お泊まり会は大豪邸?

文字数 5,136文字

「それじゃあ行ってきますね、真琴さん」

「あぁ、気を付けろよ」

 ココとサンドラはお泊まりセット(着替えや歯ブラシなど)を持って家を出る。
 真琴が、今日から唯川宅で、女子限定のお泊まり会があるという話を聞いたのは数時間前だ。
 それに誘われたのは合計で三人。
 ココ、サンドラ、リエルである。

 唯川の家は、これぞ日本お屋敷と言ってもいいほどに立派な家だ。
 三人増えたところで、何も問題はないだろう。
 ココとサンドラが住み出して、かなりギュウギュウになっている真琴とは訳が違う。

 ドアの向こうで手を振るココとサンドラを見送ると、一人になった真琴は軽く背伸びをする。
 久しぶりに自由になれたということが、感覚的に実感できた。

「これで羽を伸ばせるぞー」

 いつも騒がしい二人がいなくなったことにより、ゆったりとした自分の時間を過ごす事が出来るはずだ。
 真琴は、有給休暇を貰った時のサラリーマンのような心境である。

 とりあえず、サンドラの存在によりいつも出来ないでいた昼寝をするため、枕を探し始めた。


*********


「あ! 二人ともいらっしゃーい」

「こんにちは、これから少しだけお世話になります!」

「よろしくなの」

 唯川宅は、真琴宅からなら歩いて来れる距離だ。
 それにほぼ一本道で、迷わずに到着することができた。

 少し緊張しながらインターホンを押すと、木製の門の隙間から唯川が顔を覗かせる。
 こういった見知らぬ場所で知り合いに出会った時の安心感は、普段の数倍だ。

「ちょっと待ってね……」

 唯川は重そうな門をスライドさせて、何とか人が一人分通れるようなスペースを作る。
 ココも手伝ってあげたかったが、何かやらかしてしまった時のリスクを考えると、体が動こうとしなかった。

「お、お邪魔しまーす……」

 ようやく唯川が作ったスペース。
 そこをかき分けるように通ると、様々な種類の木が植えてあった。
 木の名前など一切知らないココだったが、それでもここにある木が普通の木ではないと分かる。
 一見雑に並んでいると思われる木も、色んな計算の結果にある位置なのだろう。

「こっちからだよ」

 唯川のエスコートにより、ココとサンドラは玄関への道を歩く。
 エスコートが必要な広さとはおかしな話だが、このエスコートがなかったら、玄関までの道を探すのにかなり時間がかかっていただろう。

「あ、ちょっと! 何やってるんですか!」

 道中にあった大きい池にいる鯉を食べようとするサンドラ。
 ココはそれを必死に食い止める。
 海にいるような小魚とは違って、こういう魚は一匹が信じられないような値段をする事を知っていた。
 もし弁償をすることになったら、真琴はどんな顔をするだろうか。
 考えるだけでも恐ろしい。

「あはは、餌をあげたいならまた今度ね。もう今日の分はあげちゃったから」

「ご、ご心配なく……」

「残念なの」

 一悶着ありながら、三人はようやく玄関へと到着する。
 かなりの距離があった道のりだったが、ようやくココも一安心だ。
 後は、高そうな骨董品(あるかどうかは分からないが)を壊さないように専念するのみ。ココの頬を一粒の汗が流れた。

(くっ……かなり恐ろしい家ですね。サンドラとリエルが、大人しくしてくれてれば良いんですが……)

 ガラガラという音を立てて扉を開けると、真っ先に目に入ったのは――大きな掛け軸だ。
 墨で押し潰されるほど豪快に書かれている作品。
 行書で書かれているそれは、何の知識もないココからすれば、何という文字を書いているのかすら分からないが、間違いなく高いという事だけは分かる。

「私の部屋はこっちだから」

 この家の広大さに圧倒されて、借りてきた猫のようになっているココとサンドラを、唯川は奥の方に誘導した。
 こういった広い家特有である廊下のツンとする寒さが、ココとサンドラの緊張感を更に増幅させる。
 ココは手を前の方に組んで歩幅が狭くなり、サンドラはココのスカートの端を摘んでいた。

