第8話 (源高明殿のこと その二)

文字数 775文字

 それからしばらくたって、高明殿の北の方愛宮(あいのみや)様より文が届く。この方は、兼家様の異腹(ことはら)の妹君である。この度の件で尼になられた。

 なぜか、お礼のお手紙である。長歌(ながうた)を贈っていただき、どれだけ心がなぐさめられたか、涙なしに読むことができなかったということが切々と書かれ、歌が添えてある。

何のことだろうか…???

お文をいただいて返事(かえりごと)をしないわけにはいかないので、覚えがないことをしたためてお返しの歌を送る。

その返事を読まれ、送り先が間違っていたと使いの者が叱られていたという話が伝わってきた。

ということは、このごろ初冠(ういこうぶり)をすませ名を道綱殿と改められたお子の母君、受領(ずりょう)の二の君が長歌を送られたのであろう。

 まったく迷惑な話だと思いながら、どのような歌であったのか、つてをたどって聞いてみた。

長歌
あはれいまは かくいふかひも なけれども おもひしことは
はるのすえ はななむちると さわぎしを あはれあはれと ききしまに
にしのみやまの うぐひすは かぎりのこえを ふりたてて
きみがむかしの あたごやま さしていりぬと ききしかど
ひとごとしげく ありしかば……
 (いまさら言っても仕方のないことですが、高明殿が現世を捨て仏道に入られてしまったと聞いておいたわしい、お気の毒にと思っておりましたのに、とうとう大宰府に旅立ってしまわれ…… あと 七五 × 約五十句 つづきますが略します)
反歌(はんか)(長歌の後に添える五七五七七の歌)
やどみれば よもぎのかども さしながら あるべきものと おもひけむやぞ
(あの美しかったお屋敷が、すっかり荒れ果て、今ではよもぎが生え御門(ごもん)も閉ざされたままです。こんなことになろうとは、誰も思ってみないことでした。)
 「さしながらある」が、「すっかりそのまま荒れてしまう」と「鍵がさされているままでそこにある」の掛詞になっている。
さすが、道綱殿の母君だ。
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登場人物紹介

 主要人物

時姫             道長の母 兼家の正妻 子供は5人(五番目が藤原道長)。

受領の中の君 道長の父兼家の2番目の妻 子供は1人(藤原の道綱)。  百人一首に選ばれている有

       名な歌人 日本三大美人にも選ばれている。

兼家     道長の父 藤原北家、右大臣藤原師輔の三男。後に摂政、関白、太政大臣になる。

 主要人物以外の男君

師輔   道長の祖父 兼家の父 右大臣

伊尹   道長の伯父 兼家の長兄 

兼通   道長の伯父 兼家の次兄

道長   兼家と時姫の3男 他の人が生んだのを入れると5男  

村上天皇 伊尹・兼道・兼家の義兄(異腹の姉の夫)

冷泉天皇 村上天皇と安子の皇子

 主要人物以外の女君

安子   道長の父の姉 師輔の娘 伊尹・兼道・兼家の異腹の姉 村上天皇の妻(女御)

超子   道長の姉 兼家と時姫の娘 冷泉天皇の妻(女御) 三条天皇の母

栓子   道長の姉 兼家と時姫の娘 円融天皇の妻(女御) 一条天皇の母


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