第2話 勝利の女神

文字数 3,002文字

 夢を見た。いつ以来だろう。楽しそうに話していた。顔は分からなかったが、多分、男性。公園のベンチで何気無い会話をしていた。
 「・・・」
 楽しい一時だった。

 「猫。起きろ。旅に出るぞ」
 叩き起こされた。もう少し夢の中にいたかった。
 「起きろと言っているだろう」
 首根っこを持たれて、ポイと放り投げられた。
 「そこの水瓶で顔を洗え」
 水瓶を覗きこんだ。やはり猫だった。美形の白猫。それが今の私の姿。
 (どうして、こうなったのよ)
 顔を洗ったフリをした。手で水がすくえなかった。
 (何よ、この手)
 肉球のある手。マジマジとながめた。
 「猫だから珍しくないだろう」
 「そんなことはないわよ。昨日、言ったでしょう。人間なんだって、人間には肉球なんてないわよ」
 「そうだったな」
 その顔は疲れているのが、わかった。
 「一晩中、起きていたの?」
 「あぁ」
 「私だけ寝ちゃってごめんなさい」
 「いいんだ。気にするな」
 この時、ジェンイーという男は信用できると思った。
 「しょうがない。デネヴを起こしにいくぞ」
 「うん」
 ジェンイーの後ろを歩いた。
 「おい、デネヴ。起きろ。アルン、ミレオ。ヤツを起こしてくれ」
 二匹の竜はデネヴを起こしに行った。
 「貴方、竜と会話をできるの?」
 「あぁ、あの二匹は賢いからな。デネヴより、聞き分けがいいかもしれないな」
 「・・・そう」
 この世界はどうやら、別世界のようだ。竜が普通にいる世界。ジェンイーが一晩中、見張っていなければいけない世界。急に寒気がしてきた。
 (これからどうなるのだろう?)
 不安で一杯。しかも、私はお嬢様育ち。
 (この世界で、私は生きていけないだろう)
 「子猫ちゃん。お待たせ」
 デネヴが眠そうに現れた。なぜかムカついた。飛び上がり、おもいっきり殴った。猫パンチ。
 「いきなり、何をするんだ」
 「貴方、レディを待たすなんて、どういう神経をしているのかしら、ジェンイーは一晩中、見張ってくれていたのに、貴方はナイト失格よ」
 この言葉が効いたのか、猫パンチが効いたのかは分からないが、それ以来、護衛をキチンとこなすようになった。一人目の下僕、誕生の瞬間だった。

 街道筋を歩いていた。先頭をジェンイー、後ろをデネヴが守ってくれていた。
 「休憩するか」
 この一言で救われた。この姿のせいか、体力がなかった。
 (おかしいわ)
 テニスをしていたから、もう少し体力があるかと思っていた。デネヴが水をくれた。
 「はい、子猫ちゃん」
 「ありがとう。でも、その口調なんとかならないかしら、子猫ちゃんって・・・」
 「うーん、どのレディに対してもこう言っているんだけどな。な、ミレオ、アルン」
 「そう。ならいいわ。その呼び名。どうせ猫だし・・・。でも、まだ歩くの? 神の国ってどこにあるの?」
 「もうすぐ着くよ。歩き疲れたなら、俺が背負ってやるよ。背中で寝ているといい」
 「ありがとう。そうさせてもらうわ」
 「出発するぞ」
 また歩いた。正確にいうと背中に掴まって、寝ていただけ・・・。

 「子猫ちゃん、着いたよ。ここが神の国だ。といっても、一番端の街だけどな」
 「ありがとう」
 背中からおりた。
 (デネヴか。意外と優しいところがあるじゃない)
 デネヴの評価点を再考した。
 (うーん、八十点ね)
 朝寝坊したから三十点マイナス。疲れていた私をみて、さりげなく助けてくれたからプラス十点ね。こんなところかしら。ナイトにするにはちょっと点が足らないわね。
 それに比べたら、ジェンイーは無愛想だけど、頼りになるわよね。一晩中起きて、護衛してくれていたのだからね。ナイト第一号だわ。
 今後、彼女の前に現れる男性はジェンイーといつも比較される羽目となる。いわゆるジェンイー基準。

