第4話 尻の青い犯人

文字数 3,761文字

※東京創元社の隔月刊雑誌「ミステリーズ! vol.101」に問題編が、「ミステリーズ! vol.102」に解答編が掲載された犯人当て小説『尻の青い死体』(白井智之)について、その内容に踏み込んでいます。ネタバレ注意ということでよろしくお願いします。

 例によって数行のブランクを入れておきます。









 恒例となっていた「ミステリーズ!」の犯人当て企画もこの回で一区切りとのことで、楽しみが減って淋しいですが、いずれまた復活してくれることを期待しておきます。

 今回は途中まで――犯人特定の大前提まではいい線を行ったものの、絞り込む過程で作者の用意したラインを辿りきれず、またしても外しました。
 ただ、今回は前回以上に文句を言いたい気分です。解答編を読んだ上で、そこはおかしいだろうと感じた点が三つほどあり、そもそも問題編の記述で首を傾げた箇所が二つほどあってそれも解消されなかったので、併せて挙げていきます。

 が、その前に、私の外れ推理を出しておきます。前回同様、ご笑覧ください。今回は笑える部分はあまりないと思いますが。

<外れ推理の概要>
・死体に触れると冷たかったことから、被害者は死んだ直後ではなく、ある程度時間が経っている。
・ハイエース内は暖房が入っていた形跡があった。犯人は死体の温度を上げ、目撃者が見ている最中に死んだように偽装する計画だった。
・紫のドーランが予定よりも減っていたのは犯人が自ら被害者に化けるべく、偽の蒙古斑を描くのに使うつもりで拝借したから。
・犯人は被害者の蒙古斑について、紫のドーラン不足が発覚した二日目夕方までに知っていた。換言するとその時点までに被害者と寝た人物。
・該当する一人、佐渡島には一応のアリバイがあるので除外。他の者で一日目の夜、被害者と寝た可能性がないのは金田(初日の夜十一時まで仲木と話をしていた金田には、被害者と寝ることは不可能)。

 ※ここまでは解答編と一致していました。

・目撃者を誰にして、いつ目撃させるのが適当か。まず目撃者が二人以上だと計画は成り立たない(一人がハイエースの鍵を借りに行き、もう一人が現場に残ったら、犯人はハイエースから出られないため)。そこで、朝起きてすぐ一人で煙草を吸いに外に出る仲木を目撃者に選ぶ。二日目の朝七時に起きてきたので、その時間帯に合うよう犯人は三日目早朝から偽装工作を開始(カーエアコンで死体を温める。自らに蒙古斑を描く)。
・仲木の実際の起床は六時。慌てた犯人はそれでも計画を続行。嘔吐く声を上げて仲木をハイエースまで来させ、殺される演技をする。

・容疑者全員、体格的に被害者に化けることは可能。
・犯人は、朝起きてすぐ煙草を吸う仲木の習慣を知っていた。幼馴染みの金田は知っていた可能性がある。しかし金田は被害者の蒙古斑を知り得ないため犯人ではない。
 他の者は仲木とは初対面。だが、二日目の朝、仲木が外に煙草を吸いに行く姿を目撃した者がいる。食堂にいた被害者と高島の二人である。仲木は一服した直後に七号室に忍び込むべく、誰にも見られないよう注意深く行動しているので、他の者には喫煙を見られていないはず。

・目撃者の行動を推測可能、かつ、被害者の蒙古斑を知る機会のあった人物は高島一人である。よって七峰を殺害したのは高島である。

 と、こんな具合にして、一見論理的に犯人を絞り込めたように見えるかもしれませんが、拾えていない手掛かりないしは手掛かりらしきものがいくつも残っていました。


・消えた風車(かざぐるま)の用途。完全にお手上げでした。
・カーテンのないフランス窓がある部屋で、肉体関係を持つ気になれるのか。窓の外からまる見えではないのか。覗きをして被害者の蒙古斑を知った可能性は?
・二日目朝、仲木は陽光に顔を照らされて目覚めているが、部屋の位置や窓の向き、雑誌掲載分の扉絵に描かれた別荘周囲の状況(山中で木々に囲まれている)から推して、朝七時前の陽光が部屋に差し込むことはないのでは? これを合理的に解釈するには、仲木は二日目朝、屋外で目覚めた可能性が生じるが、犯人ではあり得ない仲木に関してこんな手掛かりを出されても……。


