第8話
文字数 4,057文字
施錠は問題ないらしく、ガラリと開けて入室すると、別の学年の雰囲気に包み込まれた。ちらっとだけ見た記憶が正しければ、確かここは三年C組だったはずだ。
寮生が誰一人として在籍していない教室に作り物の空気感はなく、本当に偽物の生徒達しかいないのかとユウに疑問を抱かせた。
そうであればいいんですが、私自身、貴方達の文化・風俗すべてに精通しているとは言いがたいのが事実です。まったくの無知、というわけでもないのですが……なので、不自然なネーミングになってしまっていたのであれば申し訳ありません。
やはり、もっとカッコいい方が良かったでしょうか? ダークネスモンスター、のような……
以前から感じつつあった音枝レンリへの印象が、このやり取りを契機に結実する――もしかして天然ボケなのだろうか? ユウの確信に説得力を与えるように、音枝レンリは腑に落ちない顔でしどろもどろなダイキを見つめていた。
喧嘩するほど仲がいいとはよく言うが、こうも頻繁だと「またか」という辟易の方が強くなる。精神的に疲弊することこそないものの、誰かがかすがいとして間に入ってくれれば丁度いい塩梅になるのではないだろうかと、ユウにもしもを思わせた。
ずぐん、と空気が重くなる。
産毛が総毛立つ感覚が、名状しがたい危機の接近を否応なく知らせてくる。
こわばって動けなくなりそうだった体が、音枝レンリに促されることで教室の外へと飛び出した。
難を逃れたと思いきや、それこそが厄災の到来だと知ったのは、視線を廊下の奥へと向けたからだった。
重々しい響きに、胃の腑が揺さぶられる。明らかにこれまで戦ってきた死神現象とはレベルが異なる。格が違う。今にも吐きそうな気持ち悪さを堪えながら、毅然とした態度でユウはホワイトなる脅威を見据えた。
音枝レンリの叫びに弾かれるようにして、蜘蛛の子を散らすようにユウ達は窓を突き破って飛び降りた。
【ココロのウタ】に支えられて難なく着地するが、背後を駆け抜けた弾丸のごとき疾駆に肝が冷える……あれが直撃していれば、全速力のダンプカーに撥ねられた時のように、なすすべもなく物言わぬ肉塊と化していただろう。
続けて、こちらを追うホワイトが廊下の壁をブチ破り、グラウンドへと降り立つ。
見たままの巨躯に違わず、アスファルトにヒビを入れる轟音が辺り一帯に響き渡った。
また一人、また一人と、【ココロのウタ】を打ち破られて倒れ伏す。
最後に残ったユウも、今まさにやられようとしていた。
だがここで逃れたとしても、後はジリ貧だ。昼間に狙われる心配はなくとも、ひとたび陽が沈めば、ホワイトはユウを探して学園都市を徘徊するだろう。襲われる人もいるかもしれない。寮の守りが強固だとしても、いつまで持つのかは未知数だ。
――いや、それだけではない。
昨日今日の関係性だったとしても、ユウにとって『死』というおぞましい暴力によって未来を木っ端微塵に轢き潰されるのは、どうにも我慢ならなかった。
焦れた音枝レンリが急かす。
しかしこちらを無力だと軽んじたホワイトは、鷹揚にも待ち構えている。慈悲のつもりなのだろうか。もしかすると、逃げようと背中を向けた瞬間に突撃で蹂躙するのかもしれない。
どのみち、ユウに逃げ場はなかった。
絶体絶命の窮地に、招かれざる客が飛び込む。
違う――招かれながらも来なかった一人が、逆境を覆そうと立ちはだかっていた。
――リオンだ。
今にも泣き出しそうなほどに顔を歪めて、引けた腰を気にも留めず、両手を広げてホワイトに立ち塞がる。
そうだ。リオンはそういう人間だった。自分のためではなく、誰よりも人のために頑張ってしまうのだと、知っていたはずだというのに忘れてしまっていた。
ポップな電子音が鳴る。
歌声は響き渡り、ホワイトと相対した。
ホワイトがくずおれる。討ち果たした死神現象と同様に、砕けた鎧から砂塵めいた煙が立ち昇っていた。既に虚無へと消えゆくだけの存在。
ぐしゃり、巨躯と駿馬が倒れる。
――こうして、真の意味でユウ達の死神現象退治は、本格的に始まったのだった。
死因は『■■』。■■■からのヘッドハンティングで■■卒業後は■■■■系の会社に就職したが、一番■■■ゆえに仕事の皺寄せを食らい、そのうえ大人しい性分から断ることもできず、■■による■■で■■してしまった。その影響で死後も好きだった■■関連を忌避している他、■■■■的な側面が色濃く残っている。