お酒は飲んでも飲まれるな
文字数 4,167文字
学校が冬休みに入り、半ニート生活を送っている真琴は、今日も昼からゲームをしていた。
プレイしている物は最新のゲームソフトではなく、一昔前に流行ったアクションゲームだ。
一昔前ということで、中古ゲーム屋で買ったそのゲームはかなりの破格で買うことができた。
当時五千円以上した物が、今では五百円以下で買えるというのは、時の流れというものをリアルに感じさせてくれる。
しかし、値段は変わっていたとしても、そのゲームの面白さが変わるわけではない。
真琴はそのゲームを懐かしみながら、誰も気にすることなくのびのびとプレイしていた。
「真琴さーん、宝玉でましたかー? いくら狩っても全然ゲットできないんですけどー」
「僕はもうとっくに出てるぞ」
「えぇー!? 何ですかそれ! チートですか!?」
ココは部屋のドアを開けて、愚痴と共に入室してくる。
ココがプレイしているのも真琴と同じゲームソフトであり、どうやら確率に苦戦しているようだ。
この様子からだと、恐らく十周くらいはしているだろう。
「宝玉って尻尾から出やすいみたいな噂があったぞ。現に僕も尻尾から剥ぎ取れたし」
「そんな! 私の武器ハンマーなんですけど、どうやって尻尾切ればいいって言うんですか!」
「いや、武器変えろよ」
「私にはハンマーしかないんです!」
ココは効率の悪い方法で周回していたらしく、それを今更伝えられたことに怒りを感じていた。
そして、自分には出来ない方法だと分かると、更に怒りをあらわにする。
自分の好きな武器以外は使わないという、職人にも似たポリシーだ。
「お姉ちゃーん。お客さんが来てるなのー」
「あ、はーい。今行きますー」
ヒートアップしそうなところに丁度、針の穴のようなタイミングで、来客のお知らせが届く。
ゲームで怒っている時の人間は、なかなか静められるものではない。
このような天運による強引なものでしか、ココの愚痴を止めることはできなかった。
「お待たせしまし――って、あんたですか」
「おはようなのです。ドラちゃんはいますか?」
ココがドアを開けた先にいた客人とは、リエルの事だった。
どうやらサンドラに用があるらしく、チラチラとサンドラを探している。
「リエル、どうしたなの?」
「この前ドラちゃんと遊ぶ約束をしてたのです。遊びに来たのですよ」
「あー、そういえばしてた気がするなの」
「うっ、ちゃんと覚えててほしいのです! 昨日は楽しみで眠れなかったのですよ」
サンドラとリエルの間に明確なモチベーションの違いがあったが、約束をしていたのは本当のようだ。
「それで何をして遊ぶなの? うちにはゲームくらいしか無いなの」
「うーん、ゲームは苦手なので、お喋りとかしたいのですけど」
集まっても何をするか決めていなかったため、かなりグダグダな状況である。
真琴家の唯一の娯楽であるゲームも、リエルにはハマらなかった。
「まぁ、玄関で話すのもアレですから、中に入ったらどうですか?」
「じゃあお言葉に甘えて、お邪魔しますのです」
リエルはペコリと一礼してから、真琴家に入る。
リエルとサンドラが遊ぶとしたらリビングだが、やはりリビングにはゲームしか遊べそうな物はない。
「あれ? これって何なのですか?」
「あぁ、それは福引で当てたワインです。飲みたかったらどうぞ」
「ロマネ・コンティってやつですか?」
「そんな高級な物じゃないです。普通の安いやつですよ」
リエルの目の前には新品のワインがあった。
特にワインが好きなわけではないリエルだが、実物を目にすると、やはり興味を持つものだ。
「どうせなら開けるなの」
サンドラは戸惑うことなく器用に栓を抜く。
そして、普通のマグカップにそのワインを注いだ。
ワインを嗜む者からしたら、かなり不格好な飲み方であるが、ここには誰も咎める者はいない。
「うわぁ、イエス様の血なのです」
「深みが素晴らしいなの」
二人は久しぶりに味わうワインに、舌鼓を打つ。
福引でゲットできるような安いワインだったが、味に関しては気分でカバーだ。
ゆっくりと香りを楽しみながら飲むはずであるワインも、少し時間が経つと半分まで減っている。
「ドラちゃん、そんなガブ飲みして大丈夫なのですか……?」
「これが通の飲み方なの」
「なるほど……勉強になったのです……」
ワインをグビグビと飲んでいるサンドラ。
まるで水でも飲むかのような勢いだった。
リエルもかなりのペースで飲んでいたが、それが霞んでしまうほどのペースである。
それによって、サンドラは謎の大御所感を醸し出しており、明らかに間違った情報であっても信じさせるほどの力を持っていた。
リエルも、冷静に考えれば気付けるはずが、鵜呑みにしてしまっている。
「……なんか酔ってきちゃったなの」
