第7話 母の記憶

文字数 890文字

背筋に冷たいものが走った。
オレが助けるなんて言っておきながら、急に怖くなったのだ。
母親なら、女なら、オレがやっつけてやる、なんて、今思えば本当に無知で生意気でどうしようもないガキだ。
中学生の長谷川にもビビってるオレが、大人の男に挑むなんてそんな勇気があるわけない。

「ほん…とうの・・・」

オレが一人逡巡していると、ソラが口を開いた。

ソラがしゃべるのは初対面で名前を聞いて以来だ。
泣いているから、あの時よりもさらにか細い声。

「ほんとうの…おとうさんじゃない…」

母親の再婚相手か。

「そうか…。かあちゃんは?助けてくれないのか?」

ソラは首を振り、嗚咽しながら、手のひらで涙を拭っている。

「しら…ない…」

「知らないのか?かあちゃんは」

ソラは頷いた。

「クソっ!」

悔しくて、腹が立って、思わず拳を床に叩きつけた。

オレには母の記憶がない。顔も覚えていない。
母の愛とか、母性とか、そんなものに触れる機会もなかった。
だけど、どこかでそれを、神聖な、そして絶対的なものだと信じていた。

しばらく考え込んだ後、ソラにティッシュの箱を渡しながら言った。

「お前、今日からしばらくここに泊まれ」

ソラがティッシュで涙を拭きながら、不安げな顔でオレを見つめる。

「心配するな」

安心させるように、努めて笑顔を作りそう言った。

すぐ下に降りて、テレビを観ていた祖母に、ソラの分も夕食を作ってくれと頼んだ。
祖母は「おうちの人は知ってるの?」と聞いてきたので、これから言う、とだけ答えた。

祖母が作ってくれたハンバーグを、ソラは美味しそうにパクパク食べていて、ご飯のお替わりもしていた。
そんなソラを見てオレは少し心が落ち着いた。

オレたちが食べ終わる頃に父が帰宅した。
オレは「ごちそうさま」といって席を立ち、着替えのため奥の部屋に行った父の後を追った。

「父さん」

「ん?どうした?」

父との親子関係は良好だったと思う。父を信頼して、ソラの事情をすべて話すことにした。

「分かった。あとでソラくん?…と話をしよう」

父に話したことで、少しだけだが胸のつかえが取れた。
自分一人でソラを助けるつもりだったが、到底一人で抱え込めることではなかった。
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