任務

文字数 4,420文字

 陽の光が白くなり、澄み渡る空の青さが増す頃、野営テントには身支度を終えた隊員たちが集まってきた。

「騎士候補生に個室なんて聞いたことないよな。今回の指揮官すげーな。」
「いやー、ほんと、寝心地よかったなー。」
「貴族様がよく思われてないのわかってるから俺たちに気ー遣ってんのかねぇ。」

 そんな会話をしながら、ダリル・クシャルとフィー・ダインはフラップを押し開けてテントの中に入った。

 二人の会話が聞こえたのか、すでにテントの中に入っていた者たちが、彼らが入ってくる姿に無言で注目していた。その様子を見て二人は先ほどの会話がまずかったと悟った。そして、急におとなしくなると揃って敬礼をして、挨拶をした。

 テント内は、中央に二つの折りたたみ式長テーブルが繋げて配置され、その周りに雑然と椅子が置かれていた。既に操縦士のフェイレン、騎士のミラ・カーティス、エンジニアのマサロ・カルモとエンジニア見習いのキース・ギロがテーブルについていた。

テントの隅の方に置かれた机で作業をしていた指揮官のカイル・シャンドランは2人に視線を向けると略式敬礼をした。それから、空いている席のどこでも構わないので腰掛けるよう、ジェスチャーで着席を促した。

 テント内にいる隊員たちの冷たい視線に気圧されて、二人は言葉なく、空いている席に腰をかけた。二人が席に着くのを見届けると、何人かがまた思い思いの会話を始めた。

 そのすぐ後、ヴィクトルがテントに入ってきた。テント内を見廻し、フェイレンの両側とミラ、ダリルの横にそれぞれ席が空いているのを確認すると、ダリルの隣に腰を下ろした。すると、任務に招集されるまで面識がなく、ここまでの五日の間一度も会話をしたかことがなかったダリルが、突然小声でヴィクトルに話しかけてきた。

「メンバーのリストでお前の名前見たよ。シャンドランってことは、お前、あの指揮官の身内か?」

「ああ」あまり他人に自分のことを話すことを好まないヴィクトルは、ダリルには視線を向けず一言そう答えた。

「貴族様の騎士候補生はクラスが別ってのは本当の話だったんだな。」

 厳密には、エクストラアップデート対象とされる名門家の子女のためにクラスが分けられており、名門家の子女のためにクラスが設けられている訳ではない。

 エクストラアップデートとは、名門家の人間に対し実験的に施される遺伝子アップデートの総称で、その存在を知るのは上層部のみに限られる。通常クラスと一緒になるとエクストラの存在を隠し通すことが難しくなるため、エクストラ対象者用に別クラスが設けられているのだ。

 また、エクストラ対象外の名門家の子女が通常のクラスに通うことで、エクストラの存在が明るみになることも想定されるため、それを避ける意味で、エクストラ対象外の名門家の子女も、エクストラ対象のクラスに所属させられる。

 そのため、外から見ると、名門家のためにクラスが設けられているように見え、特別扱いを受けているように見えてしまうのだ。

「貴族様はいいよな。候補生の身分で女連れ込んでOKなんだな。トレーラーハウスが一晩中揺れてたぜ。」

 ありえない。マヤのことも、マヤと自分の関係も知らないくせに、好き勝手に言うその態度が腹立たしかった。二人の関係が踏み躙られているような不快感は、寝不足も相まってヴィクトルの中で増大した。

「僕らは貴族じゃない。」
「じゃ、何でも手に入る煌びやかな生活して、自由気ままに好き放題やる奴らをなんて呼んだらいいのか教えてくれよ。」
「…」

 ヴィクトルはダリルに視線を向けることなく、力を込めて拳を握りしめた。彼は今まで何度も任務実習に出てはいるが、全てエクストラ対象の候補生だけが参加するものだった。今回初めて一般の候補生と一緒に任務にあたるため、彼らへの対応をどうしていいのか分からなかった。

 明らかに友好的ではない会話に発展しつつある。しかも、マヤのことを話題に出されるのは強い怒りすら覚えた。しかしヴィクトルは、一切相手にしないことに決めた。これ以上、一言でも口にしようものなら、同時に相手の胸ぐらを掴むかもしれない。湧き上がる怒りをこれ以上抑える自信がなかった。

 すると、ヴィクトルの様子を察してか、ダリルの隣に座っていたフィーが「もうそれぐらいにしておけ」と言いながら、ダリルの脇を突いた。

 突然、フラップが勢いよく開けられ、遅刻をしたことを詫びながら、候補生のシェラ・バーグが入ってくると、すぐその後に続いて、マリク・ヌジャが姿を見せた。
 
 二人が入ってきたのを確認すると、カイルは立ち上がった。今回指揮官を務めるのは騎士の称号を持つ、ヴィクトルとは10歳離れた兄、カイル・シャンドランだ。カイルは、各隊員から送信される健康状態を右目に装着したグラス端末で確認し、手短に挨拶とねぎらいの言葉をかけてから、空いている椅子に着席した。ミーティングを開始しようとしたところで、フィーが手を挙げた。

「もう一名、いらっしゃらないようですが。」

 その質問を受けると、カイルは少しだけ口元に笑みを浮かべた。

「お気遣いありがとう。ディノなら大丈夫だ。彼は少し変わった男でね。このミーティングには来ないだろう。いつものことだ。」

 ダリルは口元に嘲笑うような笑みを浮かべてその会話を聞いていた。どうやら名門家のやることなすこと、気に食わないらしい。シャンドラン家に対してだけならいいが、マヤが巻き込まれることだけは避けたい。ヴィクトルは彼に対して少しだけ警戒心を抱いた。

