きよしこの夜
文字数 6,111文字
「メリークリスマスですね、真琴さん!」
「プレゼント楽しみなの」
普段より太陽が照りつける朝。
布団にくるまっていた真琴の部屋へ、ココとサンドラがドアをぶち破らん勢いで入ってきた。
「プレゼント……? なんだそれ、食べ物か?」
「とぼけても無駄ですよ。せめてプレゼントという概念だけは知っててください」
真琴のすっとぼけ作戦も見事に躱され、どうしても逃げにくい状況になった。
よりにもよって、ここは真琴の部屋であり脱出経路がドアか窓しかない。
そのドアもサンドラによって塞がれている。
ということは、窓からしか逃げることが出来ないが、そんなアクションゲームのような事は出来るはずもなかった。
「……分かった分かった。何が欲しいんだ?」
「全自動麻雀卓です」
「少しは遠慮しろ。地味に高いのチョイスしてんじゃねえ」
ついに観念して願いを聞いた真琴だったが、それを叶えることは到底出来ない。
ギリギリの生活をしている真琴家にとっては、全自動麻雀卓はかなり痛い大出費だ。
致命傷とも言える。
「じゃあ、ケーキが食べたいなの」
「ケーキか……。それなら何とかなりそうだな」
サンドラが要求したのはケーキだった。
食べる事が好きなサンドラらしいと言えば、かなりサンドラらしい。
去年の真琴のクリスマスは、ケーキを食べることなく終えてしまったので、今年こそはというのもある。
「良いですね、ケーキ!」
「決まりだな。どこの店のケーキが良い?」
ケーキを買うというのは満場一致で決まった。問題なのはどこでケーキを買うかだ。高いものから安いものまで幅広くあるが、正直真琴には味の違いが分からない。
「自分たちで作りたいなの」
「あ、賛成です!」
「おいおい大丈夫なのか……?」
そして、それに対する答えは、自分たちで作るというものだった。
店で売っているものは必ず最低限の味の保証がされているが、ココやサンドラが作ったものとなると、どんな風になるか検討もつかない。
ココは料理などの練習をし始めてから、かなり腕が上達したと言える。
既に真琴の料理の腕前は超えており、グルメなサンドラでさえ舌を巻くほどになった。
しかし、それは料理の話であって、料理とケーキ作りは比例しないはずだ。
ましてやサンドラがいるため、ケーキが完成するまでに、どれほど材料が残っているのかすら問題になってくる。
「サンドラは縄で縛り付けておけば大丈夫でしょう」
「むぅー、信用されてなさすぎなの」
「そりゃそうだろ」
どうやらココは、サンドラ対策に縄で縛り付けるという原始的な手段を取るようだ。
簡単でなおかつ効果的だと判断したのだろう。
サンドラは不満そうだったが、これまでの前科があるため我慢してもらうしかない。
「まあケーキを作るとして、材料を調達しないといけないな」
ケーキを作るにあたって、真琴がまず最初にしなければならない事は、材料の調達である。
現在真琴宅にはケーキの材料と呼べるものは、砂糖くらいしかなかった。
「それじゃあ買い物に行きましょう。真琴さん、準備はできましたか?」
「いや、できてるわけないだろ。まだパジャマだよ。というか、ココがパパッと行ってくるのじゃ駄目なのか?」
ココの早すぎる準備に、真琴はまだついていけていない。
そもそも、真琴まで行く必要があるのか。
それを口にすると、ココは信じられないというような顔をする。
「な、何をおっしゃるのですか、真琴さん!? こんな寒い日に女の子一人で買い物に行かせるなんて、そういうプレイですか!?」
「どういうプレイだよ。しかも今日寒くないし」
「いやいや、寒いですって。外はホワイトアルバム戦の時みたいになってますよ」
「な、なに!? ここら辺にギアッチョがいるっていうのか!?」
「ということで、まことも一緒に行くなの」
ココいわく、外は限りなく寒くなっているらしい。一人で外にも行けないような寒さとは、どのような寒さなのか想像もできないが、ホワイトアルバムとなれば納得だ。
真琴は仕方なく外出の準備を始めた。
******
「はぁー、今日は暖かいですね!」
「素晴らしい天気なの」
真琴たちが外に出ると、空は抜けるような青さに澄み切っていた。
「ああ、本当だな。――おい、ホワイトアルバムはどうした? ギアッチョはどこに行ったんだ?」
「多分ミスタさんとジョルノさんが倒したんでしょうね」
「なるほど――って、それで納得できるか」
ココの情報である寒さは一切なく、逆に暖かくて気持ちいいくらいだ。
真琴は途中で帰ろうかとも思ったが、折角着替えたので最後まで付き添うことになってしまう。
「さ、細かいことは気にせずにいきましょう」
