第3話

文字数 1,792文字

  3

 常世探偵。陳腐なネーミングだ。誰が言い出したのか、いつの頃からなのか、それは本人の意向などまったくお構い無しに噂だけが独り歩きしている。常世とは現世ではない世界。永久に変わらぬ世界。つまりあの世のことだ。
 探偵と呼ばれてはいるがもちろん本業ではない。謝礼や金銭を幾ら幾らと求めたことなど今の今まで一度たりともないし、もちろん表立って宣伝しているわけでもない。 
 いつのまにかどこかで聞きつけた人が、俺の開設しているプライベートなSNSにメッセージを送って来るようになった。あくまでこれは俺の趣味の範囲でやっていることで、良く言えばボランティアだ。
 しかし俺に依頼して来た人は皆、何がしかの謝礼を置いて行く。いらないと言っても誰も聞いてくれない。まあもらって困る物ではないので有難く頂戴することにしている。そう考えると結果的にはボランティアではないのかもしれない。少し胸の痛むところではある。細かいことだが、もちろん商売ではないので領収書は出さない。
 その人たちが流したのかどうかはわからないが、いつのまにか俺の名前は、あの石田の店ではないがクチコミでちょっとは知られるようになった。クチコミはやはり侮れない。今やネット民すべてが探偵みたいなものだ。そして付いた呼び名が例の常世探偵だ。ベタだ。B級ドラマでもあるまい。人からそう呼ばれる度に、もうちょっとマシな名前はなかったものかと脇腹がくすぐったくなる。
 そもそも俺がなぜそのようなベタな名前で呼ばれているのか? についてだが、話は二十数年前に遡る。
 元々俺には彼らの言うところの特殊な力はなかった。いや、正確には生まれ持った物かもしれないが、決して表には出なかったし、その時点まで、それが力であるとはまったく理解していなかった。そう、彼女に出会うその時点まで。
 彼女とは一体何者なのか。二十数年前、俺が出会った彼女はどこにでもいそうな一見普通の女子高生に見えた。だがその実、彼女はある離島に住む高貴なユタの末裔だった。
 この文明の発達した現代社会にそんなものと思うかもしれないが、表立っていないだけで、実は政界や財界など、世の中で名を馳せた有力者の影には、そういった力を持った人間が、まあ、本物かどうかは別にして大昔からごく普通に存在しているものなのだ。そういう神がかり的な力は本当に侮れない。
 そのユタの末裔である少女は、遥か遠くに居ながら、俺の存在に気付き、そして自分の住む島へと俺を導いた。俺はまさか彼女が俺を遠くから呼び寄せたなどこれっぽっちも思わなかった。   
 彼女との出会いは偶然であり、その島へ行ったのはすべて自分の意志だと思っていたわけだ。
でも違った。偶然は必然なのだ。そう、人と人の出会いも。あるいは、神と人との出会いもだ。説明のためについ使ってしまったが、俺は〝神〟と言う言葉が大嫌いだ。あれほど人間にとって都合の良い言葉はないと思っている。
 ここで言う神とは、巷に溢れる、いかにも胡散臭い○×教とか、あるいは世界中を血で血を争うあれやこれやなどとはまったく違う。それは大自然の意志のことだ。人間も含めた動物、植物などの生命体、それから鉱物、水や、空気、埃、その上にある、気体、液体、固体、などのすべての物質、いや、もっと大きなものすべて。この宇宙すべてに宿る意志のことだ。島の彼女はそれらすべてを感じることのできる力を有していた。
 俺は元潜水士だった。島の海底三十メートル付近で作業をしている途中に機材が故障、そして俺は溺れた。幸いにもいっしょに作業をしていた同僚に救助されて俺は十三分後に船の上で目覚めた。その生死を彷徨い続けた十三分間、俺はずっと夢を見ていた。そして目覚めた後、今でも同じ夢をよく見るようになった。
 そこは時間も場所もわからない、ただ真っ白いだけの世界で、一床のベッドが置いてある。俺はそのベッドで眠っていた。現実では肉体が意識不明なのにその夢の中でさらに眠っていると言うのもおかしな話だが、確かに俺はそのベッドで大変気分良く眠っていたのだ。 
 その時、声が聞こえた。とてもやさしい女の声だ。その声を聞くとまるで汚れた自分のすべてが赦されたような気持ちになった。

 ――あなたはほかの人よりもそれがずっと強い
                                   続く
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