黒夢(無花果)

文字数 1,660文字

十二月二十四日午後二十三時五十七分

「さあ伝えよ! 無患子と無花果、どちらが神の嫁入りを果たすか! 無患子なら右の石札を、無花果なら左の石札を、この台に納めるのだ! 」

森閑とした教会の中、イライジャの声が痛いほど響き渡る。
私は右の札を手に取ると見せかけて、勢いよく左の札を手に取り、台へと走った。

「まてまてまてまて」

太いイライジャの手が私の腕を、潰れそうなほど強く掴んだ。殺気だった顔。血走った目。必死に抵抗するが、余計に力が入らない。

「言っただろ? 何も変わらないって。お前は何もわかっていない! なぜ無患子の命にこだわる? あいつはもともとこの世にいないはずの人間だ! よっぽどお前が残った方がマシだ。何億倍もマシだ! お前にあいつの未来の何が分かるっていうんだ!」

まくし立てるように、急かすように私にそう訴えかけた。私は一度腕を下ろし、札の置いてあるところへ戻った。

「そうだ、無花果」

自分の札を戻し、無患子の札を手に取った。そして、

「!」
パリッ

床へ勢いよく投げ捨てた。

石が粉々に飛び散る様がスローモーションに見えた。
そして次第に自分の体が何者かに抑えられていくように見えた。

床に自分の体が叩きつけられた直後、頭に激しい鈍痛が走る。

空気が痛い。
吐息が熱い。
鉄の香り。
ドロドロと口から何かが垂れていく…
ハー…ハー…

生まれた時から人生は決まってる。私たちは、人生を自分で決めたように感じてるけど、それは勘違いよ。交わす言葉も思考も感情も最初から決まっていたこと。私たちに選択の余地はない。

…なのに、私はまた「選ぼう」としている。

「見損なったよ、無花果。姉妹揃ってしょーもねぇ考えばっか持ちやがって!」

今度はお腹に鈍痛が走る。
ぼやけ始めた視界の中、力を振り絞り、オレンジ色の箱に手をかける。そして蓋を開け、イライジャの体に思いっきりふりかざした。

「ブあ! お前、まさか…」

急いでマッチを擦り、びしょ濡れのイライジャに放り投げた。

「ああああああああ!」

イライジャの身体は火の海に舞った。耐えがたい頭痛に顔を歪ませながら、辺り一面にまたオレンジの箱を振りかざした。口からは血が止まらず、教会を出たと同時に地面に倒れた。
最後の力を振り絞り、マッチに火を付け、教会の中へ放り投げた。

教会は次第に炎に包まれ、奥の壁画も見えなくなっていった。

私の選択は、正しかった……?

無患子、これで私たちは、正しく報われる?

神様、あなたが話を聞かないなら、私もあなたの話を放棄するまで…

朦朧とした意識の中、肉の焼ける音だけが、脳髄の奥底まで響き続けた。

十二月二十六日

気づけば白い空間にいた。急いで飛び起きると、外は雲一つない快晴だった。腕に引っかかった何かを見ると、

「…………点滴?」

病院?服の袖には、【南市民病院】の文字がある。
燃え盛る教会が脳裏に浮かぶ。
「無患子は?」
隔離施設はこの病院から徒歩数分のところにあるはずだ。点滴を取り、急いで病室を出る。看護師が何度も私の前を阻んだが、振り切って病院の外へ出た。走って施設まで向かう。

私は、正しい選択が、できた…?

いつもの門の前に来ると、警備の男の人が歩み寄ってきた。
「何のご用件ですか?」
息も切れ切れの中、必死に要望を伝える。
「あの、ここの木下無患子さんの、面会に来たんですけど……」

肩で息をしながら、苦しくて地面に座り込むと、向こうの方に、なにやら何かが倒れているのが見えた。……人?

倒れているというより、放り投げ出された、棄てられた、という方が適切なたとえである。
まじまじと顔を覗き込むと、

「!」
構わずその人の方へ走り寄る。

そこにあったのは、まるで真夏の日、道端に横たわった蝉の抜け殻のような、無患子の姿だった。

身体を叩いても、起きない。脈も打っていない。無患子はもう、この世のものではなくなっていた。その無慈悲さに驚愕するとともに、頭に大きなハテナマークが浮かんだ。教会で、私は無患子の札を台に置かなかった。神には、無患子を選ぶように伝えていないのだ。
私の選択は、正しくなりえなかったのか…?
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