第7話

文字数 1,016文字

 それは冬休みが明けて、ひと月経った頃だった。
 体育の授業が終わり、着替えのために教室に帰って来た時だった。僕の机の上に可愛らしいピンクの封筒が置かれてあり、裏を見ると野上薫子(のがみ、かおるこ)とあった。
 僕は一瞬で胸が高鳴った。野上薫子とは隣のクラスの女子生徒で、学年のアイドル的存在だった。親友の冴木には内緒にしていたが、実は密かに憧れていた存在だった。
 誰にも知られないよう、咄嗟に隠そうと机の中に押し込もうとした。だが、めざとい海江田にみつかり、取り上げられる。彼は「おっ、ラブレターかいな。お前も隅におけんのぉ」と、からかいながら開封してしまった。
 中は封筒と同じピンクの便箋が折りたたまれていて、広げるといきなり『挑戦状』と大きく書かれた文字が目に飛び込んできた。僕は思わず息を呑み、下に続く文を海江田と一緒に読んでみた。
 『牧村幸秀殿。あなたの噂は聞いているわ。速さに関しては誰にも負けないそうね。でも着替えに関してはどうかしら。私は早着替えに関しては誰にも負けたことがないの。一週間後の放課後、五年二組の教室で待つ。もし来なければ怖気づいたと判断して、みんなにあなたの負けを公表する。野上薫子』とあり、後は勝負の内容が具体的に書かれていた。
 居ても立ってもいられなくなり、僕は体操服のまま、野上薫子のクラスに向かう。海江田も行くと言ったが、一人で行かせてくれと突っぱねた。

 野上は直ぐに見つかった。つかつかと大股で歩み寄り、ピンク色の手紙を突き出しながら迫った。「これはどういう事なんだ!」
 すると彼女は肩まである髪をさっと掻き上げ、クリっとした丸い目を僕に向けた。
「そのまんまの意味よ。どうする? 勝負するの? しないの?」まるで、こしあんとつぶあんのどちらが好物ですかとでも訊くような、なんでもない口調だった。
「僕は女子とそんな勝負はしない」拳を強く握り、僕は真剣に言った。
「そんな事言って逃げる気? 情けないわね。あれだけ『スピードに関しては誰にも負けない』とほざいていた割には、あっさりと負けを認めるのね。いいわよ、私の不戦勝ってことで」
 そこまで言われて黙っている僕ではない。
「よし判った。絶対に後悔させてやる。お前の鼻、へし折ってやるからな!」と捨て台詞を吐き、僕は鼻息荒く教室を出た。
 教室に戻るや、冴木にいきさつを話した。
 彼も海江田から聞いていたらしく、「ぼくも協力するよ」と力強く言ってくれた。
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