「レッツゴーなの」
「……しょうがないな」
真琴たちが向かったのは、近所のスーパーマーケットだ。
安くて品揃えも良いという、庶民からしたら革命的な場所。
真琴たちも、勿論このスーパーマーケットの常連客である。
「スーパーまでクリスマス仕様だな」
見慣れたスーパーマーケットであっても、今日はクリスマスなため、その波に乗っかるように飾り付けされていた。
少しだけ真琴たちのテンションも上がる。
「サンドラ、余計なものは買わないでくださいね」
「分かったなの」
「全自動麻雀卓は余計なものじゃないのか?」
「そりゃそうですよ」
サンドラは、入店する前にココから警告を受けてしまう。
真琴がサンドラのおねだりに耐えられないと、ココは分かっていたからだ。
油断していると、有り金全部使ってしまうほどの魔力を持っている。
「何を買えばいいか分かってるか?」
「もちろん! ちゃんとメモってますよ!」
ココは折りたたまれていたメモをポケットから取り出す。
それには、綺麗な字で必要な材料が書かれている。
「まずは生クリームですね」
「あぁ、それって混ぜる時に大変なやつだよな。誰が混ぜる係やるんだ?」
「…………」
「…………」
ココとサンドラはお互いを見つめ合う。
露骨にやりたくなさそうな雰囲気だ。
そして、二人の目は迷いなく真琴に向けられる。
「……僕がやるよ」
真琴は、無言の圧力に耐えることができなかった。
何かしら話し合いがあればいいものの、それすら与えられない。
言葉一つ交わすことなく勝負は決着する。
「ヒュー! 流石真琴さんです!」
「まことは男らしいなの」
妙に機嫌が良くなったココとサンドラは、真琴の手を取り、その手を挙げた。
ボクシングの勝者コールのような光景だ。
「あ、レシピによると、生クリームは二箱必要みたいですね」
「労力が二倍になったなの?」
「多分そうですね」
「おいおい、マジかよ……」
真琴の挙げられていた手は、力を失ってヘナヘナと落ちる。
これからの苦労を予感してだろう。
真琴もホイップの経験はあるが、その時の腕の疲れは今でも覚えていた。
「さて、後は小麦粉と牛乳と苺ですけど、意外と材料は少ないみたいですね。これだけで良いみたいです」
「へぇ、もっと使うと思ってた。十種類くらいのスパイスとか入れたりして」
「それはカレーの間違いなの」
残りの小麦粉と牛乳で、ケーキの基本的な材料は揃う(苺はデコレーション用だ)。
ココや真琴の予想以上に材料は少なかった。
「これだけでケーキって作れるもんなんだな。まあ、カラメルソースみたいなものか」
「カラメルソースって砂糖を焼くだけですもんね。もっと熟成したりするのかと思ってましたし」
ココと真琴は、イマイチ分かりにくい理論で、材料の少なさに納得する。
もうちょっと複雑なプロセスを踏みたくてがっかりしたのだろう。
「じゃあ買って帰りますよー」
「楽しみなの」
三人はパパッと買い物を済ませて帰宅したのだった。
*****
「よし、これで安心ですね」
「ここまで信用されてないと、逆に悲しくなるなの」
ココの手によって、サンドラは柱に縛り付けられる。
ケーキが出来上がるまでは、絶対に動かさないという気持ちが表れていた。
「まあまあドラちゃん。ちょっとの辛抱だからね」
いつもならサンドラを助けるであろう真琴も、今日ばかりは助けることは出来ない。
サンドラを自由にさせていたら、ケーキの命が危ないということを知っているからだ。
といっても、このまま縛り付けておくのも可哀想なので、誰かがずっとサンドラ番をしなくてはならない。
もしくは、サンドラのリーチが届かないギリギリで作業するかである。
ひとまずは、真琴がサンドラ番をすることになった。
「まことはお姉ちゃんのお手伝いをしなくて大丈夫なの?」
「うん。手伝おうと思ったけど、しないほうが良いらしい」
真琴は作業に集中しているココをチラッと見る。
スマートフォンの画面と睨めっこしながら、たどたどしく手を動かしていた。
真琴も手伝おうとしたが、極限まで集中しているココにとっては、一人の方がやりやすいらしい。
簡単に言うと戦力外通告だ。
「僕もクリームを作るまでは暇だから、これで仲間だね」
「ねぇ、まこと……。この縛り付けてるのを外してほしいなの……おねがい」
「ぐっ……ごめんよ、ドラちゃん……。僕も助けてあげたいけれど、これを外したら僕は戦犯になってしまうんだ……」
ここでサンドラのおねだりが発動する。
可哀想な状況も相まって、ついつい真琴の手が縄を外そうとしてしまうが、何とか理性で耐えた。
鬼のメンタルを持ってしても心が痛い。
恐ろしい技だ。
「まこと……助けて……」
