明けまして隣人愛

文字数 2,797文字


「明けましておめでとうございます」

「明けましておめでとうなの」

 真琴がリビングに入ると、そこにはココとサンドラがいた。
 ココはテレビから一旦目を離し、正座の状態で手をついて挨拶をする。
 一月一日からかなり気合の入っている様子だ。

「あぁ、おめでとう。今年もよろしく」

 あけおめ、ことよろ、と新年の恒例行事。
 これで真琴も年を越したと実感がわく。
 これが無かったら一年が始まったという気がしない。いわばルーティンのようなものだった。

「まことー、お年玉いくらくれるなの?」

「ん? ごめんドラちゃん、言ってることが分からないや」

「むむ、とぼけても無駄なの。ポチ袋はちゃんと用意してるから、心配しなくていいなの」

 しかし、新年一発目から真琴をブルーにさせるサンドラ。
 その手には二つのポチ袋があり、決して真琴を逃がさないという気持ちが見て取れる。

「僕だって貰えるはずなのに……もうあげる側に回ってしまったというのか……」

「大人になったということなの」

「真琴さんも立派になりましたね」

「くっ……お前らは僕の何なんだ」

 真琴も観念したようで、渋々サンドラからポチ袋を受け取った。
 こうなってしまったら腹を括るしかない。
 真琴が買おうと思っていたヘッドホンは、まだまだ先になりそうだ。

「お礼といっては何ですが、お雑煮を作ってますので一緒に食べましょう」

「おお、なんか元気が出てきたよ」

 少し落ち込んでいた真琴だったが、ココの粋な計らいによって元気を取り戻す。
 こういった季節限定のようなメニューは、そんなに好きでなくても食べたくなるものだ。

「まことー、うにょーん」

 サンドラは一足先にお雑煮を食しており、餅がどこまで伸びるか真琴に見せつけている。
 記録はなかなかのものだったが、素直にどう反応していいか分からない。

「すごいすごい、ドラちゃん」

「……なんか適当なの。まこともやってみるなの」

「いや、僕は……」

「用意できましたよー」

 結局サンドラへの対応は少し適当なものになってしまった。
 そこそこの記録だっただけに、サンドラは不満そうにしている。
 そして、そのせいで無茶ぶりまで受けることになった。

 なんとかして誤魔化そうかとも考えたが、ココの迅速な準備によってその可能性も消える。つまり、逃げられないということだ。

「う、げふっ! ……ごめん、無理だった」

「情けないなの」

 真琴はダメ元で試してみたものの、まさかの記録なしという結果に終わった。
 餅を意図的に伸ばすというのは、初めての試みであり、変に記録を出そうとしての失敗である。

「どうしたんですか、真琴さん。もう餅を食べるのに命懸けな年齢になってしまったのですか」

「いや、まだまだ十代だよ」

 その真琴の残念さは、ココから皮肉らしきものを言われるほどであり、サンドラも呆れているほどだ。
 かなりお先真っ暗な一年の始まりになった。

「まぁ、普通に美味しく食べようぜ」

「その通りなの」

 真琴はこれ以上辱めを受けないよう、普通にお雑煮を食べ始める。
 その味はやはりメイド・イン・ココといった味で、丁度よくなおかつ真琴好みの濃い味に仕上がっていた。

「……なんか妙に美味いな」

「唯川さんに教えて貰ったんですよ。あ、貰ったといえば、唯川さんに貰ったミカンもありますよ」

「あいつ凄いな……今度お礼言っとこ……」

 真琴家の太いスポンサーになっている唯川家だった。
 これには、流石の真琴も感謝せざるを得ない。

 勉強面では真琴、家庭面ではココ、そしてサンドラはよく唯川に遊んでもらっている。
 もはや唯川家に支配されていると言っても過言ではないだろう。

「うーん、甘いですね」

「素晴らしい甘味なの」

「酸っぱ……なんで僕だけ……」

 唯川から貰ったミカンもかなり美味らしく、冬という季節もマッチしてココとサンドラはとても満足そうだ。
 真琴は残念ながらハズレを引いてしまったが、それでも通常のハズレと比べると、唯川のミカンが別格だと分かる。
 間違いなく一個が数百円ほどする物だった。

「唯川さんには教会で会えますから、この恩を返さなくちゃですね」

「返すって言ってもなぁ、何かいいのあるか?」

 ここまでされた以上、真琴たちも唯川にお返しをするというのが道理だが、肝心な何を贈るかが思いつかない。
 真琴たちが手に入る物なら、唯川であれば簡単に手に入るはずだ。
 どうせなら喜んでもらえる物を贈りたい。

「ドラゴンのお肉なら、唯川さんでも手に入らないのではないでしょうか」

「却下だ。唯川がびっくりするだろ」


「結婚指輪なんてのはいかがなの?」

「却下。僕はそんなに洒落た奴じゃないし、唯川に怒られる」

「却下です。真琴さんの結婚指輪は私の物ですから」

 やはりお返しはなかなか決まらなかった。
 一般人(雄貴など)が相手ならここまで困らないだろうが、唯川というのが本当にタチが悪い。

 唯川ならあまりに高そうなのは受け取らない可能性がある。
 つまり、丁度いい品物でないといけないのだ。

「やっぱり、変に買うよりかも手作りが一番良いんじゃないですか?」

「……確かにそれも一理あるな」

「唯川の喜ぶものは、多分買ったりするものじゃないなの。大事なのは気持ちなの」

「なるほど。唯川の好みと僕たちの気持ちを表すとしたら――」

 この話し合いの結論は、今までの悩みが嘘かのように出すことができた。


************

 新年初めての礼拝。
 そこにはやはり唯川がいた。
 真琴はこれまでの教会生活の中で、唯川が遅れてきたことなど見たことがないが、今年もそれは健在なようだ。

「明けましておめでとー、真琴くん」

「おめでとう、唯川。ミカンとか色々ありがとな。それで、そのお返しなんだけど」

「あぁ、気にしなくていいのにー。沢山あっただけだから」

 唯川はいいよいいよと首を振る。
 しかし、義理堅い真琴の前では関係ない。

「まあまあ。本当にいらなかったら、断ってくれても構わないから」

「う、うん……? 何くれるの?」

「一時間ドラちゃんを自由にできる券だ」

「いる!」

 唯川は真琴が片手に持っていた、綺麗に折りたたまれている紙を、目には見えない速度でゲットした。
 そして、その一万円札より価値がある(唯川感覚)であろう紙は、まるでチャージしたてのプリペイカードかのように財布の中へとしまわれる事になる。

 その後、唯川と目が合ってしまったサンドラは、生きながら蛇にのまれるカエルの気持ちを理解したと思ったのだった。


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