「ルイージ襲撃事件のあと」B

文字数 8,963文字

「ユーリ、すまない。全部聞いてしまったよ」

エリカが驚いて横を見ると、太盛がそこに立っていた。
妻と同じように申し訳なさそうな顔をしている。
太盛は鳥見の最中にいなくなっていたエリカを探してここへ来たのだ。
もちろんユーリは分かったうえで全部話していたのだが。

「気にしないでください。つまらない昔話ですから。
  風が強くなってきたのでそろそろ館へ戻りましょうか」

「ああ……」

エリカと太盛のあとを着いてくるユーリ。
館に着くまで3人の間に会話はなかった。

風が勢いを増していく。太盛は一度外したマフラーをもう一度巻いた。
エリカと手袋越しに手をつなぎ、夫婦らしく歩いた。

放射能で汚染された大地にも春が訪れ、風が吹くように、
この島でも彼らのせつなさとは関係なしに風が吹き続ける。




エリカは夢の中で懐かしいロシア語の歌を歌っていた。

ソビエト連邦に住んでいた頃、近所の人たちと
歌っていた古いロシア民謡だ。
あの頃のエリカはレナ達より幼かった。

カチューシャという名前の曲で、はかない歌詞と対照的に
リズミカルに歌いあげるのが特徴だ。
エリカは子供のころからロシア民謡を歌うのが好きだった。

夢の中の彼女は、どういうわけか祖父の生まれ故郷であるカフカース
の山のふもとの町にいた。牧場の先に広がる一面の菜の花。
黄色の絨毯に交じり、見たこともない極彩色の花も咲いている。

高原の冷たい風を受けながら、くるりとダンスを踊るかのように
草原を歩き回り、ロシア語特有の巻き舌と長母音で歌うエリカ。


「おじいさま……」

ふと深夜に目が覚めたエリカは泣いていたことに気づいた。
祖父のことは写真でしか知らない。それにカフカース地方にも
旅したこともない。

なのに、なぜ祖父の故郷が鮮明に夢に出て来たのだろうか。
ソビエト権力の中枢にいながらも、やがては国家が新陳代謝するかのごとく
政権争いに敗れて殺害された祖父のことを思うと悔しさで涙が出た。

エリカの父が日本に移住してから成功を収めたのも
祖父の資産があったからだった。

(太盛さんがいない?)

キングサイズベッドで共に寝ているはずの伴侶の姿がないのだ。

太盛とエリカは数年間寝る場所を別々にしていたが、
ルイージ事件のあとは一緒に寝るようになった。

太盛はトイレにでも行ったのかと思い、エリカは夫婦の寝室から廊下へ出る。

トイレの明かりはついてなかった。さらにおかしいと思って中央階段を
降りてエントランスの方へ行くと、人影があるので身を隠すエリカ。

信じられないことに太盛とユーリが、深夜だというのに言い争っていた。

「余計なお世話ですわ。私はここの生活に満足していますから」

「何が満足なものか。ミウから聞いたぞ。
  本当は海や海岸を二度と見たくないそうじゃないか。
   転職先が必要なら僕が親父殿に頼んでやる。明日にでもな」

「それは太盛様の独善的な考えですわ。
  私は自分の意思でこの職場を選び、ここで働いておりますので」

「口ではそう言っても、君は無理しているんだよ」

「何度も言っているはずですが、無理などしていません」

「嘘をつくなよ。この島に住んでいても君は不幸になるだけだ」

「それを決めるのは私ですわ。これ以上余計な
 おせっかいをして私をこまらせるのはやめてください」

「……この島は極端に狭い世界だ。君が本土で暮らして
  いろいろな人間と会っていれば、考えも変わったかもしれない。
   きっと理想的な男性とも巡り合えたんだ。
   君の美貌なら男なんて選び放題だったのに」

