第5話
文字数 2,468文字
朝だけに留まらず、その日は一日中が散々なものだった。
眠気のせいで授業中を上の空で過ごし、トキオに脇をつつかれたのも一度や二度ではない。昼の購買戦争には乗り遅れ、トキオに恵んでもらったほどだ。
一日が終わる頃には、大きな溜め息を漏らすまでに落ち込んでしまっていた。
先生――音枝レンリと言われると、別の事柄が連想される。
だが先生として呼び出されたのであれば、生徒として従わないわけにはいかない。
手を振り返して、ユウは屋上階段へと向かった。
……新瀬学園高等部の屋上は、珍しいことに解放されている。
こんなところにも非日常は転がっていたのかと、普段通らない廊下を彷徨い歩きながら、屋上前の踊り場へと到着した。
しかし、音枝レンリはそこにいなかった。
使われなくなった古い机と椅子が乱雑に積み上げられているばかりで、人影は微塵も見当たらない。
屋上の際、グラウンドを見下ろすようにして、音枝レンリが小さく歌っていた。
その横顔が……どうしようもなく切ないものに見えた。
それについては、一つずつ解説します――まずは学園都市に関して。
この新瀬学園都市の外……正確には海の向こうや大橋の先はイミテーション、偽物です。風景だけの幻。舞台装置の描き割り、と言ってもいいかもしれません
ミチルも後押ししたその言葉を受けて、ユウも視線を町の向こうに広がる海へと投げかけるが、どう斜に見てもイミテーションだとは思えなかった。
だからこそ、一切疑問に思わなかったのかもしれないが。
音枝レンリがこちらを向く。
真剣な眼差しに晒されて、思わずユウは目を逸らしてしまった。
撫木さん、茶化さないでください。
とはいえ、非現実的な話であることは認めます。私がバーチャルシンガーのキャラクターでありながらソフトウェアという物理的な製品であるために、特別な力を得て、電子情報と有機情報の狭間に仮想世界を築けるに至りました
……ミチルとムツハは既に知っていたのか、ばつが悪そうに所在なさげにしている。他の二人、リオンとダイキはといえば、信じる・信じないの天秤が信じたくないに傾いたような、不安感が顔から滲み出ていた。