第四話:雲蒸竜変

文字数 2,083文字

『チャンスは同じだけしか巡ってこないにしろ、運命は露骨をすることがあります。』


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 あの、何もかもが陳腐であるにも関わらず、奇妙な印象を振り撒いていた占い師がリプカに告げた行く末は、少なくとも、直近を見通した未来ではなかったようだ。


 勘当騒ぎが起こった、その三日後のことである。

 勘当などというミクロな悲惨の比にならない惨劇、あるいは六人の王子に迫られ色恋に湧く余裕など彼方へ消し飛ぶ凶報が、その日、オルフェア領域に広まった。



 戦争である。



 発端は、祈りの国エレアニカ連合と、帝国の国オルエヴィア連合との小競り合いであった。

 その争いの余波が、オルフェア領域を抱える、中立の国ウィザ連合に飛び火したのだ。

 領域とは、つまり一国一城。貴族はいくつかのお家が集まり、所有する領土を管轄、支配する。それが領域。――それがこの大陸の、貴族の在り方。


 そして領域は必ず、一つの国に属している。国とはつまり身の寄せ合い、領域同士が結ぶ連合を意味する。

 オルフェア領域で言えば、その一帯はオルフェア家、エルゴール家、ノクターンメル家、ヴェルズ家、ギーラルイス家、ロアー家、そして今は無きエイルムメイティル家が管轄する領地であり、アウディベル領域やラクリマ領域が同じく属する、ウィザ国に属している。


 そのウィザ国の端、エレアニカ連合と隣接するフォローライン領域に、祈りの国エレアニカ連合との争いに向け領地拡大を目指す、オルエヴィア連合が宣戦布告の宣言を(おこな)ったとの知らせが入ったのだ。

「これは好機」

 ウィザ連合は、中立の国といえば聞こえはいいが、内実は平和的な貿易交渉のみで存続を続けている、軍事力に関しては圧倒的な弱小を自覚する寄り合いである。

 故に、オルエヴィア連合の宣戦布告に皆が戸惑う中――その報告に対し不敵に獰猛な笑みを浮かべ、手腕を振わんと瞳に煌々とした光を灯し、瞬時に腰を上げた者がいた。フランシス・エルゴールである。

 オルフェア領域は代表家名こそオルフェア家であるものの、フランシスが十一の若さで手腕を振い始めたその瞬間から、オルフェア家主導の力関係は崩れ去り、実質エルゴール家――フランシスを代表とする傀儡(かいらい)領域へと姿を変えていた。


 そして今ついに、その手に握った指揮の天性を、彼女の力量に見合うスケールで存分に振るう機会が訪れたのである。

「ここが名の上げどころ。オルフェア領域に腰を下ろす《《家中》》よ、各々存分に働き、私の手腕に尽くせ。さすれば子子孫孫まで、永劫に富に腰置く歴史の勝者とならん」
 フランシス・エルゴールの名が大陸中に響き渡る、運命の大活劇が幕を上げた。

 最初はただの領域の代表。

 しかし忌み者のオルエヴィア連合を打破すべく、周辺領域を妖狐(ようこ)のように誑かし、魔法のような順路を辿って、――気付いてみれば、誰もが見上げる上に立っていた。誰が為の【誰】が座した運命は誰も止められない、指揮の力は日に日に大きくなる。


 果ては周辺国に、道を説く神様もかくやという巧妙な呼び掛けを行い、見る間に結束は膨れ上がる。

 勝負はそこで決していた。

 祈りの国エレアニカ連合、技巧の国アルファミーナ連合、原油の国パレミアヴァルカ連合、水源の国アリアメル連合、そして戦鬼の国イグニュス連合までをも巻き込み、まるでウィザ連合が先導であるかのように躍動した結果、オルエヴィア連合を蹂躙した。


 フランシス・エルゴールが悪を討った。


 祈りの国エレアニカ連合が特に、ウィザ国の働きに御礼の意を示したこともあり、その名声は正当な正義として広まりを見せた。

 ――約束通りの栄光の富がもたらされた。もはやオルフェア領域に属する家々の誰もが、エルゴール家に真実の忠誠を誓い、指揮の全てを彼女へ開け渡すだろう。エルゴール家に(げん)を荒げて得られる利など何一つない。


 どころか、フランシスはもはや、国政にさえ口を出せる立場にある。領域の支配と比べればスケール違いの話ではあるが、事実、領域の集まりでしかないはずの不揃いの一個に、頂点に供えられた王座から口を出せる立場にある……。

 フランシス・エルゴール。

 (こと)の全てを《《一年の内に終結させ》》絶対の権力を手にした――歴史に【鬼女(きじょ)】と呼ばれた少女である。





 ――そんな、フランシス・エルゴールの活躍の裏で。


 実はその姉、リプカ・エルゴールもまた、戦いの分かれ目を栄光に導く活躍を残していた。


 フランシスと比べるとあまりに目立たない、スケール違いの活躍ではあったが、しかし確かに局所において彼女は奮闘し、歴史を変える輝かしい成果を上げていたのだ。


 何をしても駄目と言われ続け、『出来損ない』と呼ばれ続けた彼女のことを正面から馬鹿にする人間は、その日を境に、ごく一部の身内を除けば、一人としていなくなった。


 そしてそれこそが、あの日奇妙な占い師が告げた、曖昧模糊な試練の未来へと繋がる、運命の扉を開く鍵の布石であった。



 そう、六人の王子は現れる。


  


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登場人物紹介

リプカ・エルゴール

フランシス・エルゴール

クララ・ルミナレイ・セラフィア

ティアドラ・フォン・レイデアル

クイン・オルエヴィア・ディストウォール

ビビ・アルメアルゥ

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