とある一日

文字数 3,342文字


「ドラちゃん、大丈夫か?」

「うーん……大丈夫なの……けほけほ」

 少しずつ春の暖かさを取り戻しているかのような朝。
 真琴とココは、布団の中で風邪と闘っているサンドラの隣にいた。
 現在は微熱と言える段階であり、冷却シートをおでこに貼り付けて様子を見ている。

「ココ、悪魔って風邪引いても大丈夫なのか? 免疫がなかったりして大変になりそうだけど……」

「あぁ、心配されなくても大丈夫ですよ。一日もあれば治りますから」

「そうか……ならよかった」

 ココいわく、一日もあれば治るとのこと。
 どうやら悪魔の治癒力は想像以上に高いらしい。
 血まみれの怪我がすぐに治った事からも納得だ。

「それで、礼拝はどうする? ドラちゃんの看病が必要だから、ココは家にいた方がいいか」

「ううん。私のことは気にしなくていいなの」

「え? いいのか?」

「私はここで寝てるから大丈夫なの。遠慮なく愛餐会に行ってほしいなの」

「いや、愛餐会というより、メインは礼拝だけど……」

 愛餐会と礼拝の順位が逆転しているサンドラだった。
 どうやら看病は必要ないようで、冷却シートも自分で取り替えている。

「それじゃあ、教会の帰り道に何か買って帰りましょう。それでいいですよね? サンドラ」

 うん――と、サンドラが頷く。
 交渉上手なココだった。

「よし、じゃあ今日は二人で教会まで行きましょうか。それで、帰りには二人でショッピングをして……あれ? これってデートですか?」

「違うわ」

 そんな事を言いながら、ココと真琴は教会へと向かう。
 サンドラへの心配はまだ残っていたが、おかゆを二杯完食するほどなので、恐らく大丈夫だろう。


*****


「えええぇぇ!? 大丈夫なの!?

 礼拝が終わると、真っ先に飛んできたのは唯川だった。
 その理由は単純であり、サンドラがいなかったからである。

 そして、ただの風邪と説明したのにも関わらず、唯川の反応はまるで不治の病かのようなものだ。

「お見舞いに行ったほうが良いよね!? ネギとニンニクって、どっちがいいんだったっけ!?

「落ち着け唯川。らしくないぞ」

「神様……どうかドラちゃんを助けてあげてほしいのです……」

「リエル、多分そんな泣きながら祈るほどの状態じゃないと思う」

 混乱する唯川に、懇願するリエルだった。
 唯川はいつものような冷静さはなく、リエルに至っては涙を流している。

「ただ、ドラちゃんも待ってるだろうから、今日は早めに帰るよ」

「そっか、残念だね。今日はカレーだったのに」

「おっふ、本当に残念だ……」

 礼拝の後は愛餐会があったが、サンドラのため、真琴とココは涙を飲んで欠席する。
 カレーという言葉に、真琴の言葉が一瞬だけ揺れ動くも、なんとかギリギリ持ちこたえた。

「ココちゃん、ドラちゃんをお願いね。真琴くんじゃ心配だから」

「任せてください、唯川さん! 巷ではナイチンゲールと呼ばれていますから!」

「呼ばれてねぇよ」

「ちなみに真琴さんはアスクレピオスと呼ばれています」

「僕は医術の神だったのか!?

