第1話 un known world(オセロニア)

文字数 3,658文字

 これは、ある夏の物語。私は不思議な経験をした。
 私の名前は「十六夜(いざよい) 月(るな)」。S大学の三年生。ミスグランプリ三連覇中。スタイルは・・・想像にお任せいたします。でも、巷の読者モデルには引けをとらないと自負しています。テニスサークルに参加。IZAYOIグループ社長の娘。いわゆる世間知らずなお嬢様と言われる存在。お父様には年頃の娘なので、心配ばかりかけています。そのような私が、まさかあんなことに巻き込まれるなんて・・・。
 (何でなのよ)

 「月、明日の試合出てくれるんでしょう」
 「明日は、ちょっと・・・」
 「何か用事でもあるの?」
 「そうなの。本当にごめんなさい」
 「仕方がないよね。お父さんの仕事に付き合うんでしょう」
 「そうね」
 (嘘をついて、ごめんなさい)
 「明日は私達だけでがんばるよ」
 「頑張ってね。それじゃ私はこれで・・・」
 「バイバイ、月」
 「さようなら」
 校門でサークル仲間と別れた。

 「月様。今日は、もうよろしいのですか?」
 運転手が言った。
 「いいわよ。明日が試合だから、サークルの練習が予定よりも早く終わってしまったから。それよりも屋敷からS駅までの到着時間は、調べられたの?」
 「はい、月様。一時間で到着することが可能です」
 「そう、ならいいわ。明日は絶対に遅れちゃダメよ。時間通り、到着するのよ。遅刻魔と思われるの嫌だからね。頼んだわよ」
 「わかりました。でも、珍しいですね。男性のご友人を招待されるなんて、何年ぶりでしょうか?」
 「そうね。七年ぶりかしら、中等部からは女子ばかりだったからね」

 十六夜邸は小高い丘の上に建つ。
 この辺りを一望することができた。この街は十六夜市と言ってもいい。それほどの影響力が十六夜グループにはある。地元の有力グループです。屋敷に着き、自分の部屋で着替えを済ませた。

 下のフロアで食事を済ませると、お父様が私にソワソワしながら、話しかけてきた。
 「月。明日、彼がいつここに到着するか教えてくれないか?」
 「昼食会だから、正午あたりかしらね」
 「そうか、そうだな。ははは」
 「お父様、何か変よ。なんで今から緊張しているのよ。見合いじゃあるまいし、それに自分で品定めすると言ったから、富士見君を招待したのよ。そんなことで、どうするのよ」
 「いやー。まー、そうだな。ははは。月の父としての面接だな。彼はどんな奴なのか、楽しみだよ」
 「どんな奴って、探偵に調べさしたんでしょう。報告書を見ていたじゃない」
 「それはそうなんだがな・・・」
 「まだ何か不服があるの?」
 「いや、ははは。ないさ。月の彼氏という点を除いたらな」
 (えっ)
 「な、何を言っているのよ。ダメ探偵じゃない。私と富士見君はそんな仲じゃないわよ」
 私は頬を赤く染めた。富士見君は、彼氏では無いけれども、気になる存在だった。
 「そうか。スマン、スマン」
 「もー、寝るからね。おやすみ。お父様」
 「あぁ、おやすみ。月」

 部屋のベッドの上。
 (なんか、緊張してきた)
 お父様のせいよ。明日はどんな顔で会えばいいのよ。私の彼氏が富士見君だなんて・・・。意識してしまうじゃない。そのような間柄じゃないんだからね・・・。
 (ねぇ、デズデモナ)
 隣で眠る白猫。私は眠りについた。
 (・・・おやすみなさい)

 ― 話は一ヶ月前に戻る。夏真っ盛り。
 S大学の校内。校庭の大きな木の下にあるベンチにすわっていた。突然、バサッと本を落としていく男。
 「あのー、本落ちましたよ」
 (ちょっと、無視しないでよ)
 「・・・」
 無視する男は、風のように去って行った。
 「どうするのよ。これ・・・」
 (何かしら)
 その本を手に取った。タイトルには、「un known world」と書かれていた。
 (見知らぬ世界って、何よ)
 ペラペラとめくってみた。
 (何よ、これ)
 何の言語か分からない本。でも不思議な感じ。次に会うまで、預かっておこうと思った。マジシャンのような風貌の男が落とした。
 (また、会えるかしら)
 しかし、その機会は訪れなかった。

