第12話 かぶりときりとり

文字数 4,470文字

※今回は趣向をちょっと変えると言いますか、番外編的に、ふと感じたあることを基にして掌編に仕立てました。

 ~ ~ ~

 ミステリ好き、トリック好きを自認する二人の会話。


「あー、なかなかよかった。次は何して暇つぶしするかな」
「昔、親戚とやって小さく盛り上がったゲームがあるんだが、やってみる?」
「やるやる。どうせ暇つぶし、つまらなくてもかまわない。時間ならたっぷりある」
「ルールは簡単。相手の出すヒントとなるキーワードを聞いて、相手が何のことを言っているのかを当てるゲーム」
「あー、何か似たようなのを知っているな。そのまんま採用するのも芸がないから、縛りを設けようじゃないか。当てるべき事柄のテーマを限定するとかさ」
「いいね。じゃ、出題側がテーマも決めて発表し、それからキーワードを言っていくスタイルにしようか」
「正解が分かったと思ったら、答える側はどうすればいい?」
「今は僕ら二人しかいないのだし、自由に答えてもいいと思うけれども、ここもちょっと捻る? 答える側は解答する前に、『20の質問』みたいにイエスかノーで答えられる質問を一つすることができる。一種の確認作業だな。出題側がその質問に答えて、解答側は解答を続けるかやめるかを決める」
「ふむ。解答を宣言しておきながら中止したらマイナス1点、中止せずに解答して正解したら5点、不正解だったらマイナス3点という具合に差を付けて、得点を競う形にできそうだな。まあ、細かい得点は後回しにして、とりあえずやってみよう。君から出題してくれるかい?」
「いいとも。そうだねえ、テーマは……創作物語、としてみるかな。映画やドラマ、小説に漫画、アニメといった物語の作品全般」
「範囲が広いのかほどよいのか、それとも狭いのか、まだ判断しかねるな。とにかく始めてくれ」
「では一つ目のキーワード。1.主人公の元に死神が現れる」
「うん? ワードじゃなくてフレーズになってるが」
「あ、そうだね。まあいいじゃないか。物語を当てるのに、単語を並べていくだけだったら相当に時間が掛かるよ」
「それもそうか。その物語のストーリーにちらと触れる程度のフレーズが面白いかもしれない。さて、死神か……ぱっと思い浮かんだ物があるにはあるが確証はない。続けてくれ」
「2.その結果、主人公は人間の生死を左右できる能力を得る」
「……いきなりだが、最初の勘が当たっていた気がする」
「解答するならいつでもウェルカムだよん」
「先に、これはルールの確認だけれども、君は俺に早く当ててもらいたいのか、当てさせまいとしているのか、どっちの立場でゲームを進めているんだろうか」
「それは当然、後者だよ。フェアにやっている自信があるよ。すぐあとで答合わせをするし、キーワードで嘘は言わない」
「なるほどね。今はお試しだから、遅い早いはあまり気にせずに行くかな。ここは様子見。見送って、次のキーワードを頼む」
「では三つ目。3.主人公は能力を駆使して一時的成功を収める」
「一時的成功か。微妙な言い回しだ。俺の思い浮かべた作品でも、主人公は一時的成功を収めていると言えそうなんだよな」
「じゃあ答えてみたら?」
「なーんか、裏がありそうなんだよな。企み顔してんだもの、そっち」
「企みがあるかもしれないし、ないかもしれない。そういったのも含めて楽しむゲームだと思って」
「うむむ。ま、実際、類似した物語はいくつかあるような気がする。こうなったら、確証が持てるまでヒントをもらおう。次」
「4.主人公はピンチを迎える」
「それだけ? 何だよ、弱すぎるヒントだな。ええい、もう次だ」
「ははは、悪いね。当てられそうだから刻んできた訳じゃないよ。5.死神を陥れて危機を脱出する」
「おっ。一転して、かなり具体的、特徴的じゃないか。確信を持てた、と言っていいかもしれない」
「解答する?」
「う……迷うぜ。あまりにもあからさまなんだよなあ、これが正解だとしたら。企みがあるように見せ掛けて実はない、という企みなのかな?」
「さあさあ、どうする?」
「にやにやするなよ~。考え込んじまうじゃないか。……ま、いい。所詮は暇つぶしの遊びだ。本気で取り組みはするが、考えるばかりでゲームの進行が停滞するのは避けたい。解答してみる」
「よし。ではまず質問を一つ、受け付けるよ」
「そうだな……作品特有の固有名詞を入れた質問をするのは面白みを欠くから、よすとしよう。――こういうのはどうかな。“その物語の主人公は、最終的に死神によって命を落としますか?”だ」
「おおっ。核心を突く質問だね。いいよいいよ」
「変に褒めてないで、質問に対する答をくれ」
「イエス、だ」
「よし来た。おっと、ガッツポーズが出ちまった」
「そう言うからには、思い描いた作品と合致しているってことだね」
「そうとも。じゃあ答えるぞ。その物語とは漫画『デスノート』。どうだ?」
「ふふ。外れ~」
「なぬ!」
「次のキーワードを言うと、6.主人公は日本人」
「合っているとしか思えないじゃないか」
「まだ次の解答はしない? じゃ、7.主人公は基本的にぐうたら」
「え? さすがにそれは当てはまらないな……一気に分からなくなっちまった。しかし、『デスノート』以降に出た類似作品の中に、ぐうたらな主人公がいたかもしれない。ちょっと思い出せないけど」
「検索するのはなしにしようね」
「分かってる。――マイナス1ポイントを覚悟の上で、質問をするというのは当然ありだよな?」
