「ユーリが消えた」B

文字数 6,921文字

「2人とも、中に入って頂戴」

玄関の中からエリカの声。隣に太盛も立っている。


「犯人から脅迫状が届いたわ」

その言葉に戦慄するクッパと鈴原。
さっそくリビングへ集合する。

犯人の手紙は丁寧にも封筒に入っていた。

手紙にはこう書かれている。

『拝啓。突然お屋敷の使用人であるお嬢さん(ユーリ)を
  さらってしまったことを申し訳ないと思っている。
  だが私はどうしても知りたかったのだ。
  この島に住むと言われる怪獣のことを』

『怪獣は、熊を素手で倒せるレベルの武闘家だと聞く。
  私は君たちが低山と呼称する山の神社で待っている。
  安心してくれ。怪物君が来るまではお嬢には手を出さない』


読み終えた太盛は激しく動揺し、

「実にくだらない子供だましの手紙だ!!」

柄にもなくが拳をテーブルに振り下ろした。

「ユーリを誘拐した犯人が手紙を出すだって!?
  ありえない!! 仮にこの手紙が本物だとして、
   犯人はどうやって手紙を玄関の前に置いて行ったんだ!?」

「太盛様の言う通りですわ」

とエリカが言う。

「本当にユーリを誘拐した後にこの手紙を出したのでしょうか?
  この屋敷の庭中に赤外線センサーが網のように張られていて、
   部外者が接近すると警報が鳴ります」

「僕の親父殿の作ってくれたソ連式の迎撃システムを
  かいくぐってくるほどの手練れ?
  もしくは内部にスパイがいた可能性も……」

「お気持ちはわかりますが、さすがにスパイ説は
  言いすぎですわ。わたくしたちはみな家族であり、
   運命共同体です」

「……そうだな。すまないエリカ」

この手紙は、どういうわけかクッパが帰ってきくる
少し前に、何の前触れもなく玄関の前に置いてあったのだ。

まるで米国の新聞配達員が、玄関前の芝生へと
自転車から新聞を投げ捨てていくかのように。


「それが……奥様」

鈴原が申し訳なさそうに言う。

「実は今朝から何者かのサンバー攻撃を受けていたようで、
  コントロール室のすべての危機が故障しております。
   監視カメラの映像も操作されております」

「なんですってぇ!?」

館の外部に設置された監視カメラ(暴風防水仕様)の映像は、

信じられないことに録画済みの平穏な景色だけを移し続けていた。
つまり録画した映像を繰り返し流していて、
あたかもいつもの日常が続いてるように見せかけたのだ。


今日の午前中、ミウと後藤が地下のコントロール室で
監視していたのに犯人を見つけられなかったのはそのためだ。

ちなみに家族として認められない不審者が館に侵入した場合、
警報が鳴って館の使用人たちが臨戦態勢になる。

武器は非常に豊富であり、地下にある武器庫には
対戦車ロケットランチャーや重機関銃を含む、
籠城戦に備えたあらゆる武器弾薬が揃えられていた。

弾薬の量も豊富であり、まる一か月は戦い抜ける量である。

裏の格納庫には2丁の重機関銃を装備した装甲車が2台もある。
屋敷そのものを一つの塹壕や要塞に見立てて防戦をするのである。

これら武器の管理を任されていたのは、執事の鈴原である。
太盛の父が万が一の場合に備えて用意してくれたものだ。

確かに日本の法律では銃刀法違反になるのだが、
この孤島は実質的には法の外にある僻地(へきち)である。

侵入を防げなかった場合の最後の手段として、
館の地下に自爆装置が用意してある。
死ねばもろとも。これがソ連式なのである。


「どのようにサイバー攻撃を行ったかは不明ですが、
  犯人は計画的にユーリを誘拐したものと思われます」

「確かに鈴原の言うとおりね。これは明確な犯行の意思があるわ。
  それもただの愉快犯ではなく、
   訓練されたスパイだと思わったほうがいいわね」

「おい。まだ不審なものがあるぞ」

太盛が見たのは、巨大な封筒のほかに置かれていた不思議な帽子だ。

クっパが手に取ってみる。

「このデザイン、懐かしいな。太盛とエリカは知ってるんじゃないのか?」

かぶりを振る2人。

クッパはやれやれといった様子で

「スーパーマリオの弟だよ。
  お前たちも子供のころはよくプレイしたろ?」

「あぁ。ルイージのことを言っているんですの」

「ってことは、それはルイージの帽子ってわけか。
  マリオのとは色もデザインも違うから最初は全然気づかなかったな。
   しかし、なぜ帽子を置いて行ったんだ? 何か意味があるのか?」

