第30話 交差点

文字数 1,070文字

 連れとふたりで、歩いて買い物に行く途中、信号待ちをしていた。
 立って、その信号が青に変わるのを待っている間、ぼくらの横に、若い男女のカップルが、しゃがみ込んでいた。

 彼らの足もとに、1匹の犬が、伏せの格好をしていた。犬は、暑いのか、ハァハァ舌を出して息をしていて、彼らはペットボトルの水を、犬に与えていたようだった。
 見れば、ふたつの自転車が、そばに置かれている。彼らは、その犬の飼い主ではなく、何か少し困っているようだった。

 信号が青になったので、ぼくと連れは、歩き出した。しかし何か気になって、「声、かけてみる?」と連れに聞いた。連れは、「うん」。
 で、戻って、「どうかされたんですか、ワンちゃん…」と声をかけてみた。
「迷い犬らしいんです」と若い男がいった。「よろよろ歩いていて、車に轢かれそうだったんで…」

 連れは、「こないだの犬じゃない?」とぼくにいう。そう、いつか、ここに書いた、通りすがりのぼくにスリスリしてきて、飼い主さんに「あら、甘えてるわ」といわれた、あの犬である。

 あれ、こんなワンちゃんだったっけ…あのときは目を輝かせて、笑ってるようにぼくになついてきてくれたけど、今はその面影もなく、なんだか疲れている様子だった。

「違うと思うけどな…」 でもあの飼い主さんの家に行って聞いてみるか。事情を話し、しゃがみ込みを続けるカップルに「ちょっと待ってて下さい」といい、その家へ向かう。
 記憶力のいい連れは、その家の場所を覚えている。この交差点を渡ってすぐ、二軒目か三軒目だった。

 玄関は開け放しになっていて、犬の鎖はあったけれど、犬の姿は見えなかった。
「こんにちはー! ワンちゃん、いますかー?」 連れがいう。飼い主さん、出てきて、「はい、いますよ…あれっ、いない…」
「あの信号の向こうで、車に轢かれそうになっていたらしくて、男の人と女の人が、助けてあげていたみたいです」ぼくがいう。
 飼い主さん、びっくりである。たしかに老犬で、歩くのも大変そうだったし、片側二車線で路面電車も通る大きな道路、その向こう側まで行ってしまうとは、思っていなかったようだった。

 こないだ、ぼくになついてくれた時も、あのワンちゃんはこの家からひとりで出てきて、また家に戻ろうとしている時に、ぼくを見つけて寄ってきてくれたのだ。

 3人で、若いカップルとワンちゃんの待つ場所へ向かう。信号は赤だった。でも、向こうにいるカップルも、ぼくらの姿を見て、笑顔。

 ワンちゃん、よかったな。若いカップルも、優しくて立派だった。気持ちが、なんだか、ほくほくした。
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