「そうかもしれません。ですが私はこの島で働くことに決めました。
  それが主の定めた運命なのです。私は決められたレールの上を
   歩くだけで満足しております」

「満足してるだって?」

太盛の声のトーンが下がった。先ほどまでの怒りの感情が静まり、
今はただユーリを哀れんでいた。

「ならどうして、そんな悲しそうな顔をしているんだよ?」

「え……」

海岸にいた時と同じ涙を流していたユーリ。

ユーリは一度決めたことは最後までやる生真面目な性格だったため、
今更転職する気にはなれなかった。しかし心の奥底では、
また侵入者がこの島に襲ってくれば今度は確実に殺されると覚悟していた。

だから、死ぬ場所としてこの島を求めていたにすぎない。

「死ねれば、まだましだよ」

「え?」

考えを読まれたユーリが顔を上げた。

「北朝鮮のスパイにつかまれば最悪、収容所行きも考えられる。
  僕やエリカは仕方ない。親父殿に命じられた夫婦なのだから。
  でも君や他の使用人たちはあくまで雇用されてここにいるだけだ。
   逃げる権利はもちろんある」

「それは少し悲観的すぎる考えかもしれませんね。
  ルイージが外交ルートで北朝鮮に身柄が引き渡されてから、
   海上保安庁の巡視はさらに強化されましたわ。
    屋敷の迎撃システムも同様に強化されております」

「理屈でものを考えてほしくないんだ。
  僕はただ、君のことを心配して言っているだけなんだよ」

「ふふ。太盛様がお優しい方なのは使用人一同が認めておりますわ。
  もちろん私もです」

「……僕にはたまに君という人間がさっぱり分からなくなる」

「私は、もともとこういう性格ですから」

そう答えるユーリの幽霊のような無表情は恐ろしかった。
彼女の心は、震災によって一時的に死んでしまったのだ。

目には見えない死者たちの霊が彼女の肩を
奈落の底へとひっぱろうとしているのだ。

「だめだ!!」

「え?」

意味のない叫びだったが、その声がユーリに取りついていた
死者の残留思念を一時的に取り払った。

太盛はユーリを一人きりになんてさせたくなかった。
人生に希望があるのだと教えてあげたかった。

太盛がユーリの肩に手を伸ばし、抱きよせると、
ユーリは全く抵抗しなかった。太盛の耳元で暑い吐息を吐き、
信じられないことに太盛の背中を抱き返してきた。

「ユーリ、本心で答えてほしい。
 この島で僕のメイドとして生きるのは苦痛じゃないか?」

「ぜんぜん。ぜんぜん嫌じゃないよ」

ユーリが敬語を使わずに答えたので太盛は飛び上がるほど衝撃を受けた。
以前から二人きりの時は敬語はいらないと言っては断られていた。
メイドでなく一人の女性としてのユーリが突如姿を現したのだった。

「太盛のことが嫌いなわけないでしょ。
  島に来た時からずっと私のこと気づかってくれたんだから。
   本当に嫌だったら最初の一年で転職してたよ」

「そりゃよかった。てっきり僕はユーリに逆に
  気を使われて朝の散歩に着いて来てもらってると思ってたからね」

「何度も言ってるでしょ。あなたと歩くのは私にとっても楽しみなの。
  あれは仕事じゃなくて趣味だと思ってるんだけどな」

高揚した太盛はユーリの唇を奪った。
ユーリはしっかりと受け入れ、舌まで入れて来た。

2人の吐息と唾液の絡まる音がエントランスに小さく響いている。

その光景を陰で見ていたエリカは拳(こぶし)を強く握っていた。
拳は怒りとくやしさで震えている。

(あのユーリが敬語を使わずに話しているなんて信じられない……。
  太盛様ったら、私のことを形の上で抱いてはくれても、
   やっぱりユーリのことを愛しているんだわ)

