第11話(1)お眼鏡違い
文字数 2,263文字
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「……ふっ、やはり貴女という人は聡明だ……」
ひと呼吸置いてから、ムツキが笑う。
「ムツキ、否定しないのですね……」
「ああ、眼鏡のつるうんぬんは実はかまをかけていたとか? 残念ながら、僕にもそれほどの余裕があるわけではないのですよ」
ムツキが肩をすくめる。
「そ、そんな……」
カンナが信じられないといった表情になる。ムツキがそれを見て首を傾げる。
「? そこまでショックを受けることですか?」
「そ、それは受けるでしょう!」
「何故?」
「何故って、貴方はわたくしにとっては家庭教師または師匠のような存在……!」
「そこです」
ムツキが右手の人差し指を立てる。
「え?」
「何故王女の教育係に僕が任命されたのかご存知ですか?」
「そ、それは、貴方が周囲に比べてひときわ優秀だから……」
「そう、僕は努力に努力を重ねた……群を抜くためにね。それは何故でしょうか?」
「な、何故?」
「そうです、何故でしょう?」
「……分かりません」
カンナが首を左右に振る。ムツキは笑みを浮かべながらため息をつく。
「はあ……好いていたというわりには、僕のことに関してはそれほど興味があったというわけではないようですね」
「そ、そんな……」
「よくある憧れの一種に過ぎなかったのでしょう。それを好意だと勘違いした……」
「そんなことはありません!」
カンナが声を上げる。ムツキが手を挙げてそれをなだめる。
「まあ、それは別にどうでも良いのです」
「良くはありません!」
「それよりも」
「それよりも?」
「……僕の血筋については特にお調べになっていないようですね」
「血筋?」
首を傾げるカンナを見て、ムツキが再度ため息をつく。
「……王女のまわりも大分うかつというか……いや、僕がすっかり舐められていたということでしょうか……まあ、そのように振る舞った部分もありますが……」
「話が見えません」
「……僕も王家の血を引く者なのですよ」
「!」
ムツキの言葉を聞いてカンナが驚く。
「とは言っても、大分遡らなければなりませんが……四国が現在に近い状態に分かたれた辺りまでですね……そう、この『愛の国』が成立した頃です」
「……」
「王宮内の権力闘争に敗れた僕の先祖は、王家自体から追放された……ご丁寧に――当然と言えば当然なのですが――その存在は記録の類からほぼ抹消されております」
「な、なんと……」
「……とは言っても、聡明な貴女ならばある程度調べれば分かる、察しがつくことだと思ったのですが……やはり僕に対してそれほどの興味関心が無かったということですね」
「そ、そんなことは……!」
「いえ、別にショックなどは受けておりません。それは大した問題ではありませんから……そんなことよりもあらためて……」
ムツキが眼鏡の蔓を触りながら話す。
「あらためて?」
「……この国を僕のものにさせて頂きます」
「! な、なにを⁉」
「今申し上げたように、僕も王家の血を引く者……この国を治める資格は有している」
「し、資格があるからと言って……」
「ん?」
「国民がいきなりの話に納得するでしょうか?」
「まあ、血筋の話はあくまでおまけのようなものです」
「おまけ?」
「……国民からたいへん人気のある貴女の師匠的な存在ということで、僕自身も大分崇敬を集めています。権力移行は存外スムーズに進むことでしょう。これは貴女に感謝しなければならないかもしれませんね」
ムツキが微笑む。カンナが俯きがちに呟く。
「それならば……」
「はい?」
「わたくしをこのままにしておくわけにはいかないでしょう!」
カンナが顔を上げ、薙刀を構える。
「ふむ、それは確かにそうですね……」
ムツキが腕を組んで頷く。カンナがさらに声を上げる。
「投降なさい!」
「? 何故そうなるのです?」
「貴方と争いたくはありません!」
「その口ぶり……争った結果が既に見えているようですね」
笑みを浮かべるムツキに対し、カンナが薙刀の切っ先を向ける。
「貴方もよく知っての通りです! 今やわたくしの薙刀の腕前は貴方の武芸を遥かに凌駕した、してしまった!」
「……これ以上は無駄な抵抗だと」
「そういうことです!」
「ふむ……」
ムツキがカンナにゆっくりと近づく。カンナが戸惑い気味に声を上げる。
「む、向かってくるのなら容赦はしませんよ!」
「ほう……」
「素手の貴方に何が出来るというのです!」
「……こういうことが出来ます」
「がはっ⁉」
ムツキが右手を掲げると、衝撃波のようなものが発生し、カンナが壁にめり込む。
「僕の本領はこちらですよ? 武芸など僕に言わせれば児戯のようなものです」
「ぐっ……!」
壁から床に落ちたカンナが尻餅をつく。ムツキが淡々と呟く。
「……薙刀を手放さないのは感心すべきところでしょうか。もっともその体勢では満足に振れないと思いますがね」
「ちょ、超能力……?」
「そういう俗っぽい言い方はあまり好きではありませんね。僕は神官の血を汲む者でもあります。言うなればこれは神力です」
「神力……」