 街をキョロキョロと見た。大きく見えた。多分、猫目線だからと納得した。
 「猫、引き受け先を見つけてきたぞ。ついてこい」
 ジェンイーの後ろを歩いた。
 待ち合わせ場所にはゴージャスな女性がいた。赤い髪の毛をカールさせている。
 (どこぞのお嬢様かしら?)
 「この猫ですわね。なかなか、かわいいわね。私の次くらい。おーほっほっ」
 (人間の姿だったら負けないわよ)
 そう思ったが、口には出さなかった。猫が何を言ってもダメだと諦めたからだ。
 「貴女の名前は何と言って?」
 「その事なんだが、ヴィクトリア。耳を貸せ」
 「・・・」
 「・・・そうでしたの。それなら私の屋敷で聞いた方がよさそうね」
 「スマン。頼まれてくれるか?」
 「貸しですわね。いつか返してもらうわよ。おーほっほっ」
 「猫。俺達に出来るのはここまでだ。後はヴィクトリアと仲良くするんだぞ」
 「うん。ジェンイー、デネヴもお元気で、今までありがとう」
 「いくぞ、デネヴ」
 「あぁ、それじゃーな。子猫ちゃん。またどこかで会おう」
 ジェンイーとデネヴは私の前から、いなくなった。
 「それでは行きますわよ」
 「うん。よろしくお願いします」
 その後、ヴィクトリアの屋敷に着いた。

 「それでは改めまして、私の名前はヴィクトリア。勝利の女神ですわ」
 「私の名前は『十六夜 月』。こんな姿だけど人間よ」
 「ジェンイーからそのことは聞きましてよ。私が聞きたいのは、人間の貴女がなぜ猫なのかですわ」
 「ごめんなさい。よく分からないの」
 「では、直近のことを思い出してくださる」
 あの夜のことから話をした。
 「では、その姿は飼い猫の姿ということですわね。なぜか意識だけ『十六夜 月』と言うこと。いくら、このオセロニのア世界が超常現象な世界だとは言え、初めて・・・。それとこのことは私達だけの秘密ですわ。神の国ではこのことを絶対にしゃべらないでくださる。いいですわね」
 「うん。気をつけます」
 「それとこれからは貴女の名前はデズデモナと呼びますわよ。早く慣れなさい」
 「デズデモナね。分かったわ。でも、不思議な感じね。飼い猫の名前が私の名前なんて」
 「そうですわね。おーほっほっ」
 「ははは」
 笑うしかなかった。心の中で泣いた。
 (この私が・・・。デズデモナ)
 この日からヴィクトリアと行動を共にした。

 次の日、猫が起こしにきた。
 「デズデモナ様。おはようございます」
 「貴方は誰なの?」
 「リエットと申します。ヴィクトリア様に仕える者でございます。起こすように言われて、まいりました」
 「そう、ありがとう。ヴィクトリアはどこにいるの?」
 「下の階にて、お待ちでございます」
 「連れていってくださる」
 「かしこまりました」
 リエットの後ろを歩いた。
 「デズデモナ、おはよう。ゆっくり寝れたかしら」
 「ヴィクトリア、おはよう。おかげさまで、ゆっくりと寝れたわ。ありがとう。ここだけの話、あの二人といる時には全然、気が休まらなかったわ。『襲われないかしら』とビクビクしていたもの」
 「おーほっほっ、デネヴはその様なタイプですわね。ナイトに指名できないタイプよね」
 「では、『ポーン』辺りね」
 「おーほっほっ、そうですわね」
 こうしてデネヴは「ポーン」扱いで一致した。

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