第1話

文字数 620文字


 男には、絶対に負けられない戦いがある。今日が正にそうだ。
 準備は万端、僕はこの日の為に、何日も前から準備をしてきた。目を閉じて本番に向けてのシミュレーションをイメージしてみると、自信と不安の波が交互に押し寄せ、興奮が高まっていく。
 ――焦るな、焦った方が負ける。
 そう自分に言い聞かせ、鉛筆を持つ手を強く握りしめた。その時、前方でチョークを黒板に走らせて掛け算の問題を解説している担任教師と目が合った。
 慌てて目を伏せる。
 が、案の定「牧村、前に出てこの問題を解いてみろ」と指をさされた。
 重い腰を上げて教壇に向かうが、さっぱり分からない。黒板に書かれた数式を前に、僕は呆然と立ちすくむしかなかった。
 仕方がないので適当に数字を並べてみた。教師が呆れ顔で、「昨日教えたばかりじゃないか」と、頭を小突く。何も言えない僕は、背中を丸めながら席に戻るしかなかった。
 隣席の冴木が、「今日は授業どころじゃないもんな」と小声でからかってきた。
 そうだ、彼の言う通り今日は授業どころではない。もうじき訪れる決戦に「全神経を集中させよう」と、自分に言い聞かせ、黒板の右端に貼ってある時間割に目を向ける。今は二時限目だから、逆算すると……想像するだけで足が震えてきた。
 かつてここまで緊張したことがあっただろうか。
 小学校に入学して以来、速さに関しては常にトップを守ってきて、このまま卒業するものだと思っていた。

 だが、その矢先に、まさかの伏兵が現れた。
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