第8話 オセロニアと特異点

文字数 2,510文字

 私はまた、あの世界へ飛ぼうとしていた。勇気がなかった。臆病風に吹かれた。
 (どうして、こんなことになったのかしら・・・)

 ― 前日。私は彼に電話をした。
 「もしもし、こんばんわ。『太陽』、イヤーゴは見つかったの?」
 「うん。おそらく関係者とみられる人物を特定したよ」
 「スゴいじゃない。でも、情報の取り方には問題あるけどね」
 「何で? 何で知っているの?」
 「あなたは土門君が怪しいと思っていたんでしょう」
 「うん。そうだけど、話をしたことがあったかな?」
 「違うわよ。あなたがそうでもなかったら、土門君にケガを負わされる訳がないじゃない。あなたは、とぼけていたけど、ケガをした理由のことから推測して、なんとなく想像できたわよ」
 (どうかしら、私の推測力)
 「ゴメン。やっぱり、君には勝てないよ。これからは隠さずに何でも相談するよ。いいよね」
 「もちろん、私はあなたに隠す話は、一切ないけどね」
 「『月』、明日の午後、オセロニアの世界へ行ってくるよ」
 「今日、土門君がいなかったことと何か関係があるの?」
 「まだ、分からない。土門がイヤーゴの悪巧みに利用されるのを止めたいんだ。それを確かめるために行ってくるよ」
 「ダメよ。許可できない。私と交わした、あの約束を破るの」
 「約束は守るよ。危険なことはしない。君を悲しませることはしないよ。だからお願いだ」
 「ダメよ。絶対にダメ。あなた一人では、あの世界へ行っちゃダメ。だから、私がついていくわ。あなたは絶対に無茶をするに違いないのだから。私があなたを監視する。それしか許可しない。いいわね」
 「うん。それでいいよ。土門を助けてやるんだ」
 「イヤーゴに取り込まれている、土門君を助けることなんて、できるの?」
 「分からない。でも、やるしかないんだ」
 「・・・そうね。それまで無事でいてほしいわね」
 「うん。それではまた明日。おやすみ」
 「えぇ、おやすみなさい」
 私は電話を切った。

 昨日、彼に着いていくと言って、わがままを聞いてもらったのに・・・。いざとなったら、怖くなるなんて・・・。私は彼のように冒険に旅立つ勇気がない。なんであんなことを言ったんだろう。彼がオセロニアの世界にいる女性達と楽しそうにしているのが、分かっているからよ。つまり、私はヤキモチをやいている。彼を愛していいのは私だけなんだからね。向こうの世界にいる女性達には「彼の恋人」という存在を分からせたい。それだけなのに・・・。
 (私の意気地無し)
 辺りをうろうろと歩いていた。しびれを切らしたのか、デスデーモナの幻影が現れた。
 「何をしているの? 早く行きましょう」
 「ちょっと待って、私は踏み出す勇気がないの。あの世界へ行くのが怖いのよ」
 「そんなことを言っていたら、彼氏をとられちゃうわよ」
 「そんなことは分かっているわ」
 「いや、あなたは分かっていないわ。女は度胸よ。さぁ、行くわよ。彼が首を長くして待っているのだから」
 デスデーモナは白猫の身体に戻り、魔導書を開き、それに月の光を当てる。ニャーンと鳴き、時空の渦を発生させた。
 「ち、ちょっと。いやー」
 暗闇にのみ込まれた。デズデモナの姿となり、この世界へやってきた。再び、ピンクのマスクをかぶった。
 (うううっ、デスデーモナ。そうよ。泣いてばかりいられないわ)
 私はオセロニアの世界を歩き出した。

 私は運良く詰所で彼と無事、合流した。笑顔だった。
 「やっぱり、ピンクマスクなんだね」
 「フフフ、そうね。今回はあなたの分も用意をしてきたわ」
 彼に虎のマスクを渡した。
 以前、彼とタイガーマスクの話をしたことがある。それを私は忘れていなかった。特注品を用意していた。彼は早速、つけてくれた。
 そこに骨三郎が現れた。
 「よう、オテロ。ここにいたのか。探したぜ・・・って、お前、ふざけているのか。何だ、そのマスク姿は?」
 「いや、ちょっとね。・・・それでヤーゴは見つかったか?」
 「もちろんだ。アイツは天界の神殿跡にいたぜ」
 「何でだろう?」
 「そこまでは分からない。何かを探しているようだった。だから急いで帰ってきたんだ。何か悪い予感がするぜ」
 (まさか・・・)
 「急ごう。取り返しがつかなくなる。アズリエル、頼む。送って欲しい」
 「ちょっと待って、私も行くわよ」
 「いや、ダメだ。君には代わりにジェンイー達を呼びに行って欲しいんだ。『この街を守って欲しい』と頼んでよ。いいね」
 「分かったわ。絶対に無茶をしてはダメよ」
 「約束する」
 彼はアズリエルに抱えられ、飛び立った。
 (私は私のできることをする)
 エスポワールを目指して歩きだした。

 (長いわね)
 石の階段を登るのに疲れた。
 (猫の身体は不便ね)
 私の身体ならば難なく登れるのに、猫の姿ではスタミナがない。
 (正直なところ、困ったわ)
 疲れた身体にムチを打つように、階段を登った。背後からゾッとする気配を感じた。
 「久しぶりだな。子猫ちゃん」
 (デネヴね)
 正解だった。嫌気がする。
 (相変わらず、チャラチャラしているのね)
 「エスポワールに行くなら、おんぶをしてやるよ」
 (そうだった。私の下僕だったわね)
 「お願いします」
 私はデネヴの背中に乗った。
 「まだ生きていたんだね。向こうの世界に戻れなかったのかい?」
 「いいえ、戻れたわよ。今回は彼についてきたの。同級生を救うためにね」
 「彼氏?」
 「そうよ。この世界では『オテロ』と呼ばれている黒猫なの」
 「何だって。アイツが君の彼氏なのか?」
 「そうよ」
 「・・・」
 しばらく、デネヴは無言になった。
 「エスポワールにはジェンイーと話をするためよ。この世界のピンチなの。あなたも協力してほしいの」
 「この世界のピンチだって?」
 「そうよ。だから、急いで」
 「分かった。しっかりと、つかまっていろよ」
 デネヴは階段をかけあがり、ジェンイーの元に走った。
 
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