「メイドのユーリ」C

文字数 3,753文字

太盛は早朝散歩の他にも日課がある。

屋敷の庭でほそぼそとやっている家庭菜園である。
小さな畑にはサツマイモや里芋、ゴボウが植えてあるのだ。


親父殿に頼んで農機具一式、苗、肥料を送ってもらった。

父とのやり取りは基本的に電話である。

太盛に子供ができてから父が島に文明的な措置をほどこした。
電波塔や電信柱を設置し、発電所を作った。

ラジオ、テレビ、インターネットがあるおかげで、
太盛たちは世間から取り残されなくて済むのだ。

皮肉なことに子供たちはネットよりもテレビを好み、
太盛はラジオを好み、エリカは新聞や本などの紙面を好むというありさまで、
実際にネットを活用しているのは使用人たちだった(特にユーリ)

エリカに至っては高校時代からニュースは
新聞で読む習慣が抜けきらないので、
読んでいて目が披露するパソコンのニュースは苦手だった。


「そろそろ収穫のタイミングだと思うんだが、
  どうなんだろう」

独り言をつぶやき、サツマイモのつるを手で触ってみる。
つるは複雑に絡み合っていて地面を覆っている。
遠目に見るとジャングルのようだ。

葉は黄色く色づいている。

「一般的にこの色なら収穫してもいいといわれているが、うーむ」

「それなら試し掘りをされてみますか?」

ミウがニコニコ笑いながら太盛にハサミを渡す。

太盛は作業着姿。ミウはジャージだった。
彼らは屋外作業の時は基本的にこの格好なのだ。

ミウは特例として屋外作業中はメイド服を着用せずとも
良い決まりになっている。もちろんカチューシャはしていない。

「まずはつるの根元を切るんですよね?」

「その通り。よくわかってるね」

「毎年太盛様と一緒に菜園をやっておりますからね」

「中の仕事は大丈夫なのかい?」

「ユーリが、ちゃちゃっとやってくれていますから。
  私がいると邪魔しちゃうかなって思いまして」

「さすがユーリだな。あの子の仕事は無駄がないからね」

ユーリは屋敷内の掃除をミウと鈴原と手分けして行っている。

ユーリの掃除は屋内担当で、主にリビング、廊下、
食堂、大浴場などが担当だ。太盛、ジョウン、マリンの部屋も担当している。

なにしろ屋敷の面積が半端ではないので、掃除をするにも一日がかりだ。
掃除に厳しいエリカ奥様を満足させるために日々清掃に力を入れている。

一方でミウは外で体を動かすのが好きなので太盛とともに
家庭菜園や薪割り、森林や山での山菜取りなどに参加している。

太盛も太陽のもとで活動するのが大好きなので2人は
長年の友達のように仲が良かった。互いにフランス人や
イタリア人なみにおしゃべりなところも気が合った。

「おっと。つるは取っておかないといけないんだったね」

「そうですよー。後藤さんが料理に使いますからね」

料理人の後藤は、すでに世界クラスの腕前をもっているのに
料理への余念がなく、常に新しいレシピを求め続けている。

菜園を始めた当初の太盛は、つるは不要だと判断して
生ごみと一緒に捨てていたが、ある日後藤に注意されてしまった。

後藤はつるの皮をキレイにむいて
下ゆでし、キンピラやてんぷらにするのだ。

孤島生活においてはどんな食材であっても貴重である。
嵐が続けば舟が来ないので本土から食料の供給が途絶えるからだ。
波浪の情報は彼らに追って死活問題といえた。

太盛が丁寧に土をどかしていき、サツマイモの生育状態を調べる。
イモは直径が8センチほどあった。
飢えた種はベニアズマなので十分な大きさである。

「よし。掘ってしまおうか」

「かしこまりましたぁ。ただいま一輪車を持ってきますね」

まずは邪魔なつるの根元からすぐ上をハサミで切っていく。
つるは一か所にまとめておき、土の上にシャベルで掘っていく。

サツマイモは実に個性的で、一つとして同じ形をしているものはなかった。
太さや長さ、しなりぐあいなど、まるで人間と同じように多種多様だ。

ミウが持ってきた一輪車に次々にイモを入れていく。

「ふぅ。暑いな」

秋の午前中。心地よい日光を浴びながら汗をかく太盛。
ミウにタオルを首に巻いてもらい、もうひと頑張りする。

地中深くまで埋まっているイモもあり、シャベルで掘るのは
けっこうな重労働だ。これでもゴボウの収穫に比べたらまだ楽なほうなのだが。
誤って地中のサツマイモに刺さらぬよう、慎重にシャベルを差し込む。

