「ユーリが消えた」A

文字数 3,830文字

「ユーリがいなくなった?」

「はい。奥様。この件は急を要します」


その不穏な報告は朝一番にやってきた。

鈴原が早起きのエリカの部屋の扉をノックし、
緊急事態だからとリビングへと呼んだのだ。


「最後にゆーりを見たのはいつかしら?」

「昨夜、ミウが夕食を共にしましたが、
  そのあとは誰も見ていないようです」


リビングの高級ソファに優雅に腰かけるエリカ。
鈴原の話を聞いているうちに眉間にしわが寄る。


「ミウとユーリの夕食の時間は8時以降よね?」

「はい。そのあと夜の見回りの当番がありますが、
  昨夜はミウが当番だったようです。ミウは見回り後、
  ユーリが自室で睡眠をとってるものだと
   思っていたのですが、今朝起きると
   部屋には誰もいなかったそうです」

そばで立っている鈴原は冷静な態度を崩そうとしない。

エリカは、緊急事態だというのに鈴原の執事としての
徹底した態度に感心していた。

鈴原は執事長の立場だから、若いメイドのユーリが
行方不明になって気が動転しそうなほどのショックを
受けてもおかしくないのに。

「みんな、おっはぁ!! お腹すいてやばいんだけど。
  朝ごはんの支度はできてるぅ?」

アホっぽい口調のレナが空気を読まずに入ってきた。

レナは毎日島の大自然で遊ぶのが楽しくて
早起きなのだ。時間は朝の6時を過ぎたあたりである。


「レナお嬢様。口調に品がないかと」

「は? うぜーし。お嬢様言葉とか使ってるやつ
  今どきいないっしょ」

鈴原の指摘もどこ吹く風。
これでは不良少女と呼ばれてもおかしくなない。

「はぁ……」

鈴原の深いため息。

「またお嬢様はテレビドラマの影響を受けたのですね。
  多感なお年頃とはいえ……エリカ奥様の前でも
   その口調で通すおつもりですか?」

「あったりまえじゃん。ママなんかこわくねーし!!
  つか、鈴原もいちいち細かいことばっか言ってきてうっせえし」

すると部屋のすみのソファに腰かけていたエリカが立ち上がり、

「私ならここにいますが?」

「げ……!! ママいたの!?」

「レナ。その品のない口調はどうしたの?
  ふざけてるの? それにパジャマ姿のまま
  リビングに来るとはどういうつもり?」

「ぐ……うぜー」

「早く顔を洗ってらっしゃい。髪の毛もぼさぼさじゃないの」

「もうそういうの嫌だぁ!!」

吠えるレナ。

「なんでレナはいっつもママの言われた通りにしないといけないの!?
  レナは自由に生きたいんだよ!! 起きたいときに起きて、
   寝たいときに寝るの。ママの操り人形になるのはいやぁ!!」

レナの魂の叫びだった。

「レナだけじゃないもん。カリンだって言ってるよ!! 
  自由が欲しいって!! ママは細かいことばっかり
   言ってきてうるさいんだよ!!
    こんな生活じゃあ息がつまっちゃうよ!!」