長考の末、太盛に鈴原が答えた。

「……分かりませんな。犯人の趣向なのかもしれませんが」

エリカは難しい顔をして黙っていた。

クッパも目を閉じて考え事をしてる。


犯人の得体が知れないために今回の事件の異常さに
全員が戦慄していた。シンヤノモリのような鹿ハンターとは違い、
相手はプロの誘拐魔である。それもサイバー攻撃を
実施してくることから、事前に館の情報を知っていたことになる。

永遠にも似た沈黙を破ったのは、寝坊魔のマリンだった。


「みなさん。ごきげんよう。
  今日もお布団が気持ちよくて、
   こんな時間まで寝てしまいましたわ」


きちんと身支度を整えているあたりがレナとはまるで違う。
お嬢様口調も板についてる。話すときの笑顔も自然で好印象だ。

エリカはマリンがいると不機嫌そうに視線をそらすのだった。

自分の生んだ娘ではないのにレナカノ姉妹よりも
洗練されたお嬢様になっていて、内心は気に入らないのだ。

クッパは大好きな娘の頭を撫でてあげようとすると、距離を取られて
ショックを受けた。マリンはクッパに襲われると思ったのだ。


「いけないことだと分かっておりましたが、
  先ほどからお父様たちのお話を聞いていました。
   ユーリをさらった犯人を倒しに行くのですか?」

とクッパに言うマリン。

確かに話の流れからして彼女のお母さまであるクッパが
山を登って倒しに行けばいい話なのだ。


犯人は山で待ってると果たし状まで書いてある以上
いかなければなるまい。

なによりクッパの戦闘力ならば、たとえソ連軍特殊部隊なみの
戦闘力を持つ男だったとしても相手にならないと思われた。

太盛たちは、クッパが拳を振れば竜巻が起こると信じていたので、
英雄として見送ることにした。


一行は館から出て山岳部の入り口である低山のふもとまで来た。

念のため、エリカと太盛は銃(サブマシンガン)で武装してある。
見送り組は太盛、エリカ、鈴原、そしてマリンである。

マリンは両親から猛反対されたが、どうしても見送りに
行きたいと言ってきかなかったのだ。

「どうかお気を付けて。私はここで
  お母さまが無事に帰ってこれることを神に祈ってますわ」

「JC様。できることなら犯人を殺さないようお願いします。
   館で尋問をいたしますので」

マリンと鈴原に言われて、任せておけとにっこり笑うJC。

ちなみにJCもクッパのあだ名だ。ジョウン・クッパを略してる。
ここの人々は気分によってクッパ、JCと呼び分けた。

太盛とエリカにも応援の言葉をかけられ、いよいよ
彼らに背中を見せて山の入り口に
一歩を足を踏み入れようとしたその時だった。


一発の銃声が鳴る。

それはスナイパーライフルの狙撃だった。
銃弾の直撃を受けたクッパがうつぶせに倒れる。
彼女の頭から血が出ている。
目は見開いたままだ。

とつぜんだが、クッパは死んでしまった。


「は……?」


間の抜けた声を発した太盛と同様、他の全員も立ち尽くした。
あまりにも突然の出来事だったので現実とは思えなかった。

クッパの死体の周りに血が広がっていく。
銃弾は後頭部を貫通していたのだった。

「ここにいるとみんな撃ち殺されますわ!!」

声を張り上げたのはマリンだった。
全員が我を取り戻し、館へと疾走する。

クッパの死体は重くて持ち上げることができないので
仕方なく現場に放置した。

鈴原が後衛につき、何度も後ろを振り返りながら
追ってくるものがいないか警戒をつづけた。

幸いなことに追撃はなく、4人は無事に館についた。
すぐに手分けして屋敷中の窓と扉を施錠した。

「ちょ……いったい何があったんですかぁ!?」

驚くミウに太盛が一部始終を説明し、すぐに武装させた。