「ここの部屋だよ。ジュースとか持ってくるから、中でゆっくりしててね」

「あ、ありがとうございます」

 唯川に指定された部屋に入ると、中には部屋の真ん中で正座をしているリエルの姿があった。
 借りてきた猫というレベルを遥かに超えている。

「リエル……」

「ココ、ドラちゃん……」

 何故か名前を呼び合う二人。
 この場では、いつもの仲が悪い二人ではない。
 ともに唯川の凄さを見せ付けられた仲間である。

「な、何なのですか、この家は! めちゃくちゃ広いし、めちゃくちゃケーキも美味しかったのです!」

「唯川の部屋だけでも、家のリビングの二倍はありそうなの」

「池にいた鯉一匹で私たちの家賃くらいしそうですね……」

「入場料が必要なくらい凄い家なのです……」

 唯川が一旦いなくなったことにより、三人の口に出せなかった全てが爆発した。
 目に入ってくる物が丸ごと初体験――そう表現してもよいほどの家。
 話はドンドンと弾む。

 普段の唯川はかなり庶民的で(真琴ほどではないが)、愛餐会の時も食事作りに参加するほど家庭的だ。
 理想のお嫁さんが代名詞の唯川が、こんなにお嬢様だったとは思いもしない。
 完全に油断していた三人にとって、脳が処理するまでに要した時間はかなりのものだった。

「おまたせー、ジュース持ってきたよー」

 足で器用にドアを開けて唯川が入ってくる(こういった所も庶民的だ)。
 両手にはジュースと人数分の紙コップが用意されていた。

「わ、わざわざありがとうございます、なのです」

「リエルちゃん……? なんか今日は妙に行儀がいいね」

 均等に注がれた紙コップを両手で受け取るリエル。
 正座のままで両手を添えて飲む――その光景はまるで茶道のようだった。 

「えっ!? そ、そんなことないのです!」

 唯川の一言にビックリしてジュースを零しそうになったが、圧倒的な反射神経で免れる。もし零してしまったら土下座では済まない。
 そして、リエルが緊張――もといビビっている事もバレていた。

「そう? 気のせいかな。あ、それよりついでにトランプとか持ってきたんだけど、これで遊ばない?」

 唯川はポケットからトランプを取り出す。

「あ、良いですね! 何のルールで戦いますか?」

「ポーカー希望なの」

 トランプをすることは満場一致で決まった。
 サンドラは、数あるルールの中で最も好きなポーカーを提案する。
 他の三人から異をとなえる声はない。
 試合時間も短いし、ウォームアップには上々だろうという判断からだ。

「良いね、ポーカー! それじゃあ賭け金はいくらにする?」

「「「――!」」」

 唯川の発言により、三人が一気に凍りついた。三人ともギャンブルには毛も生えていないド素人であり、こういった状況にはめっぽう弱い。
 それにこの唯川宅を見た後には、どんな莫大なレートだったとしてもおかしくないため、単純に恐怖の感情が勝った。

「……あ、あれ? 冗談……だよ?」

「で、ですよねぇ……」

 それが冗談だと分かると、目に見えて三人に安堵の顔が戻る。
 発言を鵜呑みにされた唯川も、冗談だと分かってくれた事で一安心だ。

「でも、罰ゲームは欲しいかなぁ」

「どうするのです? 個人的には軽いものの方が嬉しいのです」

「あ、丁度ワンちゃんのつけ耳があるから、それにしようよ」

「この耳本物なの?」

「さ、流石にそれは違うなぁ……」

 結局賭け金の代わりに、罰ゲームが追加された。
 こういった勝負では、自分が負けやすいと分かっているリエルの要望により、罰ゲームは軽めのものに決定される。

 何故か机の引き出しの中にあった犬のつけ耳を近くに置き、トランプは四人で回すようにシャッフルされだした。
 出来るはずもないが、一応イカサマ防止ということでカットまで行われる。

「はぅ……」

「リエル、顔に出てますよ」

「はぅ!? ひ、卑怯なのです!」

 唯川の手馴れたカード捌きにより、四人分の手札が十数秒で配られた。
 ココ、リエル、サンドラ、遅れて唯川が自分の手札を見る。
 チェンジの回数は一回のみ、つまり慎重に考えないといけない。

