第4話 ソラ

文字数 1,299文字

翌日から、リンがソラを連れてオレの家に遊びに来るようになった。

公園での出来事は、野球チームの連中数人が見ていたらしく、すぐに広まったらしい。
ソラへのいじめもなくなったようだ。

リンなんか、手のひらを返したようにオレに愛想よくなった。
野球の練習がない日は三人でオレの家でゲームをしたり、宿題も一緒にした。

すっかり付き合いの悪くなったオレを、タカたちが家まで訪ねてきたりもしたが、オレは、「家の手伝いがあるから」などとテキトーに言って追い返した。
手伝いなんて一度もしたことないけど。

下級生と遊ぶなんてカッコ悪くて言えなかった。
だけど、正直、オレの心は今までにないくらい穏やかな幸福感に満たされていた。


ソラは言葉数が異常に少なかった。ほとんどは首を縦か横に振るだけで、あとはひたすらこちらの目をじっと見つめる。

名前を聞いたとき以来、まだ声を聞けていなかった。

リンが、「恥ずかしがり屋なんだよね?」とソラに聞くと、コクリと頷いていた。

恥ずかしがってる奴が、こんなめちゃくちゃ目を合わせてくるか?

あまりにも凝視するので、こっちの心の奥まで見透かされるような気がして、こっちがいたたまれなくなり目を逸らす。

ソラがいじめられていたのも、言葉をうまく話せないことが原因だったようだ。

「またいじめられたら、いつでもアキトに言いなよ!」

無責任にリンが言い、ソラも頷いている。


オレはソラに格闘ゲームやキャッチボールを教えた。ソラはオレの言うことは何でも素直に聞く。だからといって、オレは以前クラスメイトにした様に、ソラを子分扱いしたりはしなかった。
むしろ、デリケートなものにでも触れるように、気を遣っていたくらいだ。

ソラは少しずつ笑顔を見せるようになった。が、それがオレを混乱させることになる。

ソラが笑うと心臓がドキドキする。反則級に可愛い顔をしやがるのだ。
白いおでこにサラサラの前髪がかかって、ふっくらとした頬っぺたが、昔懐かしの裸の赤ちゃん人形を彷彿とさせる。
少し垂れ気味の二重の大きな目は、幼く優しげで、リンよりずっと女の子っぽい印象だ。


ある時、オレの部屋で三人とも遊び疲れて寝てしまった。
六時に町内に響く、夕焼け小焼けのメロディでオレは目を覚ました。
ベッドと勉強机に占領された、子供部屋の狭いスペース。
オレはベッドにもたれかかって座ったまま寝ていたが、太ももに温かいボールのような重みを感じた。
ソラの頭だった。ソラはこちらに顔を向け、オレの太ももを枕にしてスヤスヤと寝ていやがった。
その寝顔は無防備な赤ん坊のようで、カーテンの開いた窓から差し込む夕日でオレンジに染まっていた。

オレ様を枕にするとはいい度胸だ!

ちょっと前のオレならその頭を掴んで、引っぱたいていただろう。
しかし、その時のオレは、まるで見たことも無い神秘的な生き物を目にしたかのように、その寝顔に惹きつけられ、見入ってしまった。閉じられた瞼から延びる長いまつげはくるんと丸まっている。オレの太ももに押しつぶされた右の頬っぺたがぷにゅっと口をタコにしている。そして、その口の端からは・・・

「ぅおい!!」

よだれ!どんだけリラックスしてるんだよ、ひとんちで!
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