「ぐぐ……ちょっと待っててくれ……」
真琴の心が揺らいでいるところを見てチャ ンスだと思ったのか、サンドラは追い打ちをするように、真琴に助けを求めた。
しかもそれは、真琴が丁度葛藤している最中。完璧なタイミングである。
真琴は何かを考え、その場を離れた。
「ドラちゃん。苺を持ってきてあげたから、これで勘弁してくれ……」
真琴が持ってきたのは、デコレーション用に買ってきた苺だ。
パックに入っていた中で、一番大きな物がサンドラに献上された。
ココが何も気付いていないところから考えると、真琴がコッソリと盗んできたということが分かる。
「むむ、これで我慢するなの。あーん」
どうやらサンドラは苺で説得できたようだ。
あーん、と大きな口を開けている。
「ありがとう……ドラちゃん」
何故か感謝の言葉を口にして、真琴は苺をつまんでそれをサンドラの口に近づけた。
サンドラはパクッと真琴の指ごと食いつき、唇の圧力で苺を奪う。
「うーん、甘くてジューシーなの。あれ? まことの顔が苺みたいに真っ赤なの」
「か、からかうんじゃない……!」
サンドラいわく、かなり苺は美味しいらしい。
これなら味見ということでココも納得してくれるだろう。
「真琴さーん。出番ですよー」
作業に集中していたはずのココから、不意に声がかかる。
真琴の出番ということは、遂に生クリームをホイップする時が来たということだ。
「フッ、やっと僕の出番か」
「なんでスカしてるなの?」
真琴は大御所感を出してスッと立ち上がり、ココから生クリームと泡立て器を受け取った。
後方からサンドラの冷静なツッコミが入るが、真琴はそんなことを気にしない。
「真琴さーん、頑張ってくださーい」
「頑張ってなのー」
真琴は現在サンドラから離れた場所で作業しており、サンドラ番はココに変わっている。
正直に言うと、声援より応援が欲しかったが、一人で引き受けてしまった以上、そのような真似はできなかった。
男のプライドというやつだ。
真琴は腕の痛みに耐えながら、掻き回し続ける。
******
「うん、スポンジケーキもいい感じですね」
「お、やっとか」
「そろそろ外してほしいなの」
焼きあがって冷ましていたケーキが、丁度食べれるくらいになった。
それと同時にサンドラを縛り付けていた縄も外す。
久しぶりに封印から解かれたサンドラは、自由を喜ぶように背筋を伸ばしている。
「自由って素晴らしいなの」
「後はクリームを塗りたくるだけだな」
「サンドラもやってみますか?」
「やってみるなの」
発案者でありながらも、何もやらせてもらってなかったサンドラは、最後の最後で大役を請け負った。
まずは三段にスライスされたスポンジケーキの間にクリームを塗る。
それが終わると表面のコーティングだ。
側面に塗るのは苦労していたが、それも器用に対応する。
途中から鼻歌交じりで、楽しそうに作業していた。
「よーし、最後に苺を乗っけましょう。……あれ? ちょっと少なくなった気がしますけど、何か知りませんか?」
ココはクリームを全部塗り終えた事を確認すると、苺をデコレーションするために買い物袋を手に取る。
そして、買ってきた苺を見ると、引っかかるような違和感が生まれた。
「さ、さぁ……気のせいじゃないか……?」
モロに心当たりがある真琴は、気のせいということで穏便に済ませようと誤魔化す。
サンドラも真琴と同じ気持ちだ。
ココにバレてしまったら、二人が罰を受けることになるため、手を組むしかない。
「天使の取り分ってやつだと思うなの」
「……それって、ワインとかウイスキーを作る時に起こる現象じゃないですか。というかサンドラ、よく知ってましたね」
よく分からない――少し苦しいくらいの誤魔化し方をしたサンドラだったが、今回は奇跡的に功を奏したようだ。
ココは消えた苺よりも、サンドラの博識の方に気を取られている。
真琴からしたら、対応できているココにも驚きだが、今はそんな事を気にしていてもしょうがない。
「まぁ、多分気のせいでしょうね。お騒がせしました」
「おう。全然大丈夫だよ。ね? ドラちゃん」
「うん。気にする必要なんてないなの、お姉ちゃん」
「あ、ありがとうございます。なんか二人とも妙に優しいですね」
なんとかやり過ごすことに成功した真琴とサンドラは、多少の罪悪感からか知らず知らずの間に優しくなっていた。
勘のいいココはその違いに気付いたが、特に困ることもないため深追いすることはない。
「それじゃあ、三等分にして食べましょうか」
「やっとだな」
「いえーい、なの」
三人は早速出来たケーキを三等分に分ける。
真琴が、その日の晩御飯をギブアップしてしまったのは別のお話。