 いきなりリエルがポーカーフェイスを崩してしまうが、そのような事に気を取られている暇はなかった。
 自分の手をどのようにして伸ばすか、運の要素が大きいポーカーだが、実力で干渉できる部分に全力を尽くす。
 正直に言うと、リエルはココたちの眼中になかった。

「三枚チェーンジ」

「私も三枚チェンジします」

「四枚チェンジなの」

「ご、五枚チェンジなのです!」

 それぞれが必要な枚数を捨て、その分を引き戻す。
 チャンスは一回、妙な緊張感が全員のカードに走った。

「ふふ、それじゃあオープンだね」

 プレイヤーでありディーラーでもある唯川の合図により、四人が一斉に手札を明かす。

「スリーカードだよー」

「ツーペアです」

「バラバラなの」

「ワンペアなのです!」

 一位と最下位が決まった。
 一位は、ゲームが終わる前から何となくニヤついていた唯川。
 最下位は運悪く引き入れられなかったサンドラである。
 五枚チェンジというギャンブルに出たリエルは、運良くワンペアを迎え入れれたようだ。

「じゃあ、ドラちゃんが罰ゲームだね」

「仕方ないなの」

 万を辞してサンドラがつけ耳を装着する。
 その瞬間、唯川とリエルに衝撃が走った。

(か、かわいすぎる……!?)

(な、何なのですか、これは!? 天使ですか!?)

 まるで、絵に憧れる少年がルーブル美術館でピカソの作品を見た時のような興奮が、二人を包み込んでいた。
 あまりの衝撃に、両手で口元を息ができないくらいに押さえている。

「あはは、似合ってますよー、サンドラ」

 姉であるココは、勿論二人ほど動揺するわけもなく、オシャレをした子どもをあやす母親のような気持ちだ。

「ド、ドラちゃん! 写真撮ってもいいかな!」

「……う、うん」

 そんなココとは真逆に、理性を保てなくなった唯川は、充電器に繋がれていたスマートフォンを引き抜き、サンドラに近寄った。
 かなり間近に迫った唯川の顔に、サンドラは質問を聞き取れなかったが、反射的に承諾してしまう。

 パシャパシャと音を立てながらシャッターが切られる。
 このように写真を撮られるのが初めてであるサンドラは、どんな顔をしてよいのか分からずに、ずっと真顔のままだった。

「ドラちゃん、笑顔笑顔!」

「……難しい……なの」

 唯川の健闘むなしく、サンドラは真顔から下手くそな笑顔にしか変わらない。
 逆に唯川の方が何倍も笑顔だった。

「うん、どんな顔でもドラちゃんはかわいいや」

「あ、ボクにも見せて欲しいのです!」

 最後に唯川は、サンドラの表情に関係なく、写っているだけでかわいいという結論に辿り着く。
 撮った数十枚の写真を見ながら、唯川とリエルはニヤけ続けていた。

「あ、あの、ドラちゃん……一生のお願いなのですが、ワンと言ってくれませんか……?」

「……ワン」

「「――!」」

 ファンサービスが素晴らしいサンドラは、リエルの一生のお願いに渋々従う。
 そしてそれは、二人を悶絶させるのには十分すぎるほどだった。
 二人のリアクションは、国民的アイドルと握手した時の熱狂的なファンにも劣らない。

「もう我慢できないのです!」

「うぅ……苦しいなの」

 遂に理性の崩壊を選択したリエルは、ボフッとサンドラに抱きついた。
 リエルの顔はサンドラのオヘソ辺りに埋もれている。
 服越しに伝わる体温が、更にリエルを興奮させてしまう。

「そこまでそこまで。サンドラが死んじゃいますよ」

「もうお嫁に行けないなの……」

「な、そこまでなのですか!?

「とりあえず、そのつけ耳は危険だね……残念だけど外した方がいいかも」

 サンドラは、唯川とリエルの暴走を生んだ正体であるつけ耳を外す。
 それがサンドラの頭から離れた瞬間、二人が後悔の表情を浮かべたが、それでも外す事を止めない。


「き、気を取り直して次のゲームにいこう!」

 闇のゲームはまだ始まったばかりだった。
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