第三話:自称天使の孫娘と七人の王子の予言
文字数 3,590文字
『何事にも理由はある。』
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威勢のよい露店の客引き声。
談笑しながらそれらの店を見て回る、明るい顔の若い男たち。
店先まで香る焼き立てパンの良い香りに釣られ、夫人の服を引き駄々をこねる子供の喚き声。
喫茶の奥外テーブルで品良く話を交わす淑女たち。
そんな明るい街並みに似合わぬ、重いため息を漏らす少女がいた。リプカだ。
貴族娘に似つかわしくない紙の買い物袋を小脇に抱え、彼女はとぼとぼ、街並みを歩いていた。
――仮にも貴族の娘であるにも関わらず、付き人の一人も付けずに街中を一人歩く不用心であったが、しかしリプカ・エルゴールという少女に限り、その心配は無用の杞憂であった。不必要な才能ばかりを持ち合せているという点も、彼女が周囲から出来損ないと呼ばれる要因の一つである。
ぼそりとひとりごち、また更に鬱々と暗くなる。
今朝方の空気も最悪であった。
リプカも同席を許され、久方ぶりに家族揃って食事を取る機会に恵まれたのだが、そこで待っていたのは両親からの嫌味と侮蔑、そして決別の宣言であった。
勘当の言い渡しである。
青褪めるようなその宣言は幸いなことに、それを聞いた瞬間父親へ歩み寄り、胸倉を掴むと親であるにも関わらずまるで親の仇のように全霊を込めてその顔面を拳で殴打しまくったフランシスの暴挙で有耶無耶になったけれど……しかし、改めて、自分の出来損ないを突き付けられる事としては十分な悲惨であった。
両親を恨んではいなかった。
何を取っても駄目な自分が原因の全てであることは理解していた。それは歩んできた十五年越えの人生において刷り込まれた事情だったから。――それに、先程までフランシスと一緒になって父に膝蹴りを叩き込んでいたからという理由もある。鬱憤は晴れていた。
だが今のところ、その可能性は大いにあり得る未来で、それを思うと、夜の帳が下りたように目の前が暗くなった。
何か指針が――誰かの助言が欲しい。
ふとそう思うも、リプカにはフランシス以外に相談の話ができる人間などいない。
悩み悩んだその末――自然と思考は逃避のように、ここオルフェアの城下街で密やかに語られ続ける、ある噂話へと思い至った。
曰く、オルフェアの城下街の細道、そのどこかに、運命を告げる占い師がひっそりと店を構えているらしい。
その日その日により居場所の違う占い師と出会った者は、《《占い師が授ける》》未来を承る。それは波乱を含んだ未来であり、その未来を乗り越えた者には、その者が真に望んだ輝く栄光が与えられるという。
占い師は老婆の姿を取った天使であり、店構えは粗末な台に美しい水晶玉を乗せただけの、寒々しいものである。らしい。
そんな丁度よく。
一瞬、リプカは目を見張ったが――すぐに脱力してしまった。
占い師は老婆ではなく、若い娘だったのだ。
歯切れの悪い挨拶をぼそぼそと口にする娘に、リプカは苦笑を漏らしてしまった。噂話を思いながら、大通りを外れた小道にふらふらと足を向けた先の出会いということもあり、ファンタジーな気分になってしまったが、これはただの、噂話を利用した商売だろう。よくある話だ。
リプカは迷ったが、台を挟んでその占い師の前に、ちょこんと立った。
先程よりも幾分、心に爽やかなものが混じった苦笑が漏れる。どうやら、粗末なのは店構えだけではないらしい。
しかしリプカは、この足りてなさに自分と似通ったものを見つけて、少しだけこの占い屋が気になり始めていた。
もう半歩占い師に近付いて、話を向ける。
庶民感覚でいえば、一日贅沢な飲食ができる値段である。
リプカは驚きながらも、なんとなく気が進み、貴族だというのに多くない持ち金から十エクスを支払った。
――突然、占い師から表情が消えた。
ただでさえ感情が気薄だった顔から、人間の色さえもなくなった。
周囲に超常の気が満ちた。――気がした。
「――ラアブ。エブルケム」
立派なのはその能面だけだったようだ。
その後も、ぐだぐだとそれらしい呪文を呟き続け、そして――。
そして最後にちらとだけ水晶玉に目をやると、それだけで占い師は、占いの終わりを告げた。
リプカは肩透かしを食らった気分で体勢を戻して、感情の色が戻っても相変わらず内心の読めない、起伏少ない占い師の顔と向かい合った。
占い師は律義にお返しの言葉を口にすると、ぺこりと小さく頭を下げた。
リプカは小さくお辞儀し、すごすごと立ち去る他ない。
振り返り、占い師のいた場所に声を掛けるも。
――既にそこには、何もなかった。
古ぼけた台も、綺麗な水晶も、あの若い娘の姿さえも。
跡形もなく、何も。
ふと、路地の少し先に目を向ければ。
古ぼけた台を体の前に抱え、「はー、今日は疲れたー」などと呟きながら歩く占い師の後ろ姿があった。
それを見ると、ファンタジーな気分は跡形もなく消え失せてしまって、リプカはまたとぼとぼと、監獄の如き冷気漂う我が家へと歩を進め始めたのであった。