家族全員をだだっ広い食堂に集めて、テーブルやいすなどを
窓と扉の前に集めてバリケード代わりにする。



エリカは緊張を通り越して過呼吸になっていた。

「はぁはぁはぁ……ふぅ……はぁはぁはぁ……」

太盛を監禁した10年前の残酷さはどこへ消えたのか。
いざ自分が命を狙われる側になると小動物のように縮こまるばかり。

「エリカおば様。どうか落ち着いてください。
  これだけ人数がいれば、犯人はすぐには
   仕掛けてきませんわ」

太盛にはおびえるエリカの姿が滑稽(こっけい)だった。

マリンの励ましの声も耳には入っていないよで、
頭を抱えて椅子に座り込んでいた。

「太盛様……せまるさまぁ……絶対にエリカのそばを
  離れないでくださいね……」

「エリカ。大丈夫だ。僕がついてる」

子猫のように太盛の胸に頭を沈め、しくしくと泣き続けている。

太盛の片方の妻であるクッパが銃殺されたのだ。
それもエリカたちの見てる前であっさりと。

殺害現場を見た人で精神的な後遺症を残す人はどこの世界にも存在する。

クッパは犯人が頂上で待っているという手紙に油断した。

犯人はいつでも家族全員を銃殺できるよう、スコープ越しに
狙いをつけていたのだ。この大自然の中で、どこに潜んでるか
見当もつかない。それこそ訓練された軍人でもなければ。

「マリンは無理して強がらなくていいんだぞ。
  こんな状況じゃあ発狂してもおかしくない。
  怖くはないのか?」

「私だって本当は怖いですわ。
  でもお父様たちと一緒にいれば安心ですの。
   みんなが守ってくださるんですから」

「君は……強い子だね。マリン」

娘の気丈な様子に底知れぬ恐怖を覚える太盛。

現に自分の母親が殺されたというのに、取り乱さないところか、
涙一つ流さないのだ。人の血が流れている子供なのだろうかと
疑ってしまうほどだ。

山で引き返すよう全員を先導したのもマリンだった。
この危機的状況で恐るべき機転が利くことに驚愕(きょうがく)する。

狼狽してるエリカとはまるで正反対。
わずか9歳の娘にしては異常なほど落ち着いていた。
ミウも同じことを考えていたので、ためらいがちに聞く。

「お母さんのこと、悲しくないですか? 
  泣きたかったら遠慮なく泣いていいんですよ?」

「わたくしは、強い子になれとお母さまに命じられましたから。
  まだ犯人が生きてる状況で泣いている暇などありません」

「そ……そうですか」

真顔で言われてしまっては、ミウには返す言葉がなかった。

レナとカリンはミウから離れようとしない。
緊急の呼び出しを食らってお勉強がサボれると喜んでいたら、
とんでもない事態になっていた。

「……ここにいたら、わたくしたちは
 全員殺されてしまうんですわ。
 この館がわたくしたちの墓場になるんです」

「エリカ。僕たちが結束すればどうにかなるさ」

取り乱すエリカの様子が、子供たちの不安をますますあおるのだった。
子供を叱るときの鬼の顔も迫力もなにもない。

父親にすがるように太盛の胸に顔を預ける母の姿は
本当に弱い女性として映った。

「太盛様。手を握ってください」

「あはは。さっきからずっと握ってるじゃないか」

「その手をずっと離さないで。
  太盛さんにはずっと私のそばにいてほしいのです」

深い意味の言葉だった。

いよいよ命の危険を感じた時にこそ人の本音が出るというもの。

エリカは形こそ間違えていたかもしれないが、太盛のことを
心から愛していた。だから仮に犯人の襲撃を受けて
皆殺しにされたとしても、せめて太盛のそばにいたかったのだ。

そんなエリカの手を強く握って話さない太盛もまた、
エリカに情がある証拠だった。

(なぜだ? エリカのことは殺したいほど憎んでいたのに)