もしエリカがナイフか包丁を持っていたら、
今すぐ二人の背中を刺してしまうところだった。

エリカは浮気中の二人の間に割って入ろうかと思ったが、
盗み見していたとばれるのを恥だと思ったのでやめた。

寝室のベッドで横になり、何事もなかったかのように戻ってきた太盛に
気づかないふりをして寝ることにした。本当は太盛の首を
締めてしまいたかった。そのあとに自分も消えてしまいたかった。

女として、旦那の裏切りを許すつもりはなかった。

全ては明日以降に決める。そう割り切って、その日は朝方に眠りについた。


「奥様。今朝は具合が悪そうに見えますが」

「大丈夫よ鈴原。少し寝つきが悪かっただけ」

「お薬をお出ししましょうか?」

「けっこうよ。朝ごはんもいつも通りだしてちょうだい」

翌朝。エリカが食堂の長テーブルに肘をついてふてくされていた。
礼儀作法に厳しいエリカがだらしない恰好を
するのは非常に珍しいことだった。髪に少し寝癖も残っている。

鈴原は彼女が不機嫌なのだとすぐに察し、
それ以上余計なことを話しかけないことにした。

『お母さま、おはようございます』

双子が声を重ねて食堂へやってきた。
7時の朝食の時間に合わせて身支度もできていた。

「おはよう。2人とも今日はちゃんとしていて偉いわね」

母に褒められることはめったにないから、
双子は顔を見合わせて驚いた。

カリンは母の微妙な表情をすぐに察して聞いた。

「ママ。元気がないようですけど、体調でも悪いのですか?」

「……体調は、問題ないのよ」

「でも、声もいつもと違って沈んでいます。
  お父様と喧嘩でもしたのですか?」

エリカは、カリンの洞察力の高さに驚愕(きょうがく)した。

実際にエリカが不機嫌になるのは体調のこと以外では
太盛と娘たちのことが多いのだが。それにしてもカリンは
食堂で一目見ただけでエリカの不機嫌の原因が分かってしまった。

「カリンは……私が太盛さんと喧嘩中だと思ったのね」

「はい。だって今朝のパパはこの時間でもまだ起きてないのでしょ?
  さっき廊下でユーリにあったので聞いてきました」

ユーリの名前を出された瞬間にエリカの表情がゆがんだ。

本当はユーリのことを殺したいほど憎んでいると言えれば
どれだけ楽だったことだろう。

「パパは昨日遅くまで起きていたから疲れているのよ」

あの真面目な父が夜更かしをした理由をカリンは知りたがった。
夫婦一緒に寝ているはずなのに、片方だけが起きてこない理由は
なにか。カリンはもっと質問をしたいと思った。

しかし、エリカの細められた目が。
それ以上余計な詮索をするなと言っている。
カリンは母の感情を害するのが恐ろしかった。

「お食事が覚めちゃうでしょ。
  しゃべってばかりいないで食べてしまいなさい」

レナはずっと黙ってクロワッサンとスクランブルエッグを食べている。
カリンも話している最中手を付けていなかったサラダを口にして、
それ以上母に話しかけないことにした。

生まれてからずっと島暮らしをしている2人にとって
母ほど恐ろしい存在はいなかった。母を怒らせると
雷のような叱責が飛んでくるからだ。

(いつもなら勉強の進み具合とか聞いてくるのに……。
  なんか静かでつまらない食事だなぁ)

レナはさっさと食べ終えてしまい、食後の紅茶を飲んでいた。

食事を配膳してくれたミウもおとなしく壁に立っている。
話し相手がいなくてつまらなかったレナはミウと
会話しようと思ったが、カリンがアイコンタクトでやめさせた。

(あれ?)

