第6話

文字数 1,487文字

 下校後はそのまま寮へと直帰する気にもなれず、ユウはあてどなく学園都市を歩いた。


 大型スーパー、ファッションビル、学習塾に帰路でにぎわう駅、学生寮を兼ねたマンションやアパート、新瀬学園の初等部、中等部、大学キャンパス……そのすべてが、有り体に言って普通だった。平々凡々。なにもかもが作り物とは思えず、チハツよろしく悪い冗談だと何度考えたことか。しかし町の最果て――橋の向こう側を見る気にはなれず、西日が地平線へと消える前に、すごすご寮へと帰ってきた。
 玄関に入ってすぐ、リビング代わりに広がっている談話スペースに、チハツがいた。
…………
 ソファの上、膝を抱え込んで縮こまっている。明らかに普通の様子ではない。
どうしたの?
…………かった
え?
出られなかったの、町の外に
 チハツは町の外へと向かったのだ。あの大橋を通り、学園都市からの脱出を図った……しかし、それは叶わなかったのだろう。恨めしげに膝から覗かせた眼差しには、世界のすべてを憎んでいるような迫力があった。

見えない壁があって、それ以上先に行けなかった……チカとルリにも電話して、「偽物なんかじゃないよね? ちゃんと人間だよね?」って何度聞いてみても、「ごめん、よく聞こえなかった」の一点張りで……全部、あいつの言ったとおりだった……‼

 泣いているのだろうか。声は震え、嗚咽でしとどに濡れていた。
悔しい……くやしい‼ 一瞬でも本気で信じて諦めかけた自分が、一番悔しい‼
チハツ……
あんたは、どうなのよ……聞いて、ショックじゃないの?
逆に信じられないかも
そうよね……信じられないわよね……
 やにわに、チハツが乱雑に立ち上がった。

あたしは信じない。

どんなに証拠を揃えられたって、信じてやらない!

――加上さんもお帰りでしたか
 玄関が開く。音枝レンリがするりと体を滑り込ませると、チハツは掴みかからんとする勢いで詰め寄った。
【ココロのウタ】とやら、あたしにも与えなさいよ!
……加上さん
あんたに言われたからじゃない! チカとルリが襲われたら嫌だから仕方なく、死神現象退治でもなんでもしてやるわよ!
……分かりました。お望みとあらば
なんだよ、お前やっと元気出したのかよ

 食堂からダイキが顔を覗かせる。

 手にはマグカップがあり、あたたかな湯気が立ち昇っているのが見えた。

へそ曲げてるから用意してたってのに、必要ないってか?
いる
 中身はホットミルクらしかった。膜もなく丁寧にあたためられたそれを、チハツはぐいっと一気に飲み干す。
ありがと
 口元を手の甲で乱暴に拭い、空になったカップを突き返すついでに問いかける。
あんたは? 大来は【ココロのウタ】、どうすんのよ
誰かさんが危なっかしくて見てらんねぇからな。それに他にも世話が焼ける奴がいるかもしれねぇと思うと、寝覚めが悪ぃ。俺もやるよ
あっそ
 素っ気なくチハツは言い捨てたが、その実、切り返しは答えが分かっていたかのような爽やかさに溢れていた。
未散と侑も【ココロのウタ】持ちっていうんなら、あとは理音だけってことね
そろそろ夕飯の時間だ。その時にでも訊けばいいだろ
……そのことですが、

 音枝レンリが、らしくないほどにおどおどと話を切り出す。

 なんだろうと不思議がっていれば、理由はすぐさま判明した。

……今後、私が寮母も務めることになりました
え、
死神現象のこともありますから、妥当な判断だと思いますが……なにか?
バーチャルシンガーって、飯作れんのか?
……善処します。食べられないものを出すつもりはありませんから
 調理の手伝いもしなければならないのだろうか……ダイキが頭を抱えたのがハッキリと見て取れた。
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登場人物紹介

君本侑(キミモト・ユウ)


 本作の主人公。

 両親揃っての急な海外転勤によって、寮生活のできる新瀬学園都市にやってきた。

音枝レンリ(オトエダ・‐)


 ただの担任教師……ではなく、非実在のバーチャルシンガー。

 ユウ達に正体不明の怪物・死神現象と戦う力、【ココロのウタ】を授ける。

伊東大来(イトウ・ダイキ)


 ユウと同じ寮生の一人。

 口調は荒っぽいが、お人好しで世話焼きな好漢。よく世話を焼くチハツとの言い争いが絶えない。

加上千初(カガミ・チハツ)


 ユウと同じ寮生の一人。

 いわゆるイマドキの女子高生で、青春第一主義なやかまし屋。

栗根理音(クリネ・リオン)


 ユウと同じ寮生の一人。

 物静かで温和なので、よくダイキとチハツの言い合いを止めに入っている。

鳴護未散(メイゴ・ミチル)


 ユウと同じ寮生の一人。

 クールな美貌に似合わぬ好戦的な気性の持ち主。

撫木睦羽(ナデキ・ムツハ)


 ユウと同じ寮生の一人。

 フェミニン趣味の男子生徒。軽薄な口調でよく人を煽る。

無弓時雄(ムユミ・トキオ)


 ユウの隣の席の生徒で、転校して初めての友達。

 女好きなごく普通の男子生徒なのだが、ある秘密が……。

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