バナナ牛乳を飲むくらいなら毒杯をあおったほうがマシだ

文字数 1,278文字

「しかるにクラスメイト諸君、牛乳はイチゴ味こそが至高(しこう)なのであって、バナナ味など論外(ろんがい)もはなはだしいのである。僕はそんなものを飲むくらいなら、毒杯(どくはい)をあおって果てたほうがマシなのだ」

 (むか)えたクラス会で、宇佐木眠兎(うさぎ みんと)はこのように弁論(べんろん)した。

 雪村翔吾(ゆきむら しょうご)哲人(てつじん)彷彿(ほうふつ)とさせるその立ち振る舞いに感激しているが、有栖川達也(ありすがわ たつや)をはじめとするクラスの面々のたいていは、思わず魂を肉体から手放してしまいそうな顔をしている。

「ふん、宇佐木。そんな戯言(ざれごと)が通じるとでも思ってるのか?」

「なんだよ鴫崎(しぎさき)。そこまでゆうなら反駁(はんばく)してみせてよ」

「ふっ、いいだろう。見ているがいい」

 鴫崎祭流(しぎさき まつる)は肩をいからせて壇上(だんじょう)へ進んだ。

「諸君、断言しよう。イチゴとはすなわち、悪魔の果実なのである。人間を堕落(だらく)せしめ、地獄に(おとしい)れるフレーバーなのだ。旧約聖書にも記述されるように、かつてアダムとイブは、魔性(ましょう)権化(ごんげ)たるヘビにそそのかされ、その実を口に含んで以来、破滅への行進をはじめたのである。そのたどった結果は、現在あるこの世界のありさまが如実(にょじつ)に物語っているではないか。何度でも言おう。イチゴ味の牛乳は、人間を堕落させるのだ!」

 このように堂々とスピーチをした。

 その余裕あふれる態度に、宇佐木は(あせ)りを禁じえなかった。

「鴫崎、君、言わせておけば……」

「どうした宇佐木、ぐうの音も出んか?」

「君の言っていることには論拠(ろんきょ)欠片(かけら)もない。戯言を抜かしているのはそっちじゃないか!」

「なんだと? これほどロジカルに話しているのにわからんとは、お前こそ話にならぬ愚か者め!」

「ぐ、きい~! 鴫崎っ、表へ出ろ!」

「なんだ? 口でかなわんとわかったとたん腕ずくか? はっ、バカ丸出しだな! 宇佐木眠兎、敗れたりいっ!」

「ぐ、うう……!」

 一触即発(いっしょくそくはつ)

 二人の目から飛び散る火花が、導火線に着火しようとしたそのとき――

「あのー」

 有栖川が(ひか)えめに片手を上げた。

「牛乳の味がイチゴだろうとバナナだろうと、別にどうでもよくね?」

 彼は寝ぼけたカバのような表情でそう言った。

「……」

 宇佐木と鴫崎はポカンと口を開いた。

 彼らはこの世の終わりにやっと気づいたような顔をした。

「はい、はいっ!」

 続いて雪村が挙手した。

「日替わりにするというのはどうでしょう? もしくはあらかじめ選んでおけるようにするとか?」

 前のめりになって、彼はそう提案した。

「……」

 宇佐木と鴫崎はしばらくぼうっとしていたが、やがて自分たちが出番の終えた道化であることを自覚した。

「宇佐木」

「ああ、鴫崎」

 顔を突き合わせて敗北を受け入れた。

 その表情はどこか満足そうに見える。

「われわれの負けのようだ、完全に……」

「ふっ、僕もこの場は(いさぎよ)く降りるとしよう……」

 手を寄せ合い、固く握る。

 教室からは万雷(ばんらい)拍手(はくしゅ)がわき起こった。

「みずからの敵はみずからが作り出している、ですね!」

 雪村もキャッキャッと手を(たた)いている。

「……くだらねえ。死ぬほどくだらねえ……」

 有栖川のため息は、(かわ)いた空の中へ()けていった。

 こうして一つの青春の記憶が、歴史の余白の(すみ)に、ひっそりと刻まれたのである。
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