第3話

文字数 1,566文字

 三時限目の終了を告げるチャイムが鳴った。
 教室が一気に慌ただしくなると、机を班ごとに向い合せ、各班六席ずつ、合計七つのブロックが出来あがる。
 ふと親友の冴木と目が合うと、僕はさも「楽勝だよ」とばかりに口元を引き上げ、親指を立てる。彼も同様に口元を曲げ、「頑張れ」と笑顔で親指を立て返した。
 五班だった僕は教室の中央、一番奥のブロックの真ん中に座る。海江田は二班だったが、席を無視し、僕の真向かいに腰を下ろす。もちろん違う班の席に座るのは規則違反だが、誰もそれを注意したり、先生にチクる者はいない。むしろ面白がって僕たち二人を盛り立て、積極的に協力するくらいだ。
 不敵な笑みを浮かべ細い目を見開き、奴は僕を威嚇してきた。
 給食係が到着すると、僕たちの前にそれが並べられた。目の前のトレイには、献立表の通り、青い三角の牛乳パック、丸皿に白いご飯、小鉢にホウレン草の御浸し、デザートのプリン、そしてボウルには微かに湯気の立ったクリームシチューが盛られている。
 軽く腕を回すと、何でもないような顔を海江田に向ける。今まさに始まらんとするこの戦いに、内心は並々ならぬ闘志を燃やしていた。冴木を始めとする周りの男子生徒たちは、固唾を呑んで二人の行方を見守っていた。
 教壇に座る担任先生の「いただきます」の合図で、その火ぶたが切って落とされる。
 縮まったバネが放たれたかのごとく、僕と海江田は猛烈な勢いで手を動かし始めた。
 両隣の女子から感じる、応援とも軽蔑とも取れる視線が気にならないと言えば嘘になるが、それに構っている場合ではない。
 最初に牛乳パックに手を伸ばし、張り付いてあるストローを袋ごと外す。次にパックの蓋をめくるとストローを差し、一口吸い込ながら正面をチラ見する。彼も同様にストローをくわえているのが目に入った。ほぼ同時に牛乳パックをトレイに戻し、今度はスプーンに持ち替えて、今度はシチューへ取り掛かる。器を持ち上げ、すくい上げようとするが、緑色の丸い物体が目に飛び込んできて、思わず息を呑んだ。
 何故だ。何故今日に限ってグリーンピースが混ざっているんだ。今までシチューには年に一、二回くらいしか入っていなかったのに……。
 思わず目を彼に向けると、スプーンでご飯をすくっている海江田と目が合い、慌てて目をそらす。ヤツに弱点を悟らせる訳にはいかない。
 こうなったら仕方がない。まずは息を止め、グリーンピースをひとまとめにして口の中へ押し込みながら、急いでご飯を掻き込むと、牛乳で一気に流し込む。
 最大の関門をどうにか突破し、ほっと一息ついた。目線を上げると、奴は相変わらずご飯と格闘していた。
 大丈夫、バレていない様だ。
 口直しにホウレン草の御浸しを一気に頬張ると、残りのシチューにご飯を入れ、ラストスパートに入る。途中、何度もむせ返りながらも、どうしか胃の中に収めることができた。
 仕上げに三分の一だけ残しておいた牛乳を飲み干す。軽く両手を合わせて、素早く、そして力強く右手を挙げた。
 沸き立つ騒めきが、興奮冷めやらない僕の胸を打つ。見ると、海江田はほぼ完食していたのだが、御浸しには一切手を付けていない。どうやらホウレン草が彼の泣き所だったようだ。
 すっかりうなだれている海江田は、小声で「僕の負けや。やっぱり牧村くんには敵わへんのう」と、プリンを差し出した。
 勝者が敗者のデザートを貰う。それがルールだったからだ。
 女子たちからは相変わらず「下品」「くだらない」といった声が漏れ聞こえてきた。
 それらのザワごとには耳を塞ぎ、勝利の喜びを噛みしめながらプリンをゆっくりと頬張る。もし、今日の献立にほうれん草が無ければ、立場は逆転していたかもしれない。スプーンをくるくる回して健闘を讃える冴木に、僕はピースサインを送った……。
  
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