第4話 容疑者Ⅲは、ゼミの担当教授

文字数 1,582文字

第四話 新物質を巡る学内での争い
 郷田正孝は大学研究室で女性の素肌に素早く浸透し潤いを与える物質を発見し、特許をとある化粧品会社に二億円で売った。もう少し頑張れば数十億に化ける代物だったが学内での研究の続行は諦めざるを得なかった。
 ある晩のこと居残り研究で数億の酵素の掛け合わせの中から偶然、物質・Xαを見つける。翌朝、担当教授に知らせようとするものの同じ製薬業界に居る父に止められた。あの諸星教授はXαを必ず研究を指導する自分との共同発見にする、と云うのだ。  
 これが企業から給料を貰っている研究室でのことならば話しは分かる。そこでの発見は研究室全体のもの。だけどお前はまだ授業料を支払っている学生。その義務はない。そう主張した。おまけに諸星教授は〇製薬から多額の寄付金を貰っていると評判になっている。
 確かに教授の研究室からは〇製薬関連企業に毎年学生が就職している。また、気に入られた学生は〇製薬が主宰する銀座高級クラブでの接待に参加していた。
 正孝はいま一度教授を思い浮かべる。唯一の女子学生の体を触り、ほくそ笑む。女子学生は声を上げたくとも諸星ゼミから外されるのが怖くて出来ない。やはり父親は正しい。博士課程修了まではあと半年、卒業してから特許申請をしようと決意する。
 狭い業界のこと特許申請のことはすぐに知られた。罵声を浴びせられる。
「お前はオレに恥をかかせた。同じ研究室にいながら、オレの指導を仰ぎながら自己研究と世の中に発表した。よくそんなことが出来るな。いいか、いずれこの業界では居られないようにしてやるからな。よーく、覚えていろ!」
 それでも正孝は学内を去ってどこにも所属しない、いち個人。教授は何ともしようがなかった。
 化粧品会社は数年後に基礎化粧品「ネフィリム」を販売する。


   土台がかわる、うるおい満ちる、つやハリお肌へ 
           ぜったい触りたくなる、プルり触感

 このうたい文句と有名女優のテレビCMで一世を風靡した。もちろん業績は右肩上がり。業界トップの座に駆け上った。
 すぐに二億円と言いたい処だが、薬学では効能があとで覆される場合が多くある。(薬害訴訟など) なので支払いは四年ごとに分けられる。現在は二回目の支払い待ちの状態にある。「ネフィリム」の薬害についてはポツリポツリと耳にはしていた。でもどんな薬品にも多少の悪評判は付き物。正孝はあまり気に留めていなかった。
 それでも手元には契約による第一回目の支払い分の五千万円があった。自分は組織には馴染めない。そう思った時に街角に学習塾があった。これだと思った。自分の知識を子供たちに教える。人援けになると思った。
 まずは場所探し。しかも住居も兼ねる。数少ない学生時代の友人に「みらい地区」のことを教えられる。すべてが新しい街創り。そのコンセプトにのった。4500万円でマンションを購入し建物一階の商業施設を塾の教室として借りる契約をした。
 その友人とは同い歳の女子。今は違う製薬会社の新薬研究室で研究員をしている。彼女とは友人以上恋人以下で、もう十年になる。女子の三十二歳は人生の転換期と云える。妻として母として歩む道を選ぶギリの境目。
 彼女の言動からは貴方の妻にして欲しいと感じられる。最近は特に顕著だ。仕事に疲れて酒を酌み交わしながら愚痴をこぼす。どんなに家庭の妻がラクであるか。実際にはそんなことはないと言いたい処だが、ここでの本筋は違うので逆らうつもりはない。

 器量も容姿も十人なみ。正孝は彼女を嫌う訳ではない。しかしどこか踏ん切れないでいる。(Mとの甘美なエクスタシー)を当分は捨てられない。心中は謝罪の言葉で溢れかえる。
「もういいわ。じゃ、さよなら」
 酔った彼女、諏訪静香の口癖となっている。
 今夜も別のタクシーに乗せて、運転手に彼女の住まいを告げる。
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