第7話 お天道様は私の彼氏

文字数 3,549文字

 彼に電話をした。
 「こんにちは。少ししゃべれるかしら・・・」
 「うん」
 「富士見君。明日、何か予定はあるの?」
 「別にないけど、どうしたの?」
 「そちらに遊びに行ってもいいかしら、デスデーモナを連れていきたいのよ。ダメかしら・・・」
 「いいよ。いつでもいいから遊びにきてよ」
 「えぇ、ありがとう。じゃあ、また明日ね」
 「うん。楽しみに待っているよ」
 今日の電話はそれだけだった。
 (もう少し、おしゃべりをした方がよかったかしら?)
 次の日、昼から白猫を連れて、富士見家へ遊びにきた。
 (キレイな顔だちの猫でしょう)
 オセロニアの世界で出会った時はピンクマスクだったから、初めて見たんじゃないかしら。彼は笑顔で出迎えてくれた。
 (あれ?)
 「いらっしゃい。上がってよ」
 「おジャマします。お母様はどこかに行かれたの?」
 「うん。友達と旅行に行ったんだ。たまには家のことを忘れて、ノンビリとしてくれるといいんだけどね」
 「そうなんだ。一緒に食べようとケーキを買ってきたんだけど、残念ね。後で食べましょう」
 「ありがとう。気を使わせてごめんね」
 それを彼は受けとると冷蔵庫に入れた。代わりにお茶と茶菓子を客間に運んできた。
 (気を使わないでね。富士見君)
 二匹の猫から、人の姿をした幻影が現れていた。
 「会いたかったわ。オセロ」
 「俺もだ。デスデーモナ」
 (感動の再会。よかったわ)
 笑顔でデスデーモナの一撃。グーパンチ。油断をしていたオセロはまともにくらう。
 (夫婦の問題だから、放っておいていいわね)
 私は知っていた。一度、殴られるのはお約束なんだというヤツ。
 デスデーモナはオセロの胸を握った拳で何度も叩いていた。泣きじゃくるデスデーモナ。オセロはだまって彼女を抱きしめた。
 (ウフフ、うまくいったわね)
 「富士見君、何をしているの?」
 「・・・いや、ちょっとね」
 (何か作戦があったの? ごめんなさい)
 私の顔をじろじろと見ていた。
 「どうしたの? 私の顔に何かついているのかしら?」
 「・・・いや」
 (何よ)
 照れくさい。二人とも顔が真っ赤になり、背中をむけていた。
 「二人とも今日はありがとう」
 デスデーモナが私達に言った。
 「うん、よかったな。オ○ロ、許してもらえたんだね」
 「あぁ、お前のおかげだ。感謝している」
 「後はアイツのことだけだね」
 「そうだな」
 「富士見君、アイツって誰のことよ?」
 彼は言いたくなかったのだろう。私が危険な目に合うかもしれないからだ。しばらく、考え込んでいた。
 渋々、やっと教えてくれた。
 「・・・イヤーゴのことだよ」
 「何で悪人の名前がでてくるのよ」
 「あの話を覚えているかい?」
 「えぇ、オ○ロを罠にかけた悪人でしょう。その悪人が近くにいるというの?」
 「その通り。必ず二人の近くにいるよ」
 「何か手がかりはあるの?」
 「全くない。だから困っているんだよ。オセロニアの世界にいたヤーゴが怪しいと思っているんだけどね。あの灰色の猫」
 「覚えているわ。いつもアズリエルに隠れていたあの猫ね」
 「そう。あの時に分かっていたらよかったのに、残念だよ」
 「まさしく猫をかぶっていたのね」
 「そうだね。絶対に見つけてやるんだ」
 「私も協力するわよ」
 「いや、でも・・・」
 イヤーゴは卑怯な罠を仕掛けているに違いない。彼は私を巻き込みたくないのね。オ○ロがその気持ちを代弁した。
 「お月様はデスデーモナを守ってくれ。ヤツは俺と相棒でなんとかする。君が巻き込まれてケガでもされたら、俺が相棒に怒られる」
 「お月様って、変な名前で呼ばないでよ」
 「そうか? 相棒だって、お天道様なんだぞ。変じゃないだろう」
 「えっ、富士見君。お天道様と呼ばれているの?」
 「うん。太陽だからね」
 クスクスと女性陣に笑われる。
 (オ○ロ・・・)
 「おかしいわ。お天道様とお月様ですって・・・」
 何かのツボに入ったのだろう。デスデーモナがお腹を抱え、笑い続けていた。
 「あなた達はやはり、ひかれあう運命なんだわ」
 「何でそうなるのよ」
 「昼空の太陽は陽であり、男性の気を持つもの。夜空の月は陰であり、女性の気を持つもの。その名前がつく二人はたぶん相性がいいのよ。それになんだかロマンチックだわ。お天道様は星の王子様。お月様は星の姫君なんて、素敵よね。絶対にそうよ」
 (えっ)
 私は顔が真っ赤。踏み出す勇気がなかった。臆病者だった。見ていられなかったのか、オセロが彼の背中を押した。
 「相棒、勇気を振り絞れ。お前の想いを伝えるんだ」
 「・・・十六夜さん。聞いてください。私は十六夜さんを初めて見た時からズーッと好きでした。でも、声をかける勇気がなかった。だから高嶺の花として一度は諦めました。心の奥に好きだという想いを封印しました。そんな時です。あなたとオセロニアの世界で出会いました。その時に封印がとけました。頭の中はあなたのことが片時も離れなかった。好きだという想いは日々、大きくなった。いつかこの想いを伝えるんだと心に秘めていました。私はあなたを幸せにするからなんて無責任なことは言えない。けれども、あなたの笑顔を必ず守ります。よければ結婚することを前提に交際してください」
 彼は緊張している。初告白だったらしい。
 (ウフフ、まるでプロポーズね)
 私はこの告白を受けることにした。
 (これから、よろしくね。お天道様)