「いいんじゃない? 今は試しにやってるだけだし、ひょっとしたらだめ元の質問がきっかけで、正解に気付くかもしれないよ」
「そこまでは期待しないが、質問だ。“その作品は漫画『デスノート』が世に出たよりもあとの作品ですか?”これで頼む」
「答はノーだね」
「何と。『デスノート』よりも前か」
「うん。正解の作品がいつ世に出たのかは知らないんだけど、『デスノート』よりは確実に昔だよ」
「うーむ、ますます混乱してきた。追随作品じゃないとすると、『デスノート』以前に『デスノート』っぽい物語が存在していたことになる訳か」
「まあ、物の見方だから。ぽいかどうかを聞かれたら、だいぶ違う感じだよ」
「ストーリーの要素がこれだけ似通っているのにか? 分っからんなあ」
「ギブアップする?」
「いや。続けて質問だ。“その作品は有名と言えますか”」
「主観が入るけれども、有名には違いないと思う。特定の層は絶対に知っていると言っていい作品だから」
「またもや微妙な言い回しだな。日本の全人口の五割以上が知っているのか」
「それ質問? まあいいや。五割は超えているのかな。正直言って分かんない。高齢な人ほど知っている割合は高くて、あと、何年かおきにそのジャンルのブームが来るとされているから超えているかもとしか言えないや」
「ジャンル? 漫画ブームとか小説ブームなんていう括りの広すぎるブームは、あまり聞かないよなあ。映画ブームやアニメブームも、最近では言わなくなって、個々の作品によるブームだし。何か根本的に間違っている気がしてきた。ちょっとずるい質問、してみるか。“その作品のジャンルは、漫画、小説、アニメ、映画のいずれかに当てはまりますか?”ってのはどうだ」
「確かにずるいねえ。本番ではその手の質問は禁止にしなくちゃ。でもまあ今は答えるよ。ノー」
「うわー、やられた。何だよ、漫画じゃないのかよ。それどころかアニメでも映画でも小説ですらない? あと何が残っているんだっけ」
「ふふふ。一つ前の僕の返答が、ヒントになっていると言えるかも。あくまでもイメージなんだけどさ」
「一つ前……五割超かどうかっていうあれか。ええっと、高齢者ほど知っているとか言っていたな。高齢者が好む創作物語のジャンル……時代劇はドラマだよな」
「初出を原典とするなら演劇の可能性もあるかも」
「それを言い出したら、確か『刑事コロンボ』もピーター・フォークが主役を演じるようになる前は舞台劇だったが、『コロンボ』をドラマには分類せず、劇と言い張るのはさすがに石を投げられるだろう」
「だね。その劇の前に別の人がコロンボを演じた単発ドラマが作られたそうだし。とにかく、時代劇作品はすべてドラマってことにするよ」
「時代劇でもないと。今出た演劇は、自分には知識不足で何とも言えないが、高齢者が好む創作物語でポピュラーなジャンルならもう一つ、思い当たるのが」
「へえ? 言ってみて」
「落語だ」
「おっ」
「その表情からして、手応えありとみた。落語で死神と来れば、そのままずばり『死神』という題の噺があるな。あの噺の展開を思い返してみると、なるほど、君が出していたキーワード――ストーリーの流れが悉く当てはまる。ちょっと首を傾げたのは、“人の生死を左右できる能力を得た”という表現だ。落語『死神』の主人公は、大病で伏せっている人間が最終的に死ぬか生き延びるかを、死神の座る位置によって知ることができるというだけだから、生死を左右できる能力とは言えない。だが終盤、死神を出し抜くことで人の生死をひっくり返してみせた。あれはやはり、人の生死を左右できる能力を得たと言っても誤りではない。むしろ、それらをひっくるめて巧みに言い換えた君に感心した」
「お褒めにあずかり、嬉しいよ」
「てことで、その作品は落語『死神』でいいんだな」
「そうだよ。言うまでもないだろうけど、『デスノート』と勘違いしてくれるよう、言葉を選んだんだ」
「やられたよ。ふと思い付いたかのようにこのゲームを持ち掛けてきたけれども、だいぶ練り込んでいたんだな」
「ははは、その通り。尤も、一番自信のあるネタを今使ってしまって、あとは出涸らしみたいなものだね」
「じゃ一つ、出涸らしじゃないネタを考えてみるか。さっき言った『刑事コロンボ』はテレビシリーズ化の前に舞台劇だったというような、あまり知られていない雑学が役に立つと思うんだが」
「そういうのって、現代ではネットを通じて広まるのが早いからねえ。意外とあっさり看破される可能性が高いと感じて、手を出してないんだ。探すのなら、やっぱり僕がやったように超有名作品だと思わせて、実は別の有名作品というのがいいんじゃない?」
「確かに、ぴたりとはまったら気分よかろうな。ただ、俺の思考方法はそういうのに向いてないのか、ちっとも浮かばない。何かとっかかりがあれば違ってくるかもしれないが」
「じゃあ、僕が温めている種を一つ、披露するとしよう。猟奇殺人もしくはバラバラ殺人の推理小説に見せ掛けて、実は日本の昔話っていう」
「日本に限らず、昔話は残酷な側面を持っているというのは定説だが、猟奇殺人やバラバラ殺人? 『かちかち山』じゃあないよな?」
「違うよ。まあバラバラは言い過ぎたかも。要は身体の一部を切断する展開のある昔話だよ」
「分かったぞ。『舌切り雀』だな?」
「あ、それもあるね」
「他にも? 『こぶとりじいさん』?」
「それはちぎったり引っ付けたりで、もっといいかもね。僕が最初に思い付いたのは『耳なし芳一』なんだ」

 おしまい

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