太盛は天気の良い日は何かやることを見つけては外に出たものだ。
その一方でエリカと同じく読書家でもあるので、
まさしく晴耕雨読の生活を好む人物だった。

「お疲れまでした。太盛様」

ミウが一輪車を何度か往復させて屋敷の裏の納屋まで野菜を運んでくれた。
収穫後の畑は土が盛り返されてデコボコになっている。
太盛はこの光景を見るのが好きだった。

連作障害を防ぐため、この場所には来年用に別の野菜を植えることになる。

「今年も良いサツマイモがとれましたな。太盛様。
  実に良い収穫ぶりです」

と後藤が屋敷から出てきて賞賛の言葉をくれた。
後藤は息子くらいの年齢の太盛が
汗水流して収穫してくれることをうれしく思っていた。

「太盛様。まもなく10時のお茶の時間です」

ユーリも畑に出てきて声をかけてきた。

太盛は農機具を納屋にしまい、館へ向かった。


太盛の部屋の前にテラスがある。
テラスにはテーブルといすが置かれていて、休憩の時間にぴったりだ。

「本日はレアチーズタルト、と紅茶でございます」

「どうもありがとう。いつもすまないね」

テラスは見晴らしが良く、広大な庭が一望できる。
大半を芝生が占めるが、そのわずか一角に太盛の畑がある。

庭にはテニスコートもある。ちょうどレナとカリンがテニスをしていた。
今日先生役をやっているのはエリカだ。厳しい顔で腕を組んでいる。

ミウに対抗したのか、エリカはわざわざジャージまで着ていて、
小学校の女担任といった風のたたずまいだ。

双子がふざけて遊ばないように、しっかりと点数をつけている。

きちんと網でくくられたテニスコートも太盛の親父殿が
整備してくれたものだ。淑女たるもの、テニスができて
当然という古風な考えを彼はもっていたのだ。

子供たちの教育は米国式のホームスクール制度を
実施しているため、家庭内が学校と同じなのだ。

彼女らが使う教材一式は
文部科学省が定めるものと同じものを使用している。

外国語に関しては太盛が口を出し、いつまでたっても
身にならない日本式の教育を全面的に否定した。
その結果、ミウやユーリが個人指導を行って
娘たちをバイリンガルにしたてあげた。

「エリカが体育の授業をしているなんて珍しい光景だね」

「あれはちょっとしたお仕置きみたいなものです。
  ミウが教えていた時にお嬢様たちがふざけて
  遊んでいたみたいでして……」

「あー……それは気の毒に」

チーズタルトの風味が口に広がる。
まろやかで甘い香りが脳を落ち着かせる。
さすが後藤の自信作だった。

後藤は金持ちだからといばらず、野良作業にまで
精を出す太盛のことを気に入っていて、彼に出す食事は
全てに気を使って特上のものを提供してくれていた。

「後藤が、太盛様が野菜作りをしてくれて
  本当に助かっていると言っています。
 特に台風の季節などは食料供給が途絶えがちになりますから」

「こんな僕でもみんなのためになれるなら光栄だよ。
  適当に作った野菜でも一流の料理人が調理すれば様になるからね」

「うふふ。ずいぶん謙遜なさるのですね。
  この10年で太盛様の野菜作りは十分な
   レベルにまで達していると思いますよ」

「田舎に住んでいる祖母がたまたま地主階級だったから、
  大学時代の長期休みのたびに畑仕事を手伝いに行っていたんだ。
   その経験が生きたのかね」

「おばあさまが農家の方だったのですか。
  おばあさまはどこに住んでいたのですか?」

「北関東の田舎だよ。埼玉県の北部地方。群馬県に近かったかな」

コートに入ったエリカが、鋭いサーブを連発していた。
娘たちはおろおろしながらエリカのサーブと格闘する。

ネットを挟んでエリカの反対側には娘がダブルスのポジションで
横並びになっており、母が無作為に投げる球を受ける格好になっていた。

ストレートやカーブを巧みに使い分け、ネットぎりぎりの角度を
狙ってきたりと、とても小学生で受けられる球ではなかった。

「うわああ」

強烈な球を受けたレナのラケットが手からすっぽ抜けてしまう。
まさにお仕置きと呼ぶにふさわしい授業であった。

「楽しそうな親子の姿。うらやましい……」

「え? 何か言ったのか?」

「いいえ……。たいしたことではありませんわ」

ユーリは、たまにこういう目をするときがある。

教育のママのエリカが娘たちを厳しくしかっても、お仕置きを
している時でさえ、どこか遠くの思い出に浸っているような、
消え入りそうな顔をしている。

太盛はこの10年間、一度もユーリの過去について聞いたことがない。
国立大学を卒業した秀才で出身地が東北であること以外、太盛は何も知らない

ユーリのことを深く知っているメイド仲間のミウにこっそり
聞いたことがあるが、いつも話をはぐらかされて終わってしまう。

太盛はそれ以来ユーリの過去について聞かないことにした。
エリカは、ユーリが家族を見てうらやましがるので
孤児院出身なのではないかと疑っていたが、真相は分からない。

太盛は、いつかユーリから話してくれる日をずっと待っていた。
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