 彼はケガをしても、私に心配をかけないように「転んだ」とか言い訳をしていた。ベンチにすわっていた時、ソーッと手をつないだ。
 (気づいているんだからね)
 「イタッ」
 彼は思わず、声をあげた。
 「どうしたの? こんなところにアザなんて、普通はできないでしょう。正直に言いなさい」
 怒った。彼は仕方がないので、本当のことを言った。
 「何で怒らないのよ。土門君より、あなたの方が圧倒的に強いでしょう。なんでワザワザ攻撃を受ける必要があるの?」
 「君の言う通り。土門なんて倒すのは簡単だよ。それじゃあ、ダメなんだ」
 「なぜよ。あなたが傷つくのを見ていられないの。だからもう止めて・・・」
 私は泣いた。ちょっと子供じみた手だったかもしれない。でも、彼は約束をしてくれた。
 「分かったよ。もうしない。だから、泣き止んでほしい」
 そっと私の頭をなでた。泣き止み、私は微笑んだ。
 「やっぱり、君にはいつも笑顔でいてほしい。心配かけてゴメン」
 彼は申し訳なさそうな顔をしていた。
 (相変わらず、顔に出るのね)
 「でも、覚えておいてね。私はあなたの傷つく姿を見たくないの。約束よ」
 「うん。分かったよ。もっと自分の身体のことを大事にするよ。約束だ」
 数分後、私は送迎車に乗って帰った。
 (きっと、その内、無茶をするわね。ダメよ、「太陽」)
 
 キャンバスでは一つの噂がながれていた。「十六夜 月」がこのキャンバス内で付き合っている男がいると言うものだった。噂のながれは速い。たまに尾ひれが付いたりする。元のネタから、かけ離れた話として拡がるものだ。今回もそうだ。そのうらやましい男探しが流行っていた。

 昼はテニスサークルで汗を流している。それを彼は遠くから本を読んでいるように見せかけ、ベンチから眺めていた。たまに本が逆さまを向いていることもあった。
 (相変わらず、面白いわね。「太陽」)
 時折、私が小さく手を振るからだ。ファンクラブの連中はそれを自分に手を振っていると勘違い。小競り合いが起きるほど、いつも騒がしい。サークルの代表がそれを怒鳴りつけて帰らせる。これが昼のルーティーン。
 (別に、私は小悪魔ではないわよ。誘惑なんかしてないんだからね)
 夕方は送迎車がくるまで、ベンチでおしゃべりタイム。サークル仲間と一緒に現れる。さりげなくしゃべるので、サークル仲間も彼と話をするようになった。
 (私の彼氏を狙っちゃダメよ。そんなことは許さないんだからね)
 「一緒にテニスをしよう」と彼は勧誘されるのだが、テニスをしたことがない。だから、加減をすることができないのかもしれない。もしも、彼が力一杯、プレイすれば、騒がれるのが目に見えている。当然、今も何かと理由をつけて彼は断っている。そんな話をしながら、送迎車が到着すると一緒に歩いていく。私はそんな日常がたまらなく好きです。彼と付き合ってから、何気ない会話も楽しい。幸せ者です。
 (ありがとう。「太陽」。愛してるわ)
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