第六話:第一の王子・1
文字数 1,931文字
母も、父と同じような難しい表情を作りながら、リプカに事の次第と小言を述べた。
――なんと、もうすでに第一の候補者、祈りの国エレアニカ連合を代表とする王子が来ているらしい。
あまりに急な話に目を白黒させながら、ただコクコクと頷いたリプカ。その態度が気に入らなかったのか母は顔を顰めると、今から私たちと共に昼食を取るから父はどこかと尋ねてきた。
リプカは文字通り《《親切》》に、あちらの部屋にいらっしゃいますと教えてあげた。
考えているうちに、広間の扉前まで来てしまった。
もはや考えても仕方あるまい。
リプカは《《覚悟を諦めると》》、暗い顔のまま、扉を開いた。
――見慣れた実家の一部屋であるにも関わらず、どこか見知らぬ場所へ来てしまったかのような錯覚に陥った。
その人がそこにいるだけで、牢獄のように冷たかったはずの屋敷の間は、柔らかで神性な雰囲気に満たされた、不思議な安らぎを感じる場所へと様変わりしていた。
明るい絵画の世界みたいに輝くその光景にたじろぐリプカに気付き、待ち人はリプカへ顔を向けて、にこりと微笑んできた。
美しい。
フランシスとはまた違う、まるで聖母のような美を、その人は体現していた。
この人は、私を馬鹿にしないだろう。リプカはなぜか、直感よりも確かな確信として、それを悟ることができた。
優しそうな人。
私に意地悪しない人。
……私を、受け入れてくれる人。
リプカが望むおおよその願いを、その人なら叶え、抱き留めてくれるだろう。
そのことも、なぜだか瞬間の間に理解できた。
――そのような意味では是非も無い相手ではあったのだが。
一つ、問題があるとするのなら――。
事態が飲み込めないまま、リプカは曖昧に頷いた。
クララは首を傾げながらも、リプカのことを無垢な光が宿る金色の瞳でじっと見つめながら、微笑み浮かべていた。
改めて、クララのことをよくよく見つめてみた。
色は同じはずなのに、フランシスとは受ける印象がまったく異なる、――腰下まで降りた金の髪。
無垢で澄んだ優しげな瞳。小さな唇。――柔らかな手。――陶器のような肌。
――と。
背後で、リプカの名を呼ぶ者があった。――母の肩を借りて震える両足を引き摺る父であった。
そう。
聖母のような美を体現する人物、クララ・ルミナレイ・セラフィアは、どこをどう見てもそのまま、女性であった。
目をパチクリとさせ、クララと父を順に見回すリプカ。
その態度に父は顔を顰め、リプカを叱り付けた。