42. 龍の矜持

文字数 1,823文字

 暗闇に沈むシャッターの向こう側からは、何者かがグォォォ! と腹に響く重低音の咆哮を放ちながらズン、ズンと足踏みをして地響きを響かせている。

 なるほど、ここは地下闘技場だったのだ。魔物同士を戦わせ、それを高みの見物する娯楽施設。そこにまんまと誘いこまれていたのだ。

 英斗はキョロキョロと辺りを見回し、隅の物陰にタニアをそっと横たえると、ニードルガンを出し、魔物に向けて構えてみる。

 しかし、青い顔してカタカタと震える腕でニードルガンを構えてはみるが、数十メートルはあろうかという巨大な敵相手にこんな針の銃が効くとも思えない。頼みの綱のタニアも倒れてしまい、もはや絶体絶命だった。

 何か活路を見出さない限りここで死亡である。復活できたとしても魔王の手中に落ちて、死ぬよりひどい目に遭わされるに決まっているのだ。

『マズい……、非常にマズい……』

 英斗は冷や汗を流しながら紗雪の方をチラッと見た。

 紗雪もシャーペンを構えているが表情は険しく、苦戦は必至だった。

 シャッターが上がり終わるとスポットライトが敵を照らし上げ、二人はその現れた姿に唖然として言葉を失う。

 なんとそれはドラゴンのレヴィアだった。いかつい漆黒の鱗に淡く黄金色の光をまとい、三十メートルはあろうかという巨体に巨大な翼。そして、巨大な鋭い牙に大きな真紅の瞳。それは見慣れたレヴィアそのものだった。

「レ、レヴィアさん……なんで……」

 英斗が気おされ、動揺していると、ドラゴンは咆哮を一発放ち、二人はその重低音に心が折れそうになる。

 紗雪は先日レヴィアと戦って負けたばかりである。このままでは蹂躙されてしまう。

「紗雪、勝つ方法はあるか?」

 英斗は小声で聞いてみるが、紗雪は力なく首を振るばかりで、シャーペンを持つ手も震えてしまっている。

 ズーン! ズーン! ドラゴンはゆっくりと巨体を揺らしながら近づいてくる。万事休すである。

 このままでは勝てない。英斗は必死に策を考える。頼りになるのは紗雪だけ。紗雪を最大限にパワーアップするにはどうしたらいいか……。

 ここで英斗は一つのアイディアを思いつく。そもそも紗雪も龍族である。で、あるならばドラゴン化できるはずだ。人化状態でレヴィアより紗雪の方が強いのだからドラゴン化できたら紗雪の方が強いのではないだろうか?

「紗雪、ドラゴン化できるか?」

 英斗は聞いてみたが、紗雪は口をとがらせて、

「いろいろ試したんだけどうまくいかないのよ……」

 と、ベソをかきながら答える。

「パワーアップ状態で試したことは?」

「え? そ、そう言えば……、やったことないわ」

 ハッとする紗雪。

 ずっとパワーアップしてたら無敵だったので、試そうとも思っていなかったようだ。

「や、やってみるわ」

 紗雪はシャーペンを高く掲げ、目をつぶると何やらぶつぶつとつぶやき始める。

 それを見たドラゴンはギュァァァと雄たけびを上げるとパカッと巨大な口を開いた。

「危ない!」

 英斗は紗雪を抱きかかえると、隅に置かれた物置の物陰へとダッシュした。

 直後、ドラゴンブレスの鮮烈な高熱が辺り一帯を覆いつくす。

「ぐはぁ! あちちちち!」

 英斗は物置の脇で床に突っ伏してその灼熱に耐える。

 その時、『ギュワァァァ!』と、別のドラゴンの咆哮が響き渡った。

 英斗は驚いてその咆哮の方を見上げると、何とそこには純白の巨大なドラゴンが宙に浮かんでいた。神々しい淡い金色の光をまとい、巨大な純白の翼をゆったりとはばたかせながら辺りを睥睨(へいげい)してる。

「も、もしかして……」

 あわてて英斗は周りを見回したが、抱いてきたはずの紗雪はいなかった。無事、ドラゴン化に成功したらしい。

 純白のドラゴンはグルルルとのどを鳴らし、漆黒のドラゴンを威圧した。

 漆黒のドラゴンは何が起こったのかよく分かっていないようで、ポカンとしている。

 直後、紗雪は華麗にくるりと回転すると、その長く強靭なシッポで思い切り漆黒のドラゴンの鼻っつらを痛打した。まるで重機が電信柱をなぎ倒したようなゴスッ! という腹に響く衝撃音が放たれ、

 ギュォォォォ!

 と、悲鳴を響かせながら漆黒のドラゴンは弾き飛ばされ、壁に激突するとその巨体で派手な地響きを起こす。

「す、すごいぞ紗雪!」

 英斗はこぶしをギュッと握り、上気した顔で叫んだ。愛すべき幼なじみが今、神々しい龍となって世界のために戦っている。それは絶望の中に現れた誇らしい奇跡であり、英斗は思わず涙ぐんだ。
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