「それじゃあ、アスピリクエタと呼ばれています」

「その人はサッカー選手だろ! もう医療関係なくなってるじゃねぇか!」

 恐ろしく重い称号を背負っている二人だった。
 唯川の中に、ほんのわずかだが不安が生まれる。

「うーんと……風邪の時は水分と睡眠時間をしっかり確保してあげなきゃだよ。ビタミンCがあればもっと良いらしいから」

「お、おう。助かるぜ、唯川」

「ううん、私が出来るのはこれくらいだからねー。本当はお見舞いに行きたいけど、騒がしくしちゃったら悪いから」

「そうだな……うつしたら悪いし、大助かりだよ」

 唯川は、知識の乏しい真琴でも理解できるほどの対処法を教えてくれた。
 そして、睡眠時間と水とビタミンCなら、真琴であっても用意することができる。

「睡眠時間は確保できてるから、あとは水とかビタミンCか」

「買って帰ってあげましょう」

「気をつけてねー」

 手を振っている唯川とリエルに見送られながら、ココと真琴はスーパーマーケットへと向かう。
 その後ろ姿は、やはり頼りないものだった。


*******


「ビタミンCってなんだ?」

 無事にスーパーマーケットに着いた真琴とココ。
 そこで買い物をしていると、一つの疑問が生まれた。

「えっと、野菜とかに入ってるやつじゃないでしょうか」

「うーん、それはなんとなく分かるけど、何を買えばいいんだ? サプリメント……ってのはちょっと違うだろ?」

 ビタミンCという単語は、普段からテレビ番組でも取り上げられているほど有名ではあるが、肝心の何に多く入っているか、というものを把握しきれていない。

「サプリメントならサンドラも食べないと思いますから、形ある物の方がいいですね」

 サプリメントは正解ではない――ここで二人の意見は一致した。
 何でも見境なく食べようとするサンドラだが、その少ない好き嫌いの中でも薬系統が目立つ。

 もちろん他の食材に紛れ込ませていれば、サンドラに気付かれないまま投薬が成功するのだが、それは騙すようで気が引ける。

「そういえば、お見舞いではフルーツを贈るイメージがあります。特にバナナとかリンゴとかメロンとかですね」

「フルーツか。それならビタミンCも入ってそうだし、サンドラも好きそうだな」

「あ、イチゴって果物みたいですけど、分類的には野菜らしいですよ」

「へぇー、タラバガニがカニじゃなかったみたいな感じか?」

「……え!? タラバガニってカニじゃなかったんですか!?

 総合的に考えた結果、買って帰る物はフルーツに決まった。
 サプリメントならともかく、フルーツならサンドラも絶対に喜んで食べるだろう。
 物によっては皮ごとパクリといってしまうかもしれない。

「クレヨンしんちゃんの声優さんが、女性だったのと同じくらい衝撃です」

「……それはちょっと違うと思う」

 かなり話が逸れてしまったココと真琴。
 的を射ているようで射ていないたとえは、意味の無い議論を熱くさせる。
 ココと真琴が、不毛な争いをしていると気付くのは、それから五分後のことだった。


********


「ドラちゃん、調子はどうだ?」

「随分良くなったなの……けほ」

 スーパーマーケットからの帰宅。
 サンドラはちゃんと安静にしていたようで、今朝に比べるとかなり楽そうになっている。

「さーて、ナイチンゲールとアスクレピオスからのお見舞い品ですよー」

「恥ずかしいからやめろ。あと、大半は唯川のおかげだ」

「……よく分からないけど、嬉しいなの……けほ」

 サンドラは、ココから手渡されたリンゴを受け取る。
 バナナ、メロン、リンゴの択で迷ったココと真琴だったが、一番安価という理由でリンゴになった。
 どこかでリンゴは医者いらずという話も聞いたことがある。

 そしてサンドラは、そのリンゴを勿体ぶることなく、一口でペロリと食べ尽くす。
 それは、一瞬で胃に到達してしまったため、よそ見をしていたら丸飲みしたと勘違いしてしまうほどだ。

 いつの間にか見慣れてしまい、最近では何とも思わなくなってしまったサンドラの食事だったが、改めて見ると、恐ろしい早業である。

「なんだか元気になった気がするなの」

「かなりの即効性ですね。プラシーボ効果というやつでしょうか」

「悲しいこと言うな、ココ。病は気から、だぞ」

 真琴は、いつもと違って科学的に物事を見るココの考察を止める。

「でも、治りそうでよかったです。……けほ」

「そうだな。唯川とリエルにもちゃんと報告しとくよ」

「あ、よろしくお願いし――げほっ! げほっ!」

「ちょっと待て、おい」

 突如ココに走る違和感。
 真琴はココに体温計を手渡した。

「三十八度!?

 真琴家の風邪は、まだまだ収まりそうにない。

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