「ユーリが消えた」 C

文字数 5,749文字

ルイージは不敵な笑みを浮かべてソファに座る。

「あざっす。これで普通に話ができそうっすね」

「何が目的だ!!」

太盛が声を荒げる。

「ちょ……。いきなり怒鳴られると心臓止まるじゃないっすか。
  俺、ビビりなんで勘弁してくださいっすよ」

「そういうのはいいから、早く本題を話せよ。要求はなんだ?」

「いや、最初の目的はジョウンを倒すことだったんすよ。
  素手じゃ無理だと思ったんで、銃殺しちゃいましたけど」

「なぜ殺した!? おまえはジョウンに何の恨みがあった?
  ジョウンと面識はなかったはずだ」

「別に館の人たちに恨みはねえんすよ。むしろファンっす。
  実は3年前から日本周辺の離島の調査とか
  やってたんすよね。ちょっと仕事でね。
   そしたら太盛さん一家を偶然見つけちまって、
    すげえ興味がわいたんすよ」

「仕事だと……? しかも3年前から?」

「ちなみにジョウンは戦闘力が高かったんで、さきにやっちまいました。
  あいつがいるといろいろ邪魔してきそうじゃないっすか」

とんでもない事実が次々に明らかになり、
さすがに理解が追い付いていかなかった。

3年前は今と変わらず家族全員が平和に暮らしていた。
コントロール室と連動してる監視カメラは常に
確認していたし、監視塔からの目視もある。

島に接近しようとする怪しい船はすべて追い返すか、
海上保安庁に通報するなどして対処していた。

太盛とエリカの婚約時代にシンヤノモリが
潜入してきた教訓を生かして、太盛の父が警備にかかる
費用を払ってくれたため、現在の迎撃システムがあるのだ。

「太盛さん、顔色悪いっすよ?」

ルイージの言う通りで太盛は血の気が失せていた。
このまま気絶してしまえばどれだけ楽かと思った。

エリカは彼の腕にしがみついたまま離れようとしない。

あの鈴原でさえ頭を抱えており、ミウは絶望的な
顔で立ち尽くしている。後藤は十字架を取り出して神に祈りをささげていた。

「あの。話し続けていいっすか?」
  実は俺、北朝鮮の外務省でアルバイトやってるんすよね。
   で、今回の任務は外国語に堪能な日本人を拉致して
   こいってことなんですよ。嘘じゃねえっすよ?」

「つまりおまえは……屋敷中の人間を北朝鮮に拉致するのが目的なのか……」

太盛の問いに対し、ルイージが答える。

「俺が欲しいのは若い女だけっすかね。
  ユーリさんなんか美人だし、英語もペラペラで最高っすよね。
   あと欲しいのは、そこにいるミウさんす」

指をさされたミウは発狂しそうなほどの衝撃を受けていた。

「人身売買の世界だと、日本人って実はアジア人で
  一番値段が高いんすよね。若い女2人ならなおさらっすよ。
    あ、話長くてサーセンっす。
    つーわけで、ミウさんさらってもいいっすか?」

あまりにも軽すぎる誘拐宣言。

エリカはショックのあまり気を失ってしまい、後藤も続けて倒れた。

使用人であり家族の一員であるミウが、なぜ北朝鮮の
外務省から派遣された男に拉致されなくてはならないのか。

この男にそんな権利があるのか。

太盛は濁流(だくりゅう)のごとく
押し寄せる怒りの感情を抑えることができなかった。

ルイージにばれないように鈴原とアイコンタクトした。

最悪、自分たちが全員死んでもこの男を銃殺するべきだと。

ルイージは確かに手りゅう弾を大量に保持しているが、
ミウを黙って差し出すなら全員死んだほうがましだと考えた。

ユーリは、おそらく舟か何かに乗せられてまだ生きているのだろう。
人質だからだ。自分たちが全員木っ端みじんになっても、
ユーリだけは生き残るチャンスがある。それで十分だった。

家族とは死んでからあの世で再開すればいい。

覚悟を決めた太盛と鈴原が、3秒後に
合図して銃を構えようとしたその時だった。

「そんな要求を受け入れるわけにはいきませんの!!」

なんと。それはマリンの声だった。

「勝手に人様の家に押し入ってきた強盗に、ミウを渡すわけが
 ありませんわ。渡す理由がありません。ユーリも返してもらいますの」

「ちょ……まさかマリンお嬢さんからツッコミが入るとは
 予想外の展開っすよ。悪いんすけど俺も仕事でやってるもんで、
 時間ないんでー、そろそろ答えを聞きたいってゆうか」

