17. 凸凹魔王討伐隊

文字数 1,957文字

 タニアを連れて行ったらいいのかどうかは英斗にもよく分からない。タニアは強い。それこそ訳の分からない力で魔物十万匹を瞬殺するほど強い。しかし、その強さの正体が分からないのでどうしたものか悩む。何しろ、あの『手のひら』について本人は何も覚えていないようなのだ。

「でも、これから恐いところへ行くのよ? お家で待っててね」

 紗雪は(さと)しながらプニプニのほほをなでる。

「やだやだやだやだ! いくの!」

 今にも泣きそうになりながら駄々をこねるタニア。

 英斗は大きく息をつくと、

「僕が面倒を見るから連れて行こう。こう見えて……、この中で一番強いかもしれないんだ」

「強い? この子が?」

 紗雪は驚いてタニアの顔をのぞきこむ。

「強いじょ。きゃははは!」

 英斗は渋い顔をする紗雪からタニアを取り上げると、

「レヴィア、出発しよう」

 そう言って鱗をパンパンと叩いた。

「タニアも龍族じゃから下手な魔物よりは強かろう。頼みたいこともあるしな……。では行くぞ、しっかりつかまっとれ!」

 そう言いながら、レヴィアは武骨な骨格に薄い皮膜のついた巨大な翼をバサバサっと動かし、帆船の帆のように青空へピンと伸ばした。太陽の光を浴びてゴツゴツとした表面のディテールが浮かび上がり、まるで現代アートのように見える。

 英斗はその精緻な造形、洗練された所作の美しさに見とれ、ぽかんと口を開けながらしらばく見入ってしまった。

 ドラゴンは強く、美しい。その強さはこれらの繊細なディテールに潜む美を羽織ることによって顕現(けんげん)しているのではないだろうか? そう思わせるほどにレヴィアは気高く壮麗な美を(まと)っていた。

「しっかりつかまっておけ! 行くぞ!」

 レヴィアは太い後ろ足で力強く跳び上がると、バサッバサッと大きな翼をはばたかせながら大空へと舞い上がっていく。

 飛行機とは全然違う躍動には乗馬に通ずるものがあり、英斗は振り落とされそうになりながら必死にトゲにしがみついた。

 翼は風をつかみ、グングンと高度を上げていく。

 みるみるうちに小さくなっていくエクソダス。

 うわぁ……。

 英斗は、ドラゴンの背に乗って大空を(かけ)るという、まるでファンタジーの冒険(たん)のような状況に圧倒される。

 雲を抜けると青空のもと、この世界が一望できた。草原が広がり、川がキラキラと光り、遠くには山脈も見える。レヴィアはここを『流刑地』と言っていたが、美しい自然豊かな世界のように見える。なぜそんな呼び方をするのだろう。

 それにしても、一昨日までただの高校生だったのに、なぜ世界の存亡をかけ魔王討伐の一員になっているのだろうか?

 いきなり運命の激流に流されてしまった自分の境遇に軽いめまいを覚え、英斗はため息をつくと首を振り、ただ流れていく風景を眺めた。

 横を見ると紗雪が険しい顔でじっと行く手を見つめていた。その目には自分が世界の未来を勝ち得るのだという確固たる決意が浮かんでいる。まだ十五歳の少女に背負わされた悲しい宿命。きっと逃げることもできたはずだが、逃げて知らんふりするには紗雪の力は強大過ぎたのだろう。

『大いなる力は、大いなる責任を伴う』

 どこかで聞いた言葉が頭をよぎった。

 人化状態で魔物を次々と(ほふ)れる力、それは紗雪を魔物討伐へと動かし、今、魔王討伐隊のエースとして期待されている。もちろん、龍化したレヴィアの方が戦闘力は上だが、魔王城内での戦闘を考えると紗雪の方が適しているのだろう。

 そして自分はキス要員。紗雪のパワーアップ効果が切れた時のチャージ要因なのだ。

 自分で言ってて情けないが、言わばエナジードリンクみたいなものである。愛しい幼馴染が命がけで世界を守ろうとしているのに、自分はエナジードリンクにしかなれない。

 英斗はそんな歯がゆさに胸が絞めつけられるような思いをしてうなだれる。

「これ、着なさいよ」

 えっ……?

 顔を上げると紗雪がカーディガンを差し出している。

「寒いんでしょ? 無理しないで」

「あ、ありがとう」

 ツンツンした態度しながらも気遣ってくれるその優しさに、英斗は嬉しくなってニッコリと笑った。

 しかし、紗雪は照れ隠しなのか不機嫌そうに忠告する。

「いい? あなたたちは絶対前に出ないで」

「わ、分かったよ。何か手伝えることがあったら何でも言って」

「あんたに手伝えることなんて……」

 そう言いかけて、紗雪はハッとすると、顔を真っ赤にしてプイっと向こうを向いてしまった。

 そのウブなリアクションに英斗も、さっきの甘いキスを思い出して思わず赤面する。

 そう、きっともう一回くらいはキスする局面が来るに違いない。あの甘いキスをもう一度……。

 英斗はブンブンと首を振り、にやけ顔にならないようにするのに必死だった。

 きゃははは!

 英斗にしがみついているタニアは嬉しそうに笑った。

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