レナがそう思ったのは、エリカの食事が全く進んでいないのだ。
サラダを少し口にしただけでパンとおかずはそのまま。
ホットコーヒーはとっくに冷めてしまっていることだろう。

エリカは食事に時間をかけるほうだったが、それにしても異常だった。
娘たちの奇異な視線に気づいたエリカは、
コーヒーを一気に飲み干し、ミウに命じた。

「エスプレッソのお代わりをもらえるかしら?
  砂糖を多めにね」

「かしこまりました」

慣れた動作で厨房へと消えていくミウを視線で追う双子。
エリカは彼女らの食べ終えた皿を見ながらこう言った。

「今日は算数の小テストの日だったわね。
  2人とも、そろそろ、ごちそうさまをしなさい」

『はい。ごちそうさました』

双子はいつものように声を合わせて退席するのだった。


ミウが入れ替わりで食堂へ戻ってきた。

「奥様、エスプレッソでございます」

エリカは返事をせず、テーブルに置かれた
コーヒーを見つめていた。ありがとうとか、ご苦労様という
決まり文句が出てこないことにミウは不思議に思った。

「ミウは知っていたのね?」

「はっ、なんのことでしょうか?」

「ユーリのことよ。ユーリのご家族のこと」

「それは……確かに知っていました」

「ずいぶんと不幸な過去があったのね。
  昨日海岸を散歩しているときにユーリにあってね、
   そこで詳しい話を聞いたのよ」

「あー、海岸ですか」

話の流れである程度言いたいことを察したミウ。

ユーリが海岸で立ち尽くして泣いているのを
ミウは過去に何度か目撃していたのだ。

「あの子、心を許した人には過去を話していたのね。
  私はあの子の主人の立場にあるけど、何も知らなかったわ」

「それは……人には思い出したくない過去の一つや二つは
 あるものですから、仕方のないことではないかと。
 家族を失った心の痛みはあの子にしか分からないことですよ」

正論だとエリカは思った。エリカが気に入らないのはユーリが
隠れて旦那とあいびきしていることだった。

どちらから迫ったとか、そういうことは重要ではない。
浮気現場を見たのは昨夜が初めてだったが、
実は早朝散歩の際に二人はキスやハグなど日常的にやっていた。

婚約時代の監禁事件の際、太盛の釈放を
望んでいたユーリの顔を今でも覚えている。
まだ10代の幼い少女だったが、瞳に強い意志が込められていた。

(あの二人が両想いになったのは、偶然ではないわ)

一口飲んだ後に、コーヒーの濃厚な後味が残る。
苦味などまるで感じなかった。

(孤島での生活を父に強制された太盛様。
  身寄りをなくして自ら孤島生活を望んだユーリ……。
  お互いに同乗しあっているから惹かれているのよ
  それにしても私に隠れてこそこそと……)

昨夜の逢引のシーンが脳裏に浮かび、歯ぎしりをするエリカ。
ミウはゾッとして厨房へと消えてしまう。

ミウは空気を読むのがうまいのでエリカを
一人にさせてあげたほうがいいと判断した。

エリカはコーヒーを飲んだ後も食堂に残り、考え事を続けていた。

(二人にお仕置きは……無理ね。私には娘達がいる。
  もう婚約者の時と違って一人の母なのよ)

主人である自分をないがしろにしたユーリは処罰の対象であった。
地下室に監禁を命じるのは簡単だったが、子供ができてからの
エリカはそういった中世を思わせる残酷な行為はひかえていた。

ユーリなしで屋敷の管理は大変だ。
鈴原や後藤の仕事の負担を増やすことになる。

それにユーリの親友のミウのこともある。
ミウがエリカに絶対的な不信感をいだくのは確実。
最悪ミウが転職のため島を去ってしまうことも考えられる。

ここの使用人は、党首の許可をもらえば島から
脱出することは可能となっている。

エリカや太盛など親族は党首に命じられた通り
孤島生活を続けなければいけないのだが。

太盛を処罰しても同じことだった。レナ、カリン、マリンの三人は
父が大好きで、母達になついていないのは周知の事実だった。

娘達が監禁されている父を見たらどう思うだろうか。
想像せずとも分かることだった。強い家族のきずなで結ばれた彼らを
古臭いソ連式の恐怖と支配で縛っておくことはもはや不可能だった。