ルイージはそう言って44口径マグナムをマリンのおでこに押し当てた。

汚れのない瞳をした9歳の女の子に銃を突きつけるなど、
まさしく鬼畜の所業であった。

それに44口径は戦車の暑い装甲を貫通するほど威力がある。
もともと人に向けて撃つには力がありすぎると
されているハンドガンであった。

怒り狂った太盛がルイージに襲い掛かろうとしたが、
鈴原が後ろから羽交い絞めにして抑える。

「離せ鈴原ぁあ!!俺のマリンが! マリンがぁぁぁ!」

「今はなりません!! 犯人を刺激してはいけません!!」

ルイージはそんな太盛を見てニヤニヤしていた。

「あー、やっぱお父さんは切れたっすね。
 まあ無理もねえっすよね。こんな状況じゃあ」

と言ってマリンの肩をつかみ、リビングの扉まで歩かせた。

「めんどくせけど、この子もついでに誘拐していきますね?
  ミウさんも一緒に来てもらっていっすか?
   あ、少しでも反抗のそぶりを見せたら
   マリンちゃんの頭に風穴あいちゃうんで」

ルイージは、若い女性を見るときにニヤニヤするくせがある。
この時もミウを舐めまわすようにみて、口角を上げていた。

ミウにとってこれ以上ない不愉快な笑みだった。

ミウはバカでもなく臆病でもないから、一瞬であらゆる
選択肢を頭に浮かべて最善策がないか考えた。

しかし、何も思いつかなかった。

目の前でマリンを人質に取られているのである。
もう一人の人質であるユーリの居場所もいまだ分からない。
ユーリが今どこにいてどんな状態なのか、すべて推測の域を出ない。

ミウは、太盛がユーリに特別な感情を抱いているのを
知っていた。午前中の散歩が、実は彼女と話をするのが
楽しみで歩いていることも。

少しだけユーリに嫉妬したこともあったが、メイド仲間だから許せた。
ミウが大事にしたいのは太盛の意思だった。
太盛がエリカを心の底で拒むのも、代わりの愛情をユーリに求めるのも、
全ては彼の自由意思。彼の意思を尊重するのがミウの務めだった。


今回はそれが、自分が拉致されることで終わる。

今日まで太盛と過ごした10年間がここで終わる。

ミウはルイージのうしろを着いて行った。
一瞬だけ太盛を振り返り、ニコッと笑った。
マリンは最後まで目を閉じたままだった。


「うわああぁぁぁあぁあぁあああぁぁぁ!!」


太盛の獣のような咆哮(ほうこう)が響く。
鈴原は暴走する太盛を力づくで抑えていた。

エリカとの婚約から始まり、10年続いた孤島生活。
使用人とは家族のきずなで結ばれ、幸せな家庭を築いた。

2人の奥さんがいるという破天荒な関係ではあったが、
娘たちは健康的に育って父を喜ばせていた。

森での散歩、木こり仕事、山菜取り、子供たちのお勉強。
全ては大切な日常だ。

本土に比べたら原始的な生活をしているのかも
しれないが、誰もが心は豊かだった。

ユーリを失い、ミウを失い、マリンを失ったら、
太盛は生きる意味すら失ってしまう。


「ぐおうおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」

これはルイージが吹き飛ばされた音だった。

やったのは太盛でも鈴原でもない。
立ち尽くしていたレナカリ姉妹でもない。

「マリン。ミウ。助けに来たぞ」

そこにいたのは、死んだはずのJCだった。

幽霊でもゾンビでもなく、生身の人間である。

JCは、死ぬ直前に覚醒したのだ。

確かに頭を打たれればどんな生物でも死ぬはずだが、
あいにくクッパに常識など通用しない。

頭には自分で包帯を巻いており、痛々しい。
しかしながら体つきはさらに良くなり、
もはやプロレスラー並みである。

解放されたミウとマリンはJCの後ろへ隠れた。

「ちっくしょおぉ……まじいてええ……つかなんで
  今の衝撃で手りゅう弾が爆発しなかったんだ……?」

ルイージがコートの裏側を確認すると、
なんと手りゅう弾がすべて消えていた。

「おまえの手りゅう弾な、邪魔だったから
  その辺に捨てておいたぞ」

「は……?」

太盛たちはルイージがあせる様子を初めて見た。

ルイージが玄関を開けて外を確認すると、
大量の手りゅう弾が芝生の上に転がっていた。

さらにどういうわけか、ルイージが持っていたマグナムは、
なぜか銃口の先端が折られており、使い物にならない。

いつのまにとか、どうやってとか。そういった常識は通用しない。

これでルイージは丸腰だと思われた。

「常識外れなのは、お互い一緒だろうが!!」

ルイージは、これまいつのまにか太盛が持っていたはずの
サブマシンガンを所持しており、クッパの腹に向けて
20発くらい連射した。その間、わずか4秒。

「ふふん」

どや顔のクッパ。

腹の厚みによって全ての弾を跳ね返していたからだ。

「さて。今度はこちらの番だな」

ルイージを本気の顔でにらむクッパ。

常軌をいっした化け物の存在に、百戦錬磨の
スパイであるルイージですら戦慄してしまった。

クッパは、握った拳に、自分の旦那、娘、ほかの家族や
使用人たちの全員分の怒りを込めた。

クッパの拳にはファミリーの意思が宿り、神々しい光を放っていた。
その質量は、少し振り下ろせば大地に地割れすら起こせるほどのものだった。

クッパは一歩前を踏み出した。

踏み出した部分には大きな穴が開いており、
まさつで煙さえ立っているほどだった。

「うぐあああああああああああああああ!?」

ルイージはクッパの腹パンをまともに食らい、衝撃を殺しきれず
リビングの壁を貫通し、さらに奥にあるトイレの
壁まで貫通する。最終的に裏庭まで飛んでようやく止まった。

