僕らのラグランジュ・ポイントを探しに行こう

文字数 871文字

「雪村、行くぞー」

「はーい、有栖川せんぱーい!」

 放課後、宇佐木眠兎(うさぎ みんと)有栖川達也(ありすがわ たつや)は、後輩の雪村翔吾(ゆきむら しょうご)を誘い、三人でキャッチボールをしていた。

「宇佐木せんぱーい、行きますよー!」

「おいで、翔吾」

「ほいっ!」

 雪村がピョコンと放ったボールを、宇佐木は軽々とキャッチした。

 彼はつかんだそれを、手の中でコロコロと転がしている。

「おい、宇佐木。早く投げろよ」

「短気だよね、有栖川って。時間なんて存在しないんだから、もっと気長にいこうよ」

「また始まった……」

 せかした有栖川だが、宇佐木からボールと同じくもてあそばれた。

「ねえ、二人とも。こうしてわれわれは大きな三角形を作っているわけだけど、そのラグランジュ・ポイントはどこにあるのかな?」

「はあ?」

「力のつり合いが完全に均衡する点さ。物理学ではね、物質が三つ以上になったとたん、それを計算するのが難しくなるんだ。古典力学以来の大きな課題なんだよ」

「解析力学でいうところの、ラグランジュ関数が停留、つまりゼロになる点ですか。高校数学でいうと、極値の微分がゼロになる点ですね」

「おい、雪村。こいつにつき合うなよ」

「だって、宇佐木先輩のお話はとっても面白いんですもん」

「『もん』ってかわいいね雪村。有栖川は頭が悪いから、あんなふうになっちゃダメだよ?」

「こらてめえ、聞こえてるぞ」

 宇佐木はやっとのことで有栖川にボールを放った。

「ねえ、有栖川。僕らのラグランジュ・ポイントを探しに行こうよ」

「はあ?」

「ニュートンにもわからなかったことが僕らにわかったら、素敵じゃない?」

「へいへい」

「いったいどこにあるんですかねえ」

「ふふっ、それは、僕らの心の中、なんちゃって」

「はわっ、先輩! 素敵ですー!」

「……死ぬほどくだらねえ」

 こうして三人は、落ちてくる夕日など目もくれず、この世の終わりまでそうするように、ボールを投げつづけた。
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