ママに厳しい教育をされた反動で早めの反抗期を迎えていたのだ。

レナの訴えをエリカは黙って聞いていた。


本来ならば長時間説教コースが始まるところだが、
今はユーリが失踪したばかりで
子供の反抗期に付き合っている場合ではなかった。


「……言いたいことはそれだけかしら?」


レナの頬のすぐ横を、何かが通り過ぎた

壁に何かが当たった後、床に転がる。

それは食事で使われるナイフだった。
豪華な代物なので切れ味はそれなりにある。


「レナ。私は着替えて顔を洗ってらっしゃいと言ったのよ。
  理解できたかしら?」

「はい……お母さま」

もしここでふざけでもしたら、
自分が今夜のひき肉にされるかもしれない。

レナは全力疾走で自分の部屋に戻っていった。


そのあと遅れてやってきたカリンと一緒に
仲良くお食事の時間になった。

いつもパパやママがいてくれるはずの食堂の席はガラガラだった。
横長の白テーブルを双子の姉妹だけが占拠しており、
なんともさみしい朝の光景だった。

時計の針はもうすぐ7時を指そうとしている。
この時間に大食いのジョウンさえいないのは不自然だった。

「あるぇ? 今日はママたちは一緒に食べないの?」

「えっと、奥様達は忙しいので今日は時間をずらして
  食べるそうですよ?」

レナの問いに対し、ミウがばつの悪そうな顔をしたのを
カリンは見逃さなかった。

「ミウ。それは事件が起きたってこと?」

「正直分かりません。私が聞きたいくらいですからねぇ」

真剣な顔で聞いたのに軽くいなされてしまい、
腹を立てるカリン。ミウは罰が悪くなって目をそらした。

子供たちが不安がるから、ユーリの失踪は
口にしないようエリカから言われていたのだ。

大人たちはリビングで緊急会議を開いており、
朝食どころではない。ユーリが外部の者によって
さらわれた可能性もある以上、子供たちの外出は厳禁とした。

実はジョウンすでに外へ捜索に出てる。
ジョウンは使用人の中で特にユーリに思い入れがあったのだ。


「こんな地味なご飯ってめずらしいねぇ」

「ほんとね。やっぱり何かあったに違いないよ」

レナとカリンが後藤の作ってくれたご飯を
もしゃもしゃとつまらなそうに食べてる。

レナの語尾は間延びしていて、よくカリンに
からかわれる。いわゆる同性から嫌われるぶりっこの口調だ。
レナはつくっているわけではなく、素の話し方なのだが。

「マリンちゃんはまだ寝てるのかなぁ?」

「ああいうのを低血圧っていうんだっけ?
  病気みたいなものだってお父様が言ってたわ」

今日のメニューはご飯とみそ汁と焼き魚。
申し訳程度に特製のカスタードプリンがついてる。

「レナのプリンちょーだい」

「は? うぜーし。バかりんなんかにやるわけないじゃん」

「なにそのしゃべりかた? 時代遅れのギャルみたいじゃん」

「今どきの若者はこういう口調で話すっしょ。まじパないよね?」

「あははっ。分かった。あのドラマのセリフを真似してるのね」

ママが見てたらすぐにお叱りを受けたことだろう。

盛り上がる双子を壁際に立つミウは黙って見ている。

彼女は子供の世話を任されてるからここにいるのだが、
頭はユーリのことでいっぱいになっている。

今すぐにでもジョウンに着いていきたかった。

この屋敷にきて実に10年。メイド仲間のユーリとは
友を超えた深い絆で結ばれていた。

「ミウってば!!」

「……は?」

考え事をしていて、怜奈(レナ)に呼ばれてるのに気づいてなかった。

「今日はお外で遊んでいいのかな?
  よほーだと午後まで晴れてるんでしょ?」

「それは……奥様が許可してくれないのであきらめてください」

「なんでー!!」

「レナお嬢様、世の中には分からなくて良いことが
  たくさんあるのです。今日はお部屋で私と
   遊びましょう。お勉強の後にですけどね」

「うええ」

嫌そうな顔をするレナ。カリンも同じ表情だった。

意気地のない2人に活を入れるために、ミウが声を張り上げる。

「Eat up!! ladys!! it's not time for joke!!
eat or call you'r mather right hire」

(さっさと食べてしまいなさい。冗談ではないのですよ。
   さもないとお母さまを呼びますよ)

双子はミウの甲高い英語で言われるとおとなしくなるのだった。



さて。お昼を回るごろにジョウンが捜索から帰ってきた。

くやしそうに歯を食いしばっている。

鈴原がいぶし銀にお辞儀をして玄関で出迎える

「おかえりなさいませクッパ様。その様子ですとユーリは……」

「森中を駆け回ったのだがな。ついに見つけられなかったよ。
 もちろん海岸沿いも見てきたが、いなかった」

「ユーリが島から脱出した可能性は考えられますか?」

「おそらくないだろう。なにせ海岸に足跡すらなかった。
  ボートなどを使った形跡は見つからなかったぞ。
  それにあの子に脱走した後の行く当てがあるとは思えないな」

ユーリに身寄りがないことをジョウンは知っていた。

それは彼女の不幸の過去が関係しているのだが、
ここではまだ明かさない。

ちなみに島を海岸沿いに走り続けるには
マラソンランナー並みの体力が必要になる。

その程度の距離などクッパ(ジョウン)にとっては朝飯前なの
だからおそろしい。ちなみにジョウンのあだ名はクッパに変わった。

なぜなら、結婚してからのジョウンはますますたくましい
ガタイになり、また顔つきも鬼のように怖いので
スーパーマリオのクッパにそっくりだった。

彼女にはナツミという本名があるのだが、
まじめな鈴原も含めて屋敷の全員が忘れてしまった。

「左様でございますか。他に探していない場所となると……」

鈴原の顔が渋みを増す

「うむ。あの険しい山岳しかないな」

クッパも忌(いま)まわしそうに目を閉じている。

島の半分を占める山岳部は、低山や高山が連なる峠道もある
その道程は、基本的に獣道であるから一からの開拓になる。
まさしく人の手をかかっていない自然の山であった。

登れそうな斜面を整備するだけでも至難の業である。

低山(250メートル)の神社へ
続く道だけは太盛父が整備してくれた。


「だが普通に考えて、ユーリがそんなところへ行ったりするだろか?
   あそこは人間の手がかかってない本物の大自然だ。
    命知らずにしてもほどがある」

「私もクッパ様と同意見でございます。
  となると、あと考えられるのは」

「誘拐……か?」

クッパが目を細める。

ここは島であるから、陸続きの土地と違って国境があるわけではない。
侵入経路はいくつもある。海上からはもちろん、山などに
パラシュート降下して館へ侵入したという可能性も考えられる。
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