陽炎(無花果)

文字数 635文字

八月十五日

ジージージージージー――…
裏山の焼け焦げた教会。黒焦げた壁画。消えた祈り文句。

これはあとで分かったことだ。「ディーツー〇八七」は発症から十一年でウイルスの感染力が四十倍に増すのだという。無患子が感染したのが五歳の誕生日。ちょうど十一年経ったのが去年の十二月二十五日。つまり、全て嘘だったのだ。

一歳のとき魂が二つに割れた。十六歳になったらどちらかがあの世行き。どちらかが行かなければ、不吉な人生を送ることになる。神様が決めたこと…

大人たちが私に話したその全ては、ディーツー〇八七の感染をこれ以上広げないために、仕組まれたことだったのだ。

言うまでもなく無患子を殺すことは十一年前から決まっていた。教会も国の医療機関と提携し、家族も私を騙した。私と無患子は、それをまっすぐに信じ、懸命に生きた。私は、無患子が死ぬと見せかけて、自分が死を選ぶ方がよっぽどいいのではないか、私なりに必死に考えたものだ。でも、それもほとんど無駄だったのである。

言い換えれば、無患子は殺処分されたのだ。

神なんていなかった。
イライジャの言う通り、あるのは歴史と遺産だけだ。
念じても、祈っても、どこにも届かない。時間だけが刻々と過ぎていく。

そして無患子はこの世に存在しなかった者として扱われる。勿論、墓は用意されない。

こんな卑劣な、ぞんざいな命の扱いが行われてもなお、世界は廻り続ける。むしろ感染者が減って、世界にはプラスに働いているくらいだ。

蝉の抜け殻を淡々と踏みしめ、無花果は帰路に就いた。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み