ならば、もう一人の太盛の妻であるクッパに聞けばどうかと思った。
テーブルのベルを鳴らしてミウを呼ぶ。

「御用でしょうか奥様」

「クッパをリビングに呼んでちょうだい。
  少し話したいことがあるのよ」

「……あいにくですが」

「なに?」

「クッパ様は山籠もりをされておりますので、
  すぐにお呼び出しをするのは難しいかと」

「山籠もりですって? 地中に穴を掘って
 熊の冬眠のまねでもしているの?」

「そのようですね。あの方は一度外に出ると
  一週間ほど帰ってきませんから」


12月の寒空の下、山で冬眠である。
クッパはアウトドア生活になれるための訓練と称して
冬の山籠もりという暴挙をしていた。

確かに常識外れであるが、
クッパはすでに人類を超越した生命体だと
館の全員が思っていたので心配はしなかった。

「クッパと無線で連絡を取りなさい。
  無線機は持たせているのでしょう?」

「わかりました。少々お待ちください。」

1分ほど会話をした後、ミウが言った。

「山を降りるのに時間がかかるため、
  館に戻るのは明日以降になるそうです。
   いつ戻れるかは天気次第だとおっしゃっていました」

「了解したわ。クッパさんが戻ってきたら、
  リビングに来るように言っておいて」

「承知いたしました」

エリカはようやく食堂を後にした。
時刻は8時半を過ぎている。

ミウはほとんど口をつけていないコーヒーカップを
恭しく片付けるのだった。


その次の日の午後。クッパはまだ帰ってこなかった。

エリカと太盛の関係は非常に気まずかった。寝食を共にしている同士だから、
太盛はエリカに不信感を持たれていることにはもちろん気づいている。
エリカも気づいていながら、夫の浮気を口にすることができない。

「今日は雨だから外仕事がない。
  レナ達の相手をしてあげようと思うんだけど、いいかな?」

「かまいませんわ。子供たちは午後の授業がありませんから、
  たまには父親とスキンシップを取るべきですわね」

太盛は昼下がりのコーヒーブレイクを
切り上げてレナ達の部屋へ遊びに行った。

リビングにはエリカが一人残されてずっと考え事をしている。
新聞を手にしてはいるが、心はここにあらず。

使用人たちもエリカを気遣ってあえて一人にさせていた。

「二人とも。いるか?」

「え? パパ!?」

「暇だったらパパと遊ぼうか。カリンもいるんだろ?」

「うん!!」

レナがノックされた扉を開けて父を中に通した。

床にまで響く重低音のリズムが太盛を迎えた。

レナはユーチューブでアイドルのPVを流していたのだ。
画面の動きに合わせて踊りの練習をしていたので汗ばんでいる。

暖房をつけているとはいえ、ゆったりとしたジャージのズボンに
上は長袖Tシャツという薄着だった。
ダンスレッスン中の女性アイドルのようであった。

双子の部屋は広い。中央にペルシア絨毯(じゅうたん)が惹かれていて、
ベッドは隣り合わせで二つ。子供用なのにふかふかのキングサイズである。

高級な木材を使用したテーブルにノートPCが置かれている。
イスは踊りの邪魔なので部屋の片隅に移動していた。

PCはケーブルで足元のデノン製のアンプ(オーディオ装置の一種で、
音を増幅させるための装置)に接続されている。

アンプからケーブルが伸び、PC台の両脇に並ぶスピーカーに
接続されている。

スピーカーは小型ブックシェルフと呼ばれるタイプのものだ。
いわゆるミニコンポについてくるスピーカーと同サイズだが、
中身がまるで違う。英国製品でマーキュリーと呼ばれるブランドだった。