 今回の隊の構成は少人数で、合計11名である。その中でも、学生が6六名となっていた。予定されている主な任務は捜索で、大きな危険が伴う可能性は低い。そのため、実習や訓練の意味合いも兼ねて、学生の割合が大きくなっていた。六名中、ヴィクトルを含む五名が騎士候補生、残る一名がエンジニア志望の学生だった。

「今現在、移動集落のサトカシがいつ合流するかはっきりしていないが、二、三日中にはこのピパ湖に到着するものと思われる。引き続き交信は試みるが、とりあえず本日捜索活動を開始することはない。このミーティングは任務に関連する基本情報の確認と質疑応答の時間とする。」

 そう言うと彼は、テーブルの中央に置かれた3Dモニターに今回の任務関連情報を映し出した。

 今回の捜索内容は、シャンドラン家の現当主の弟、グレン・シャンドラン、つまり、カイルとヴィクトルの叔父にあたる人間のユニヴェルスーツを発見し回収することだ。一通りの基本情報の共有が終わると、騎士候補生のマリク・ヌジャが自信なさげに手を挙げた。吃音があるため、あまり発言は好まないが、誰も質問する人がいなかったため、渋々手を挙げたのだ。

「こ、今回、きゅー、急遽召集されて、詳細が理解できていないのですが、な、なぜこんなに少人数で、ネウロノイドも同行してないのですか。あ、あと、民間人がなぜ一緒なのですか。」
 
 マリクの話し方が気になるのか、ダリルとフィーは顔を見合わせて皮肉めいた笑みを交わした。二人から離れた席に着いていたシェラは少し俯いて、周りの様子を伺いながら口角を上げていた。

 カイルは、ダリルとフィーそしてシェラに静かに視線を順番に向け、無言で彼らの態度を牽制すると、「マリクが気になるのも無理はない。」と言って、説明を始めた。

 今回の任務に招集された人数は過去のどの案件よりも少ないうえ、隊員を決定して通達したのは、召集日前日の午後だった。急に招集をかけられ、資料だけ渡されて、次の日の朝には出発という異例のスピードだった。その上、資料にはなかった民間人のマヤが同行している。候補生にとっては異例ずくめで、不安に思って当然だろう。

 この任務は非公開任務であり、秘密裏にそして迅速に行うことになっていた。そのため、もともと少人数構成で計画されてはいたものの、11人と言うのは当初の計画よりも大幅に少ない。この人数構成を可能にしたのはマヤのおかげと言ってもよい。

 通常この地域の移動集落は、サトカシに限らず、こちら側との交渉に応じることはほとんどない。ましてや、要求を受け入れることなど皆無に等しい。

 しかし今回は、異例だった。捜索のためサトカシの拠点である地域を訪れること、そしてそれと同時に、保護しているマヤを集落に帰還させる意向があることを伝えると、サトカシの里長、タキ・スグリが『仲間を保護した礼』として、ネウロノイドを同行させないことを条件に、今回に限り協力すると申し出てきた。この地域のエキスパートと言って良い彼らの協力を得ることができるのは、ユニオノヴァから100人の騎士を連れていくよりもずっと効率が良く安全な上、確実だ。そのため、彼らの申し出を受けることにして、この人数構成となったのだった。

 カイルがマリクの質問に対して回答を終えると、ダリルが手を挙げた。

「サトカシとの交渉を優位に進めるのに彼女が有用な切り札になるというわけですね。」

 その言葉を聞いて、ヴィクトルは隣に座っているダリルを睨んだ。同時に彼は頭に血が昇るのを感じた。まるでマヤをモノのように表現する言い方が気に食わなかった。その様子に気づいたかどうかわからなかったが、カイルは少し諌めるような目つきでダリルを見た。

「言っていることに間違いはないが、選ぶ言葉を気をつけてくれないか。私たちは彼女を3年間保護しているが、その間、家族同然に接してきたつもりだ。物に対するような言葉で彼女を表現することは慎んでもらいたい。」
「申し訳ありませんでした司令官殿。では、その大切なものを夜間、候補生1人に任せるのは危ないんじゃないでしょうか。若い男女が同じ部屋というのも、隊の風紀を乱しやしませんか?」
「貴重な意見として次回以降の参考にするとしよう。」

 カイルは不愉快そうに少しだけ眉根を寄せていたが、声色は穏やかさを装うことに努め、その場を収めた。そして、他に質問がないか一同を見回した。

「…質問がなければ以上だ。本日のミーティングはこれで終了となる。なお、今回の任務とは関連はないが、地質学や生物学の分野からピパ湖周辺の土と生物のサンプル採取を依頼されている。特に採取する種類の指定はなく、時間があればとのことだったので、もし興味があればお願いしたい。昼食までは自由行動。以上、解散。」

 カイルの言葉に応じて、隊員たちは立ち上がり、三々五々とテントを後にした。ヴィクトルも出ようとしたが、「ヴィクトル、少し話がある」とカイルが引き留めた。ヴィクトルが少し緊張しながら振り返ると、カイルは手を組み、両肘をテーブルに置いていた。心当たりはなかったが、声色と言葉遣い、威圧的な態度から、前向きな話ではないことは明らかだった。ヴィクトルはカイルに引き留められた理由を考えながら、ゆっくりとカイルの前に戻った。



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