第3話 Vampires in New York

文字数 1,781文字

「紅茶はありますか?」
 聞いてはみたものの、いい返事が返ってくるとは思っていない。案の定、店の親父は無愛想に首を振った。そして何でそんなものを欲しがるんだと言わんばかりに、エリクソンをしげしげと見た。
「では、カフェラテを二つお願いします」
 エリクソンのアクセントを聞いて、アメリカ人ではないとわかったのか、親父は納得したかのようだった。ニューヨークで一番不便なことは紅茶だった。紅茶派の彼にとってニューヨークのカフェには紅茶といえる飲物がなかった。ここの人は紅茶に対する愛情がないのか。色のついたお湯のようで彼の口には到底あわなかった。イギリス出身の連れのサイクスはもう何年も前から外で紅茶を飲むことがなくなったいう。
 カフェのカウンター、並んで座る二人の青年。スーツ姿のビジネスパーソンのようなエリクソン。黒革ファッションで長髪、シルバーアクセサリーだらけでいかにもロックミュージシャンのようなサイクス。そのちぐはぐさは他の客の興味を引いた。だが、全く違う二人なのにその面差しはどこか似たものがあった。二人とも若く、まだ三十にもなっていないだろう。明るい金髪、薄い目の色、色が抜けるように白く、顔立ちもモデルか俳優なのかと思うほど整っている。
「日本に行くって?ヴァンミアとその系譜展って日本でやるのか?」とサイクス。
「その系譜とやらが私らしい。作品だけでなく、私も日本へ招待してきた。どう思う?」
「あのことを奴に言ったのか?」
「言ってないよ。そもそも気まずくて連絡取っていないし。でもあの人が気付かないはずがない」
「エリクソンとヴァンミアの絵を並べるなんてよく思いつくな。やばすぎる」 
「そろそろこの稼業も危ないな。昔とは事情が違う。顔の出るような仕事はダメなんだ。分かっていたはずなのに。引き時かもな」
 そう言って、エリクソンはカフェラテを一口のみ渋い顔して、砂糖を足していた。一方のサイクスのカップの中身はもう空だった。
「俺は早々に引退した。三十年近くなる。もう俺のことなんて業界のごく一部の人しか覚えていない。それなのにさ、この間昔のバンド仲間に会ってしまって、そいつ俺のこと覚えていた。俺は最初全然分からなかったのに。奴はぶくぶく太ってすっかりハゲあがってたからさ。孫もいるって。お前全く変わってないなんて言われた。整形してるって答えといた」
 サイクスはおかしくてしかたないというふうだった。一方のエリクソンは鋭い目付きになっていた。
「そいつの名前後で教えろよ」
「奴は深く考えちゃいないって」
「そうだとしても一応調べておく。私にはお前を守る義務がある」         
「いつまでも子供扱いしないでくれる?」 
「まだまだ子供みたいなもんだろう?」
「年寄りの兄さんに比べればな」
 エリクソンとサイクスの視線がぶつかった。しばらくお互いを主張しあう。サイクスのブルーグレーの瞳は不満一杯。エリクソンはそれを無視し押し返した。ものすごい圧で。
 彼の目は片方ずつ色が違うオッドアイだ。左がブルーで右がヘーゼル。右側はブラウンにも薄いグリーンにも見えるときもあり、そのせいか見つめられた者は不思議な感覚を覚える。
「それより日本行き受けるのか?そっちのほうが危険だと思う」
「ヴァルカンが何を考えているかはわからない。私にとって探られたくない過去であることを彼も知っているはず。それを敢えてするってどういうことなんだろうな。狙いは現地で探るが、私も先手を打つ」
「先手って何だよ?」
「引退だよ。目が悪くなったことにする」
「画家辞めるのか?兄さんがそれでいいなら……」
「日本にあの絵があるんだ。手放してからあの絵のことを考えない日はなかった」
「今はヴァルカンのものだろ?あいつヴァンミアの作品買い漁ってるらしいぞ。どういうつもりで?」
「さぁな、私があの絵に執着しているのを当然知って入手したのかもしれないが、他の絵まで買っているのはどうしてかな?」
「熱狂的ファン?」
「冗談はよせ。サイクス。まあ、実際、ヴァルカンは最高の美術品の目利きだ。光栄といえば光栄だけど……」
「兄さんのことが心配だよ。あの絵に執着する気持ちはわかる。でも、今回の日本行きは賛成しかねるよ。どうしても行くっていうなら俺も一緒に行く」
 そう言って隣に座るエリクソンの肩をサイクスがぽんっと一回叩いた。

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