愛想をつかしたはずの妻の知らない一面を見てしまったから。
たまらなく弱い存在だと知ってしまったから。

考えても理由は分からないのでやめた。


「……こんな時に夫婦のイチャラブシーンなんか見たくないぜ。
  私らガチで殺されるんじゃね?」

「……うん。マジはんぱねー状況だな」

チャラい口調のレナとカリン。

この状況ではどういう口調で
話してもママに注意されることはないので緊張感がなかった。

「あのさぁレナ」

「なんだよカリン? つかおまえまで
  なんで私の口調が移ってるの?」

「ぶっちゃけクッパが即死だったんでしょ?
  私らが戦ったところで勝ち目なくね?
   つーかここにいても確実に襲われるでしょ」

「あー。私も同じことを考えていたんだよ。
  こっちから襲い掛かるとか、いい考えだね」

そして双子がそのことをミウに報告すると怒られた。

「外に出るなんてもってのほかですよ!!
  レナ様にカリン様。犯人が庭にでも潜んでいたら
   すぐ撃たれちゃいますよ!!」

「あっそ」とふてくされるレナ。

「ならせめて私たちにも銃をちょうだい?
  自分の身くらい自分で守らないといけないでしょ?
   カリンたちだって武装すれば少しは戦力になるんじゃないの?」

と冷静にカリンに突っ込まれると、ミウは太盛に助けを求めた。


「別にいいんじゃないか? 
  無反動のマシンガンなら使いやすいだろう
  簡単に操作を教えてあげてくれ」

「太盛様がそうおっしゃるなら、仕方ありませんね」

ミウがウージー(小型サブマシンガン)を姉妹に渡して、
構え方、セーフティの外し方、照準のつけかたを教えた。

「この銃、まじかっけー!!」

「イギリスのスパイ映画に出てきたのと似てない!?」

女の子だというのに、目を輝かせる2人。
事の深刻さが分かっている割りには軽いノリだった。

「ほんと、まじパねえっす!!」

「こら、3人ともこんな時にふざけないでくれ。
  自分たちの命がかかってるってことを忘れたのか?」

「全くですよ。今銃の使い方を教えますから、こっちにきてくだs……」

太盛がめずらしく腹を立て、ミウが子供たちに銃の使い方を教えようと
した時である。いよいよ部屋にいた全員が異変に気付いた。

『ん!?』

一同が唖然としたのは、いつのまにかリビングに知らない人が
現れたからだった。つい先ほど、太盛は3人とも……と言った。

つまり3人がふざけていたわけだ。レナとカリンはいいとして、
マリンがふざけるわけがない。ということは……

「うっす。俺様登場っす」

このチャラい口調で話す者こそ、不審人物に違いなかった。
例のルイージの帽子をかぶり、細長い顔に口ひげを生やしている。

本物のルイージにそっくりだが、唯一違うのは
凶悪な悪人面だった。恐ろしく目つきが悪い。

「お、おまえは……いったいなにを……」

「あっ、太盛さん。なんか急にお邪魔しちゃってサセンっす。
  館のみんながパニック起こしちゃってる
   みたいなんで、ちょっと気になって中に入っちゃいました。
    あ、俺のことはルイージって呼んでもらって構わないんで」

太盛は、それ以上の言葉が出なかった。

ルイージという男はどういうわけか、リビングのソファに座っている。
いつからいたのか、どうやってここに入ったのか。見当もつかなかった。

ルイージのノリは軽い。それに多弁だった。

寡黙(かもく)なスパイを想像していた大人組はまさしく言葉を失った。
ルイージがJCを射殺した本人とはとても思えないほどだ。

(こいつを殺せ。殺すんだ)

太盛はテーブルに置いた銃へ手を伸ばそうとしていた。

このルイージ帽子をかぶった中肉中背の男が
犯人だと断定する根拠は十分にあったが、いまだ決心がつかない。

エリカは隠し持っていた銃を構えようとしたが、
恐怖と同様のあまり照準が合わない。

一番最初にショックから立ち直り、行動に移ったのはミウだった。

「動くと打ちます」

「ちょ……いきなり銃を構えるとかありえねえっす!!
  なんすか俺ここで死ぬんすか!? 
  ほんとありえねーし。まじ勘弁してもらえます!?」

「無駄口をたたかないで!!
  おとなしく手を上げないなら今すぐ射殺するわ!!」

「その前にちょっと見せたいものがあるんすけど」

ソファから立ち上がってコートを変質者のように開くと
内側に手りゅう弾が大量に張り付けられていた。
その数は軽く10を超える。

「あのー。打つのは自由なんすけど、俺の体に当たった瞬間
  手りゅう弾が誘爆してパねえ威力になるっすよ?
  グレネードランチャーを連射したくらいの
   被害が出ると思ってもらっていいっすか?」

グレランは、主に米国の警察が使用している。
犯人のこもっている部屋全体を爆破、制圧するための兵器だ。

つまりルイージを打てば確実に全員が死ぬ。

「ならば足を打てば!!」

「サーセンミウさん。信じてもらえないかもしれないんすけど、
  実は俺、ズボンの内側にも手りゅう弾を仕込んでるんで」

チャラ男口調で言われて信じろというほうが無理だが、
つい先ほどコートの手りゅう弾を見せられたばかりだ。

それに誰にも気づかれずリビングでくつろいでいたという、
驚異的な潜入能力を持つ超人であることは絶対の事実。

「ちなみにヘッドショットを狙おうとしても無駄っすよ。
  手りゅう弾のピンをはずすの、ミウさんが打つのより
   たぶんこっちのが速いんで」

ミウは怒りに震えながら銃をおろした。
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