第6話

文字数 1,518文字

 次の日の放課後。
 女子たちの冷たい視線を尻目に、鶴の早折り大会が始まった。
 机と椅子を教室の後ろへと移動させ、参加者が円を描くよう、床の上にあぐらをかく。ルールは単純、「せえの」の掛け声で一斉に折り始め、十羽完成した時点で手を上げるというものだった。早さは勿論、見た目も評価の対象となり、その分、かなりのテクニックが要求される。
 当然、僕がダントツの一位……かと確信していた。だが、それに待ったをかける者が現れた。先日、給食の早食い比べで熾烈の激闘を繰り広げた、海江田真司だった。
「牧村くん、今度は負けへんで。給食のリベンジや」彼の眼は真剣そのもので、太い指を器用に動かし、前にはすでに三羽の鶴が並べられていた。
 彼は本気だ、これはヤバいと感じたが、それでも冷静にと自分に言い聞かせると、無心で折り続ける。しかし、僕が八羽完成したところで、海江田の「はいっ」と言う声が聞こえ、彼の手が上がった。
 まさかと思い目を向けると、確かに彼の前には鶴が十羽並んでいる。だが肝心なのはその出来栄えだ。
 一気に気落ちした僕は、それでも十羽を完成させると、海江田の折り鶴を手に取って注意深く観察する。彼の鶴は見事に完成されており、ケチのつけようがない。勝利は誰の目にも明らかだった。
 敗北を認めた僕は潔く彼に拍手を送り、「さすがだよ、海江田くん。僕の負けだ」と、健闘を称えて、右手を差し出した。それに応える様に海江田が右手を動かすと、互いの手が触れる直前、一人の女子の言葉が場の空気を変えた。
「ちょっと待って。私見ていました。海江田くんがポケットから折り鶴を出しているのを」
 なんだって! 
 反射的に顔をしかめた僕は、差し出した右手を引っ込めた。あまりのことに教室中が騒然となり、狼狽している海江田を男子たちが取り囲む。その中の一人が無理矢理彼のポケットに手を突っ込み、何かを取り出した。それは三羽の折り鶴だった。
「そんなのよう知らん。たまたま昨日折ったのを入れておいただけや」海江田はしらを切るが、声は確実に震えている。
 誰かが声を上げた。
「じゃあもう一回やってみたら? 今度は二人だけで」二人とは当然、海江田と僕のことだ。
 海江田は腕が痛いと再戦を嫌がったが、周りの目はそれを許さない。もちろん僕もそれに含まれる。
「もし辞退するなら不正を認めた事になるぞ」との声に、クラス全員(女子も含めて)が海江田に迫ると、彼は仕方なく首を縦に振った。
 僕と海江田が向かい合ってあぐらをかく。死角が無いように、みんなが二人を取り囲むと、再び折り鶴勝負が始まった。
 今度はみんなが監視しているので、絶対に不正は出来ない。
 十羽折り終えた僕が手を上げると、海江田の前には、まだ六羽しか並んでいなかった。出来も酷いもので、さっきの鶴とは比べ物にならない有様だった。
 クラスメートたちの白い視線が、敗者に向いた。皆、押し黙ってはいるが、軽蔑しているのは火を見るよりも明らかだ。
 だが、僕には海江田の気持ちが分かるような気がした。きっと彼も僕と同じくらい……いや、ひょっとしたらそれ以上に努力したのだろう。彼の手には豆を隠すつもりか、絆創膏がいくつも巻かれている。あの太い指では小さな折り紙を折るのに、圧倒的に不利だ。それでも以前、僕に負けた悔しさで、つい不正に手を染めてしまった――きっとそんなところだろう。
 うなだれながら肩を震わせている海江田の背後に回った。ポンと肩を叩き、小声で「今度また勝負しようぜ」と囁いて、僕は教室を出た。
 なんとなく彼のすすり泣く声が聞こえたような気がした。

 それから二ヶ月ほどが経ち、冴木が退院する頃には、僕と海江田は親友になっていた。
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