クラシックなど生演奏の音源を得意とする、
世界中のマニアから定評のあるブランドなのである。

レナにとってそんなことはどうでもよく、
ポップス以外の曲を流したことはなかった。


レナはベッドにうつ伏せに寝て雑誌を読んでいた。

レナの音楽がうるさいのでヘッドホンで
ゲームのサントラを聞いていた。
ヘッドホンはウォークマンに接続されている。

普段はツインテールにしているが、この日は髪をおろしていた。

父のがいることに気づくと、ヘッドホンを勢いよく外して首にかけた。

「え? パパ来てたの!?
  来るなら言ってくれればよかったのに」

「ごめんごめん。今日は雨だったから、たまにはカリンたちの
 遊び相手をしてあげようかなって思ったのさ」

「ほんとー? やったぁ」
 
「なにして遊ぼうか?」

「そうねぇ。なにしようかしら」

ワクワクしながら、頭の中で考えが次々に浮かんでいく。
カリンはパンツルックにピンクのパーカーを着ていた。

レナとカリンの髪は腰まで届くほどの長さがある。
2人とも髪を降ろしていると、外見だけでは見分けがつかない。

「じゃあゲームしよう!!」

レナが元気に言い、テレビ台の中にしまってある任天堂Wiiを取り出す。
ソフトはレナの得意なマリオカートである。

コントローラーは2つしかないので、パパは固定でカリンと
レナが交代で対戦する。同時に8人で行うレースで、
他の6人はコンピューターが操作する

最初にパパとプレイしたのはカリンだった。

「パパ、結構上手なんだね。ドリフトのためとか良く知ってるじゃん」

「パパも中学生の頃は友達の家で良くやっていたからね」

「パパの時代からマリカーってあるの?」

「僕が小学3年の頃には発売されていたよ。
  最初はスーファミ盤から始めたんだ。
   これでも結構ベテランなんだよ?」

カリンはヨッシー、太盛はピノキオを選択していた。
ゲームに精通した者たちは、彼らが選択したような
軽量級のキャラクターを選ぶ傾向にある。

「今度は私の番だよぉ」

レナは好んでクッパやドンキーなど重量級のキャラを使う。
レナは見た目が面白いからクッパを使うことを好んだ。

「マリンちゃんのママ、大暴走だぁ」

「うおっ」

クッパが後ろから太盛のピノキオに激しくぶつかり、
勢いに負けたピノキオはコース横の路肩に落ちてしまった。

クッパは得意げに笑い、どんどんスピードを上げていく。
重量級はコーナリングに弱い一方、直線での加速性能に優れていた。

「レナもなかなかうまいな。もうパパじゃレナには勝てなくなっちゃったよ。
  レナが小さいころはパパのほうが強かったのにね」

「えへへー。レナはオンライン対戦で鍛えられてるからね」

「レナ。早く私と変わってよ。次は風船対決にしよ」

太盛は微笑ましい顔で子供たちのことを見守っていた。
レースの次は風船バトルをはじめ、さらに白熱した戦いになった。

気が付いたら2時間が過ぎ、お茶の時間になったのでユーリが扉をノックした。

「太盛様、お茶のご用意ができております」

「おおっ。今日はユーリが来てくれたのか。入ってくれ」

「失礼いたします」

ユーリがパウンドケーキとアールグレイの乗ったカートを押して入ってくる。

「今日は銀のぶどうだぁ」

「これさっぱりしてて美味しいのよね」

パウンドケーキは実際に販売されている銘柄だ。
彼は本土時代に、デパートのケーキ売り場で試食して
美味しかった菓子を帰宅後にまねて作るのが得意だった。

ふわふわの生地の中に干しブドウがふんだんに入っている。
ケーキにホワイトクリームが掛けられていて、その上にも
干しブドウがたくさんまぶしてある。

「ユーリ、今日もありがとう」

「うふふ。これが私の務めですから」

「それと、ちょっと話があるんだけど」

「はい?」

もしゃもしゃとケーキを食べている子供たちを部屋に置いて
太盛は廊下へ出た。
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