「あぁ……うぅ……あぁ……」

ルイージは完全に戦闘不能になった。
みぞおちの痛みのために何度も吐血を繰り返している。

腹パンはルイージのあばら骨を粉々に砕き、
それが内臓まで痛めてしまったのだ。
これでもまだ生きているのだから、かなりの生命力である。

そのあとは太盛が引き継ぎ、ルイージを地下の牢屋へ閉じ込めた。
エリカが用意しておいた電気椅子に座らせて尋問を開始。

ユーリの居場所を聞いた。

北朝鮮から派遣されたスパイは中々口を割ろうとせず、
無駄に時間だけが過ぎていった。

ユーリの命がかかっているため、電気椅子のスイッチを
入れて拷問を開始しようとした太盛を、エリカが止めた。

エリカはルイージの正体がロシア系であると見抜いており、
ロシア語で何事か話し始めた。

「Поговорите с быть честным Мой
 враг не является Вы
  благополучно домой в Россию」

(私は敵ではありません。正直に話せば
  あなたを無事ロシアまで送り届けます)

これを聞いたルイージはどういうわけか
涙をぽろぽろと流し、ロシア語で答え始めた。

黒髪でショートカットのエリカ。日本人なので瞳も黒い。
年齢を感じさせないほど白くて美しい肌。
知性を感じさせる鋭い瞳ときゅっと引き締まったくちびる。

東アジア人の基準でいえば相当な美人になる。
そんなエリカが聖母マリア様に見たのか、ルイージは
自分のことを正直に話し始めた。

彼の祖先はエリカと同じく旧ソビエトの人間だった。
祖父の生まれはソ連領のカムチャッカ半島だ。

日本など極東の国と近い。ベーリング海峡を隔てて
アメリカのアラスカに達することができる地域で、
冷戦時は原子力潜水艦の基地があった。

有事の際はまっさきに米国から軍事攻撃を受ける危険地帯であった。
軍港の他はまったくの田舎であり、極寒で火山活動の活発な地域であった。

幼少のころのルイージは祖父に連れられてよく鹿狩りをしたものだ。
木を削って作ったカヌーで川を下り、移動する。
冬は凍った湖の上に座り、氷をけずって釣竿を垂らす。

そんな田舎の少年が、やがて成長し、都市部の学校に通うように
なってからは成績優秀で奨学金で大学まで進んだ。

卒業後、国際スパイとしての道を歩み始めたのだ。


のちにソビエト政府が崩壊し、
行き場を失ったルイージ(44歳)は、北朝鮮に亡命した。

彼の能力を高く評価した北朝鮮政府は、外務省の職員(スパイ)として
彼を起用した。中国、韓国、日本への諜報活動。および人質を
確保することを命じられ、この島までたどり着いた。

この島は長崎減の行政範囲だが、実質孤立した島といっても
過言ではなかったので狙うにはもってこいだったのだ。

ルイージは、その後日本国の警察に極秘に引き渡された。
彼のスパイ事件が明るみになれば、大きな国際問題に発展してしまう。
最悪戦争の可能性すらあり得るだろう。

太盛たちの住んでいる島が日本海側にあり、
北朝鮮に近かったのが災いした。



そしてユーリだが、彼女は信じられないことに
自分の部屋のクローゼットの中で縛られていた。

これも太盛たちの裏をかいた恐るべき作戦であった。
ユーリをさらっと見せかけて、実は本命のミウを
奪っていこうという作戦だったのだ。

無類の女好きのルイージは、ミウを自分の奴隷とするために
拉致しようと思った次第で、実は今回の誘拐は
北朝鮮政府から命令された任務外のことであった。つまり愉快犯である。

「あぁユーリ……生きててよかったぁ……」

ミウとユーリは抱きあって再開を喜んだ。

屋敷の住民のだれもが無事に生き残れたことを神に感謝した。

孤島生活史上、最大の危機を乗り越え、彼ら家族のきずなは
ますます深いものになっていくのだった。

それと当時に孤島生活そのものに対する将来的な不安も露呈した。

次にルイージのような男の侵入を許せば、今度こそ
家族全員が殺されるか拉致されてもおかしくない。


特に強い危機感を抱いたのがエリカだ。

彼女は太盛に家族と使用人たち内地へ移して生活を
することはできないかと相談した。

もっとも本土への帰還は太盛の父の許しがなければ不可能。
孤島そのものを含め、この生活の出資者であり、
生殺与奪の権利を握っているのは父なのだ。

今回の騒動は異常であり、もし報道されたら日本中を
震撼させるほどの誘拐未遂事件となっていたことだろう。

のちにこの事件は日本国の一部の権力者たちに知られることになった。
その1人に太盛の父である金次郎も含まれているのだった。
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