 (今日も会えなかった)
 あの時以来、ずーっとカバンの中に入れている。
 食事を済まして、部屋にいた。
 (そうよ。あの言葉)
 本を開いていた。机の上には、外国語の辞書。
 カーテンを開けると本が、月明かりを浴びてキラキラと輝く。満月の夜だった。
 月の飼い猫「デズデモナ」が興味津々で本を押さえた。
 「ちょっと、止めなさい」
 その時だった。「ニャーン」と鳴き声が発せられた後、意識を失なった。
 「キャー」
 叫べども、私の悲鳴は誰にも届かなかった。身体は脱け殻のようにベッドの上。

 目を覚ますと見知らぬ男性。戦国武将のような顔立ち。
 (だ、誰?)
 「キャー」
 「気がついたのか。大丈夫か?」
 「ここはどこ? 貴方は誰?」
 「ここは、俺の家だ。俺はジェンイー。お前が外で倒れていたから、運んできてやった」
 「そう。助けていただいて、ありがとう。倒れて気を失なっていたの?」
 「そうだ」
 「・・・貴方、変なことしなかったわよね」
 「お前はバカなのか? 猫をどうするのだ」
 「えっ、猫ってなんのことよ」
 「お前のその姿が猫だろう。変なことをいう奴だ」
 「何ですって・・・」
 慌てて顔を触った。その白い手は紛れもなく猫の手だった。触った感触は毛がある。髭がある。
 (こんなことってあるの)
 泣いた。泣くことしか、できなかった。この私が白猫ですって、誰が信じるものですかー。そうよ。夢よ。これは夢よ。夢ならさめてー。
 願いは届かなかった。これは夢ではなかった。
 (残りの人生を猫として生きるの?)
 「どうした? もう泣かないのか」
 「・・・泣くわよ」
 「止めろ。湿っぽくなる。その代わり少しだけ話をしよう。何であんなところで、倒れていた」
 「あんなところって、知らないわよ。気がついたら、ここだったんだから。ここはどこの国よ。なんでって・・・キャー、り、竜がいるわよ。貴方の背中」
 「あー、これか。気にするな」
 「なんで竜がいて、気にするなよ。私の住んでいる街にはいなかったわよ」
 「そうか。では、お前は神の国の者か?」
 「違うわよ。神の国って何よ」
 「では、魔の軍勢か?」
 「魔の軍勢って何よ」
 「なんだと、ではどこの者だ」
 いきなり、剣をかまえた。
 「あ、危ないじゃない。レディに対して剣をむけるなんて、貴方、最低ね。そんなんじゃモテないわよ」
 「いや、おかしいだろう。自分の身を心配しろ」
 「言われなくても、心配しているわよ。目を覚ますと猫だったんだからね。私は人間だったのよ」
 「人間だと?」
 「そうよ。それがなんで目を覚ますと猫になっているのよ」
 「そんなの俺が知っている訳ないだろう。いい加減にしろ」
 また泣けてきた。
 「ジェンイー、止めなよ。レディを泣かすんじゃないよ」
 「デネヴか、コイツはお前に任す」
 首の後ろを掴んで、ポイと放り投げられた。
 「やぁ、俺の名前はデネヴ。君の名前はなんと言うんだい?」
 「私は、『十六夜 月』。こう見えても人間よ」
 「へー。猫にしか見えないけど、そうなんだね」
 また、泣いた。
 「お前だって、泣かしているじゃないか」
 「いやー、困ったな。泣かせるつもりは無かったんだが・・・」
 「気乗りはしないが、神の国へ行くか?」
 「そうだな、猫妖精もいるからな。そうしよう。では、猫ちゃん。俺の家にくるかい?」
 「・・・いやよ。貴方、私の身体目当てでしょう。なぜだか、わからないけど、そのような気がするの」
 「ははは、デネヴ。お見通しのようだな」
 「貴方の竜は私を食べないわよね」
 「あぁ、その心配はいらん」
 「では、ここでお世話になるわ」
 「デネヴ。そういうことだ。帰って旅の準備をしてこい。明日は早いぞ」
 「今夜は大人しく帰るよ。それじゃ、バイバイ。子猫ちゃん」
 ゾッとした。私のキライなタイプ。軽薄そうな男。自分の顔がいいからと自慢気に、勝手にお似合いだと勘違いして、近づいてくる男。私はそんな男にウンザリしていた。なのに近づいてくるのはそんなのばかり。だから女子だらけの学校に通った。お父様に頼んで、護衛までつけてもらった。なのにまた・・・。
 私は自分の運命を呪った。
 本当は、普通の顔とスタイルでよかった。普通に笑顔で仲間達に囲まれて過ごしたかった。
 贅沢な悩みだと、きっと誰からも支持をされないだろう。でも、いつも願っている。七十億人の内、いつかわかってくれる。私だけの素敵な男性が現れてくれることを・・・。その人はこの世界に、すでにいたなんて思いもしなかった。
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