートに白のブラウス、美肌が際立つ。識っている澪とはあまりにかけ離れている。正孝は彼女を教室の椅子に招き、コーヒーを炒れるふりをして、急ぎ二階に駆け上がった。
 澪の部屋には何もなかった。脱ぎ散らかした衣類、無造作に置かれたコスメ類、散らかったマンガ本やゲームソフト。YouTube用に設置した照明器具も無い。それらは澪の存在をも否定する。
 マグカップを運ぶ手は震えていた。動転している。犯人は分かった。アザゼルは契約通りに真実を正孝に突き付けた。
 でもどうして? もう犯人からは理由を聞くよしもなかった。
 往昔の幼目(おさなめ)。澪の言葉は弾む!
「来月からニューヨーク工科大に留学するんです。わたし通ってた歯医者さんの歯科助手さん
(藤野ひかり)から薬学は自立できると教わって、薬学を専攻して、偶然、研究室で基礎化粧品『ネフィリム』の薬害を立証できる物質 N-β を発見したんです。研究テーマの『ネフィリム』薬害は大先輩(諏訪静香)に指導されていて、本当に運がよかったんです。担当教授(諸星先生)も大層悦んでくださって。留学はご褒美みたいなもんかな。(笑)」


 正孝は、己が欲する全てを失うことを知った。

 え、ひぼうちゅうしょうって? なにそれそうなのメモメモ
 う~ん気まぐれあんま考えてないない
 赤ちゃんみたいに扱って全て肯定してくれ~
 心と歳が伴って無さすぎてむり
 何か悪いことしたんか……わかりゃな

                                おしまい
    (この物語はフィクションです。団体、個人名は実在しません。)
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