第11話 亀
文字数 1,517文字
スーパーへ買い物に行く途中、運動がてらに、遠回りして川沿いの遊歩道を歩いた。
亀が1匹、泳いでいるのが見えた。川面からチョコンと首を出して、手足を懸命に動かしている。
だが、その亀は、前進できずにいるのだった。
その亀の前方には、3、40cmほどの段差がコンクリートでつくられていて、その段差の上は流れもなく、単なる水溜りのようになっている。小さな川なのである。だが、その3、40cmの段差からは、どういうわけか水が落ち続けているのだ。その水の勢いによって、亀は泳げども泳げども前へ進めない。つまり、亀は、流れに逆らって泳いでいたのだった。
おそらく、何かの弾みで、あの段差から落ちてしまったのだろうと思う。もともと、あの段差の上のほう、つまり上流に、平和そうに甲羅干しする何匹もの亀の姿を見かけたことがある。
なんとも、情けない話だが、ぼくは、この亀の姿、一生懸命に手足をバタつかせ、逆流を泳いでいる亀を見ながら、涙ぐんでいたのである。
亀の力では、よし逆流を泳ぎしのいだとしても、あの絶壁のようにある段差を越えることは、到底ムリだと思われた。ただ亀は、元いた場所に戻りたくて、本能のままに、その方向へ泳いでいるのだと思う。
亀は、潜水すると、いくぶん、前進した。だが、あの段差から落ちる水しぶきとその勢いに、また流される。亀にとっては、あの3、40cmの段差は、巨大な滝のように感じるだろう。
なんとか、あの段差を越えさせてやれないものか、ぼくはキョロキョロする。
この遊歩道は、川より、4mくらい上につくられている。その川に入れる道筋はない。川と遊歩道の4mくらいの間は、絶壁のようにつくられている。
ぼくに考えられたのは、転落防止のためにつくられた棒状のガードレールに、縄を縛って、降りていくことだった。
川といっても小さな川で、ジーパンを膝下まで巻くって入れば、全然濡れないで済む。
だが、縄を持って出歩いていなかったし、歩行者もよく通るので、見られたら恥ずかしいという思いもあった。
何もできずに、ぼくはスーパーに行った。いや、できないというより、しなかったのだ。その気になれば、家に戻って、洗濯ロープを外して、この川に戻ってくることもできたのだからだ。
情けなさに拍車がかかって、やはり涙ぐみながらスーパーに行って、ラーメンやニラなどを買う。
気になって、帰りも、その川沿いを歩いた。あの段差の下で、亀は、まだ泳いでいた。前より、手足に元気がなくなっていると感じた。
家に帰ると、家人も昼休みで、勤め先の銀行から一時帰宅していた。勤め先と家は、徒歩10分ほどの距離なのだ。
ぼくは、亀のことを話した。「ひとりじゃ恥ずかしいから、亀を助けるの、手伝ってくれないか、洗濯ロープ持って、おれ川に入るから、見ててくれれば…」
もちろん、そのぼくは、家人が同意しないことを知っていた。彼女が冷淡だとかいうのではない。ただ、そうしないだろうことは、分かっていたのだ。
「貴重な昼休みなのよ。ミッちゃん(ぼくのこと)、その亀を助けたい真剣さがあれば、ひとりでもできるわよ、いってらっしゃい。」
「いや、べつにそんな。」
「大丈夫よ。いってらっしゃい。」
ぼくは、なんだかムッとした。そして、ムッとした気配は彼女にも伝わり、彼女もムッとするのである。要するに、気まずい雰囲気になったのだ。
そうしてぼくは言ったのだった、「なんで、たかが亀のことだけで、こんなことにならなきゃいけないんだ。」
たかが、亀。
たしかに、それは、そうなのだった。たまたま、ぼくはあの亀を見てしまっただけで、涙ぐみ、悩まされているような、ただ、それだけなのである。
亀が1匹、泳いでいるのが見えた。川面からチョコンと首を出して、手足を懸命に動かしている。
だが、その亀は、前進できずにいるのだった。
その亀の前方には、3、40cmほどの段差がコンクリートでつくられていて、その段差の上は流れもなく、単なる水溜りのようになっている。小さな川なのである。だが、その3、40cmの段差からは、どういうわけか水が落ち続けているのだ。その水の勢いによって、亀は泳げども泳げども前へ進めない。つまり、亀は、流れに逆らって泳いでいたのだった。
おそらく、何かの弾みで、あの段差から落ちてしまったのだろうと思う。もともと、あの段差の上のほう、つまり上流に、平和そうに甲羅干しする何匹もの亀の姿を見かけたことがある。
なんとも、情けない話だが、ぼくは、この亀の姿、一生懸命に手足をバタつかせ、逆流を泳いでいる亀を見ながら、涙ぐんでいたのである。
亀の力では、よし逆流を泳ぎしのいだとしても、あの絶壁のようにある段差を越えることは、到底ムリだと思われた。ただ亀は、元いた場所に戻りたくて、本能のままに、その方向へ泳いでいるのだと思う。
亀は、潜水すると、いくぶん、前進した。だが、あの段差から落ちる水しぶきとその勢いに、また流される。亀にとっては、あの3、40cmの段差は、巨大な滝のように感じるだろう。
なんとか、あの段差を越えさせてやれないものか、ぼくはキョロキョロする。
この遊歩道は、川より、4mくらい上につくられている。その川に入れる道筋はない。川と遊歩道の4mくらいの間は、絶壁のようにつくられている。
ぼくに考えられたのは、転落防止のためにつくられた棒状のガードレールに、縄を縛って、降りていくことだった。
川といっても小さな川で、ジーパンを膝下まで巻くって入れば、全然濡れないで済む。
だが、縄を持って出歩いていなかったし、歩行者もよく通るので、見られたら恥ずかしいという思いもあった。
何もできずに、ぼくはスーパーに行った。いや、できないというより、しなかったのだ。その気になれば、家に戻って、洗濯ロープを外して、この川に戻ってくることもできたのだからだ。
情けなさに拍車がかかって、やはり涙ぐみながらスーパーに行って、ラーメンやニラなどを買う。
気になって、帰りも、その川沿いを歩いた。あの段差の下で、亀は、まだ泳いでいた。前より、手足に元気がなくなっていると感じた。
家に帰ると、家人も昼休みで、勤め先の銀行から一時帰宅していた。勤め先と家は、徒歩10分ほどの距離なのだ。
ぼくは、亀のことを話した。「ひとりじゃ恥ずかしいから、亀を助けるの、手伝ってくれないか、洗濯ロープ持って、おれ川に入るから、見ててくれれば…」
もちろん、そのぼくは、家人が同意しないことを知っていた。彼女が冷淡だとかいうのではない。ただ、そうしないだろうことは、分かっていたのだ。
「貴重な昼休みなのよ。ミッちゃん(ぼくのこと)、その亀を助けたい真剣さがあれば、ひとりでもできるわよ、いってらっしゃい。」
「いや、べつにそんな。」
「大丈夫よ。いってらっしゃい。」
ぼくは、なんだかムッとした。そして、ムッとした気配は彼女にも伝わり、彼女もムッとするのである。要するに、気まずい雰囲気になったのだ。
そうしてぼくは言ったのだった、「なんで、たかが亀のことだけで、こんなことにならなきゃいけないんだ。」
たかが、亀。
たしかに、それは、そうなのだった。たまたま、ぼくはあの亀を見てしまっただけで、涙ぐみ、悩まされているような、ただ、それだけなのである。