 一方、作者の用意した正解推理について、詳細は雑誌を見ていただくとして、ロジックをかいつまんで記すと。

1.犯人は初日の夜、被害者と肉体関係を持った人物である。
2.金田ではない。
3.被害者の部屋のゴミ箱にはコンドームがなく、精液の痕跡だけがあった。コンドームを使用後ゴミ箱に捨てるもすぐ回収したと考えられる。最終日以降に各部屋の掃除を行う高島はすぐ回収する必要はない。よって高島も除外。
4.被害者の用意したコンドームのパッケージは未開封だった。コンドームは犯人が用意した物であり、犯人の方から被害者に夜這いをかけたと考えられる。被害者の部屋の位置を知らなかった結城は夜這いの掛けようがないので除外。
5.残る重岡を犯人候補から除外する条件はないので、彼が犯人。

 となるでしょう。
 で、当然と言っていいと思いますが、4のくだりに特に不満があります。
 コンドームを使ったかどうかの判断は無理だと思うのですが、まあ使うのが常識だと見なしましょう。でも誰が用意したコンドームを使ったかなんて、分かるものでしょうか。被害者がパッケージを開封済みのコンドームを持っていて、最後の残り一つを使ったという可能性は?
 さらに、男が持参したコンドームを使ったとして、それが即、男の側から誘ったと言えるのか。だいたい男は何でコンドームを持っていたのか。山中の別荘を借り切って映画撮影をするだけなのに(被害者の女性は元々、誰でもいいから関係を持って妊娠詐欺を働く気でいたのでコンドーム持参は当然)。買いに行くにしても山を車で下りなければならない。撮影参加者に女は被害者だけだから犯人は最初から肉体関係を持つつもりだったことになるけれども、映画業界に潜り込むために必死になってたんじゃないのかと。避妊具用意してる場合なのかと。
 3もちょっとおかしい。最終日以降に片付けるからすぐには回収しないと言い切れるのか。使用済みコンドームの入ったゴミ箱を一週間(撮影予定期間)そのままだなんて、普通、その部屋の主である被害者女性が嫌がるのでは。

 あと、犯人特定に直接結び付くものではないが、解答編でロジックとして示された諸々についての不満。
 まず消えた風車。ハイエースのロックを外から解除されることがないよう、隠したとのこと。そんなもん分かるか!ってレベルだと思うんですが、そこを抜きにしても、風車だけ隠してたってしょうがないんじゃないかな。駐車場にはハイエースの他にもう一台、ハッチバックがあって、そちらにも何だかんだと道具が積んであったと見なすのが妥当でしょうから、ドアのロックを外せるような細長い棒があるかもしれない。

 次、犯人の計画に込められた思惑。これが最大の問題点だと思います。
 犯人は、ハイエースの持ち主にしてキーを持っている佐渡島に罪を擦り付けるべく、上述のような細工をしたとされていますが。
 目撃者が仲木一人になったのはたまたまなんですよね。誰も出て来なかったらクラクションなど適当に音を立てて呼び寄せるつもりだったと。そこ、そんな適当でいいのかしらん? 私の外れ推理でも触れましたが、目撃者が二人以上になったら終わりです。クラクションを鳴らすなんて、下手をすると犯人以外の全員がハイエース前に集合する恐れだってある。目撃者は絶対に一人でなければなりません。


 最後に、自分自身の外れ推理にも言えることなんですが、三点。
 初日の夜、被害者と寝た人物は一人であると決め付ける根拠がない。順番に二人目、三人目と男をとっかえひっかえしていた可能性を排除できず、これを認めると犯人候補として金田が復活してしまう。ただし、当初から女の正体に勘付いていた金田が肉体関係を持とうとはしないでしょうけど。
 被害者と元々関係を持っていた佐渡島は、被害者の隣の部屋にいて物音が聞こえてこなかったのか、廊下からはドア越しに聞こえるくらいだし、各部屋にフランス窓があってカーテンがないとなると、音も充分に届くのでは。
 動機及び犯行のタイミングが少し納得しがたい。金田以外の面々は映画の完成を切望してるはず。なのに犯人(重岡)は撮影終了を待たずに女優を殺した。撮影が終わってから殺すという選択肢はなかったのか。初日の夜に寝たことを皆に暴露されるのを恐れたのか。

 陽光で目覚めた件について、解答編での言及はありませんでした。これは私の思い込みということで。

 以上、色々とあげつらいましたが、犯人当ての構造としてはユニークで、作者のやりたいことは伝わってきました。小柄な男が自分の尻に蒙古斑の柄を描いて、全裸で殺されるふりをするなんていうバカミスっぽいトリックも、脱力ものではあるけれどもユーモラスと言えなくもない。もっと紛れのない論理展開を築いてくれていたら、傑作とは言いませんがそれなりに評価したと思います。

 それでは。
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