「はぅ。やっぱり悪魔って早いのですね」
「うぅん……」
サンドラは、通常では有り得ないような速度で酔いが回った。
顔も少しだけ赤くなっており、ぐてんと座椅子の背もたれにもたれかかる。
「は、はぅぅ!? ドラちゃん! どうしたのですか!?」
リエルは驚嘆と興奮の混じった声をあげた。
座椅子に座っていたサンドラが、四足歩行でリエルの元まで移動し、リエルの小さな膝に頭を預けてきたのだ。
つまりリエルがサンドラを膝枕しているという状況である。
リエルからしたら願ってもない状況だが、突然訪れた時は、喜びよりも困惑の方が勝ってしまうものであり、今回もその例外にはならない。
「と、とにかく誰か呼んだ方が……! ココー! いますかー!」
「はぁー!? 嘘ですよね!? なんで宝玉出ないんですか! 何周したと思ってるんですか、このハンターは!」
「くっ……話しかけちゃいけない雰囲気なのです……」
リエルは、サンドラが何かおかしいと判断して、助けを呼ぼうと辺りを見渡す。
一番に姉であるココを呼ぼうとしたが、どうやら今は取り込み中らしい。
機嫌が悪い時のココはかなり危険だ。
触らぬ神に祟りなし――である。
「少年――は期待できないのです……」
万事休す。もう打つ手がない。
たとえ真琴をここに呼んだとしても、サンドラには触れられずに終わるだろう。
リエルは反射的に頭を抱える。
「意外と筋肉質なの……」
「はぅ!? ごめんなさいなのです!」
サンドラは、リエルの助けを呼ぼうとしている時でも決して膝だけは動かさないというプロ意識によって、じっくりと膝枕を味わっていた。
サンドラからの評価は筋肉質――というものである。
高確率でマイナスだと理解したリエルは、これもまた反射的に謝ってしまう。
痩せ型であるリエルには、どうしようもない問題だった。
「うぅん」
「はぅ!? ボクの服は食べ物じゃないのですよ!」
膝枕に満足したサンドラは、続いてリエルの服を噛み始める。
お腹が空いているのか、甘えているのかは分からないが、リエルを混乱させるのには十分すぎるほどだ。
「か、体に悪いのですよ、ドラちゃん!」
ひとまずリエルが優先したことは、サンドラを服から離すことだった。
単純にサンドラの体を心配したためである。
「ぺろり」
「ひえぇぇぇぇ!?」
しかし、サンドラは抵抗するように、リエルの指を舐めた。
リエルはビクッと反応して手を引っ込める。
「くっ……このままじゃマズイのです……」
史上最大の敵を相手にしてしまったリエルは、遂にサンドラを止める決意をした。
このまま、サンドラとのじゃれつきを楽しもうか――という邪心もあったが、お酒の力を借りたなら意味が無い。
「騒がしいですねー。どうしたんですか」
「ココ!」
そんなリエルの覚悟を後押しするように、奥からココがゲーム機片手にやって来る。
いつもはそこまで仲良くないが、今だけは救世主のように感じられた。
「よく来てくれたのです! 宝玉は出たのですか!」
「はい、やっと出ましたね。しかも二個同時に」
「うわぁ、ゲームあるあるなのです――じゃなくて、ココ! 助けてほしいのです」
ココは確率の収束を迎えたらしい。
話を聞く限り、かなり精神にくる収束の仕方だったが、リエルからしたらどうでもいいことだ。
少し同情してしまったくらいである。
「あー、サンドラが悪酔いしてますね」
「どうにか止めてほしいのです! ボクの理性がちょっとでも残っているうちに!」
「……なんかリエルが加害者みたいなセリフですけど。まあいいでしょう」
えい――と、ココがサンドラを引き剥がす。
リエルが苦戦していた時とでは考えられないほど、簡単にサンドラは分離した。
「……ちょっと眠いなの」
「一気飲みするからですよ、サンドラ」
サンドラは両脇に手を入れられ、隣の部屋に運ばれている。
リエルの中には少しだけ喪失感が生まれたが、今更引き戻すわけにはいかない。
しばらくして、リエルのいた部屋に戻ってきたとはココ一人だった。
「災難でしたね、リエル」
「いやいや、楽しめたのでオッケーなのです」
「ん……? どういう意味――いえ、聞かないでおきましょう」
ココは、リエルの意味深な発言に引っかかりを覚えるが、ある程度察してゲームに戻る。
これも、触らぬ神に祟りなし――だ。
「…………」
そしてリエルは、ココが部屋に戻った事を確認すると、サンドラがいる部屋へと向かった。
「ドラちゃん、寝ちゃってるのです」
その部屋にいたサンドラは、一枚の薄い布団を身にまとい、すやすやと赤ん坊のように眠っている。
「……お邪魔しまーす……」
そこで、ちょうど良い眠気に誘われたリエルも、サンドラの隣に潜り込んだ。
サンドラから伝わる熱を感じながら、リエルは眠りに落ちる。
真琴がこの二人を発見するのは、それから数時間後だった。