20.太陽のシャーペン

文字数 2,027文字

「いいぞいいぞ、そこ、入ってみようか?」

 レヴィアがタブレットの映像を見ながらタニアに指示を出している。

『キャハッ!』

 楽しそうに笑いながら、細いダクトの中をハイハイしていくタニア。

「よしよーし、もうちょい前進じゃ」

 レヴィアはタニアの位置をマッピングしながら淡々と指示を出していく。

「これ、空調設備ですよね?」

「そうじゃ。まさか魔王も、こんな小さな幼女が侵入してくるとは想定していないじゃろう。クフフフ」

 最初からタニアを使うプランを準備していたレヴィアのしたたかさに、英斗は舌を巻く。そう、これは誰かの命を危険にさらしてでも勝たねばならない戦いなのだ。改めて平和ボケしていた自分のぬるさにウンザリし、静かに首を振った。

「よーしそこでストップ! ダクトの下を切り裂け!」

『キャッハァ!』

 画面が黄金色にフラッシュし、ガシャーン、バラバラと破壊音が響き渡る。

 果たして、画面に映ったのはダクトの下を通る通路と、そして、凶悪な魔物の群れだった。

 魔物は筋骨隆々とした一つ目のゴリラたちだった。黒毛がふさふさの両腕に熱い胸板、その運動能力の高さは圧倒的で、素早く跳び回って戦車の上に飛び乗り、砲塔をもぎ取った動画は魔物の悪夢として何億回もの再生回数を誇ったほどである。

 そして今、全てを見透かすかのような巨大な一つ目の群れが、全てタニアを凝視している。

 考えうる限り最悪の展開に一行は血の気が引いた。

「ヤ、ヤバい! 逃げるんじゃ!」

 レヴィアは真っ青になって叫んだが、直後、ゴリラが飛びかかり、パンチ一発でダクトは爆散。タニアも吹き飛ばされる。ただ床に転がり落ちたカメラが瓦礫を映すばかりだった。

「あ、あぁぁ……」「ひっ!」

 お通夜のように黙り込んでしまう一行。

 タブレットからはゴリラの奇声と断続的な衝撃音が響きつづけた。

「あぁ……、タニアぁ……」

 英斗はその凄惨な事態に頭を抱えうなだれる。

「待ち伏せ……、されておった」

 レヴィアはガックリと肩を落とした。魔王はこちらの行動をしっかりと把握して魔物を配備していたのだろう。その抜け目のなさに英斗は魔王の恐ろしさの片りんを感じた。

「た、助けに行けないんですか!?」

「お主はこの狭い穴を抜けられるんか?」

 レヴィアはダクトの穴を指さし、悲痛な面持ちで返す。

「し、しかし……。タ、タニアぁ……」

 いきなり可愛い仲間を失い、潜入に失敗した。その苛烈(かれつ)な現実は英斗の心をえぐり、絶望色に塗りたくる。

 紗雪は英斗の手を取り、ギュッと握った。その瞳には涙がたたえられ、今にも決壊しそうである。

「さ、紗雪……」

 直後、紗雪は英斗の唇を強引に奪った。

 んっ! んんっ!

 それは悲痛な焦りにあふれたキスだった。ポロリとこぼれた涙が英斗のほほを伝い、現実の苛烈さに抗おうとする必死な思いが伝わってくる。

 紗雪はバッと離れると、赤いシャーペンを下向きに両手でもって精神集中を図った。全身からは黄金の光があふれ出し、やがてそれはシャーペンに集まっていく。

 激しい輝きをまとったシャーペン、それはもはや地上に現れた太陽のようだった。

「紗雪……」

 タニアの救出のために全力を傾ける紗雪に英斗は胸が熱くなる。

 ハァーーーーッ!

 全体重をかけ、シャーペンを床に突き立てる紗雪。

 ズン! という激しい振動とともに爆発が起こり、辺りは爆煙が立ち込めた。

 煙が晴れると数メートルくらいのクレーターができているのが見える。中心部からは天井裏のような内部の様子も垣間見える。

 紗雪はすかさず中に入ろうとしたが、青黒いねばねばの液体がクレーターのあちこちからピュッピュと湧きだしてきて、悪臭が立ち込める。

 明らかに異常だった。

 レヴィアは紗雪を制止して、指先を液体にチョンとつけてみて、叫んだ。

「ダメじゃ! これは強アルカリ。身体が溶けるぞ」

「ええっ!?」

 せっかく開けた穴に入れない、それではタニアを助けられないのだ。紗雪は泣きそうな顔でガクッとひざをつく。

 魔王城の外壁には自動修復機能があるようで、まるで怪我した時の傷口のように穴は液体で覆われ、表面にはかさぶたのような硬い板ができあがり、やがて元通りになってしまった。

紗雪は呆然として床に崩れ落ち、ポタポタと涙をこぼす。

「お主は寝たふりをしとけ!」

 レヴィアは英斗の耳元でそうささやくと英斗を引きずり倒し、紗雪のもとへ行く。

 レヴィアが記憶を奪ったというシナリオにしてくれるらしい。

 英斗は納得がいかなかったが、できることもないのでゴロンと横たわり、薄目を開けて青空にぽっかりと浮かぶ白い雲を眺めた。

 鉄壁の守り。さすが魔王城、考えつくされている。あの小太りの中年は相当にできる奴なのだ。だてに魔王を名乗っていない。

 潜入に失敗した、というその厳然たる事実の前に英斗は自然と涙がこぼれた。

 これからどうしたらいいのか全く分からなくなった英斗は、大きくため息をつき、ぼやけて見える雲をただ眺めた。
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