6.龍族の末裔

文字数 2,545文字

 紗雪は!?

 英斗は煙が立ち込める中をじっと目を凝らした。早鐘(はやがね)を打つ鼓動が胸を苦しくしめつける。

 なかなか晴れない煙にジリジリとしていると、視界の端に銀色のジャケットが動いた。

 ピョンピョンと軽快な動きで、どうやら無事なようである。

 ホッと胸をなでおろす英斗。

 ただ、火傷を負ってしまったのだろうか、頭をかばいながら跳びあがりアパートの屋根を超え、消えていった。

 ギュオォォォォ――――!

 ドラゴンは超重低音の恐ろし気な雄たけびを上げ、逃げる紗雪を満足そうに見つめる。

 さすがの紗雪もドラゴンには勝てなかったようだ。しかし、このドラゴンは何なのだろうか? 紗雪を殺すつもりもないらしいし、女の子が言っていたように『おしおき』であるのなら、紗雪の秘密に関係がありそうだ。

 見ると、女の子が置いていったかわいい赤いバックパックが、手すりの脇に置いてある。

 エイジは段ボールを抜け出すと急いでそれを取り、また段ボールに隠れた。

 やがてドラゴンはバッサバッサと巨大な翼を揺らしながらマンションに近づき、ボンと爆発して爆煙を上げ、姿を消す。

「これでヨシっと!」

 そう言いながら金髪おかっぱの女の子は踊り場に着地する。

 やはり、あのドラゴンはこの娘だったようだ。

「ありゃ……? (われ)の荷物が無い……」

 キョロキョロとする女の子。

 英斗は覚悟を決め、全身全霊の力をこめて段ボールをバン! と投げ飛ばして女の子にぶつけた。どんな理由であれ、紗雪を攻撃したものは敵である。ドラゴンであれば到底勝負にならないが、華奢(きゃしゃ)な女の子の状態なら何とかなるに違いない。

 英斗は一気に勝負に出た。ひるむ女の子に飛びかかり、その手からクリスタルのスティックを取り上げ、そのまま腕をつかむと後ろ手に捻り上げる。

「キャァ! なにすんじゃ!」

 女の子は焦って暴れようとしたが、英斗はさらに腕をひねり上げ、

「お前がドラゴンだな。紗雪に何すんだよ!」

 と、怒鳴った。

「痛い! 痛い! そんなところに隠れとったんか! ぬかった」

 女の子はそう言いながら。もう一方の手でポケットから小さな円筒を取り出すと、英斗の顔めがけてプシュッと噴霧した。

 ぐわぁ!

 英斗はひるんで思わず手を放してしまい、薬剤を吸わないように息を止め耐える。臭いは紗雪にかけられていたものと同じだった。記憶を消そうとしているらしい。

「カッカッカ。ざまぁみろなのじゃ。これですっぱり忘れるのじゃ。お疲れ~」

 女の子は嬉しそうにニヤッと笑った。

 しかし、英斗には耐性があるのだ。

 ぐっ!

 英斗は気合を入れなおすと女の子に突進した。

 えっ!?

 余裕の表情が消え、青くなる女の子。

 油断していた女の子の(きょ)を突き、英斗はそのままコンクリートの壁に女の子を押し付ける。そして腕をのど元に押し当て、身動きを奪った。

「ぐぁぁぁ! く、苦しい! なぜ効かんのじゃ!」

 女の子はバタバタと暴れる。

「おあいにくさま、この薬は僕には効かないんだ。観念しろ!」

 英斗はハァハァと息を上げながら女の子を鋭くにらみつけた。

「くぅぅ……ぬかった……」

 女の子は目に涙をため、悔しそうに英斗をにらむ。

「お前は何者だ!? なぜ紗雪を狙う!」

 女の子は必死に抜け出そうと暴れたが、英斗が腕でさらに首を押し上げるので観念し、腕をタンタンタンとタップした。

「分かった、我の負けじゃ……。人間ごときにやられるとは末代までの恥……、くぅ……」

 女の子は悔しそうに涙をポロリとこぼした。

 英斗は力を緩め、女の子を見据(みす)える。

 サラサラとした美しい金髪に透き通るような白い肌。まだ幼さが残るもののかなりの美少女といってよかった。

 今まで興奮してて気づかなかったが、甘酸っぱい若い女の香りが漂ってきて英斗は思わずほほを赤らめる。

 女の子はベソをかきながらゆっくりと話し始めた。

「我はレヴィア、龍族の棟梁(とうりょう)じゃ。あの娘、紗雪といったか? あれは龍族の末裔(まつえい)、龍の血を引く同胞じゃ」

 英斗は驚いた。あの可愛い紗雪がドラゴンの血を引いているらしい。そもそもドラゴンの存在自体意味不明ではあるが、とりあえず、超常的な力が出る理由はその血筋にあったのだ。

 紗雪が狙われる理由が気になった英斗は、レヴィアの真紅の瞳をのぞきこんで聞く。

「同胞をなぜ狙うんだ?」

「あ奴は魔王との協定違反をしておる。龍族としては非常に困るのじゃ」

 レヴィアはそう言って眉をひそめた。

 レヴィアの話を総合すると、龍族もまたゲートの向こうに拠点を持つ存在で、魔物率いる魔王軍とは反目し、終末戦争まで行ったらしい。しかし、長きにわたる不毛な戦争に疲弊(ひへい)し、数百年前に相互不可侵の条約を結んだ。そして、その頃、たまたま地球へのゲートが開き、龍族の一部が地球へと移り住むことになる。この末裔(まつえい)が紗雪らしい。

 英斗は腕を組み、その信じがたい話を聞いてどう理解したらいいか分からず、大きく息をついた。

「我は嘘は言わんぞ」

 レヴィアは澄んだ瞳で英斗を見つめている。

 確かに嘘をつくならもっとましな嘘をつくだろう。

 英斗は首を振ると、魔物について聞いてみる。

「なぜ、最近魔物が地球に来るようになったんだ?」

「魔王の行動については我にも分からん。ただ、最近ゲートを自由に開く方法を開発したみたいじゃな。好きな場所へ開けるようになって、計画的に侵攻ができるようになったということじゃろう」

「じゃぁ、これからもドンドン来るということ?」

「知らん。魔王の考えを我に聞くな。地球も魔王も龍族には関係のない話じゃ」

 レヴィアは肩をすくめる。

「関係ないって、紗雪をイジメたじゃないか!」

「あ奴が相互不可侵条約を破って魔王軍に攻撃をしたから、お仕置きをしただけじゃ」

「攻撃するのはやりすぎでしょ?」

 英斗はムッとして怒る。大切な紗雪を攻撃したのは許しがたかった。

「何言っとる! 紗雪を口実に龍族が攻められたらどうしてくれる? 龍族存亡の問題じゃぞ! 部外者は黙っとれ!」

 レヴィアは真っ赤になって怒る。その小さな体からは信じられないほどの気迫で英斗を圧倒した。

 確かに紗雪も龍族であるのならレヴィアの言うことも一理ある。一度紗雪とちゃんと話をしないとならないだろう。

 英斗は渋い顔で口をキュッと結んだ。

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