ムツキが三度ため息をつく。
「貴女が聡明だというのはどうやら僕のお眼鏡違いだったのかもしれませんね。僕のこの力に全く気が付かないとは……眼鏡のレンズ、交換しましょうかね……」
ムツキがわざとらしく眼鏡を外す。カンナが呟く。
「……眼鏡をかけていた方が良かったですよ」
「何? うおっ⁉」
カンナが薙刀を横向けにかざす。薙刀が光る。その眩しさにムツキがたじろいだ隙に、カンナはすっと立ち上がり、薙刀を構えて叫ぶ。
「もう一度言います! ムツキ! 投降なさい!」
「……ふっ、やはり貴女という人は聡明だ……」
ひと呼吸置いてから、ムツキが笑う。
「ムツキ、否定しないのですね……」
「ああ、眼鏡のつるうんぬんは実はかまをかけていたとか? 残念ながら、僕にもそれほどの余裕があるわけではないのですよ」
ムツキが肩をすくめる。
「そ、そんな……」
カンナが信じられないといった表情になる。ムツキがそれを見て首を傾げる。
「? そこまでショックを受けることですか?」
「そ、それは受けるでしょう!」
「何故?」
「何故って、貴方はわたくしにとっては家庭教師または師匠のような存在……!」
「そこです」
ムツキが右手の人差し指を立てる。
「え?」
「何故王女の教育係に僕が任命されたのかご存知ですか?」
「そ、それは、貴方が周囲に比べてひときわ優秀だから……」
「そう、僕は努力に努力を重ねた……群を抜くためにね。それは何故でしょうか?」
「な、何故?」
「そうです、何故でしょう?」
「……分かりません」
カンナが首を左右に振る。ムツキは笑みを浮かべながらため息をつく。
「はあ……好いていたというわりには、僕のことに関してはそれほど興味があったというわけではないようですね」
「そ、そんな……」
「よくある憧れの一種に過ぎなかったのでしょう。それを好意だと勘違いした……」
「そんなことはありません!」
カンナが声を上げる。ムツキが手を挙げてそれをなだめる。
「まあ、それは別にどうでも良いのです」
「良くはありません!」
「それよりも」
「それよりも?」
「……僕の血筋については特にお調べになっていないようですね」
「血筋?」
首を傾げるカンナを見て、ムツキが再度ため息をつく。
「……王女のまわりも大分うかつというか……いや、僕がすっかり舐められていたということでしょうか……まあ、そのように振る舞った部分もありますが……」
「話が見えません」
「……僕も王家の血を引く者なのですよ」
「!」
ムツキの言葉を聞いてカンナが驚く。
「とは言っても、大分遡らなければなりませんが……四国が現在に近い状態に分かたれた辺りまでですね……そう、この『愛の国』が成立した頃です」
「……」
「王宮内の権力闘争に敗れた僕の先祖は、王家自体から追放された……ご丁寧に――当然と言えば当然なのですが――その存在は記録の類からほぼ抹消されております」
「な、なんと……」
「……とは言っても、聡明な貴女ならばある程度調べれば分かる、察しがつくことだと思ったのですが……やはり僕に対してそれほどの興味関心が無かったということですね」
「そ、そんなことは……!」
「いえ、別にショックなどは受けておりません。それは大した問題ではありませんから……そんなことよりもあらためて……」
ムツキが眼鏡の蔓を触りながら話す。
「あらためて?」
「……この国を僕のものにさせて頂きます」
「! な、なにを⁉」
「今申し上げたように、僕も王家の血を引く者……この国を治める資格は有している」
「し、資格があるからと言って……」
「ん?」
「国民がいきなりの話に納得するでしょうか?」
「まあ、血筋の話はあくまでおまけのようなものです」
「おまけ?」
「……国民からたいへん人気のある貴女の師匠的な存在ということで、僕自身も大分崇敬を集めています。権力移行は存外スムーズに進むことでしょう。これは貴女に感謝しなければならないかもしれませんね」
ムツキが微笑む。カンナが俯きがちに呟く。
「それならば……」
「はい?」
「わたくしをこのままにしておくわけにはいかないでしょう!」
カンナが顔を上げ、薙刀を構える。
「ふむ、それは確かにそうですね……」
ムツキが腕を組んで頷く。カンナがさらに声を上げる。
「投降なさい!」
「? 何故そうなるのです?」
「貴方と争いたくはありません!」
「その口ぶり……争った結果が既に見えているようですね」
笑みを浮かべるムツキに対し、カンナが薙刀の切っ先を向ける。
「貴方もよく知っての通りです! 今やわたくしの薙刀の腕前は貴方の武芸を遥かに凌駕した、してしまった!」
「……これ以上は無駄な抵抗だと」
「そういうことです!」
「ふむ……」
ムツキがカンナにゆっくりと近づく。カンナが戸惑い気味に声を上げる。
「む、向かってくるのなら容赦はしませんよ!」
「ほう……」
「素手の貴方に何が出来るというのです!」
「……こういうことが出来ます」
「がはっ⁉」
ムツキが右手を掲げると、衝撃波のようなものが発生し、カンナが壁にめり込む。
「僕の本領はこちらですよ? 武芸など僕に言わせれば児戯のようなものです」
「ぐっ……!」
壁から床に落ちたカンナが尻餅をつく。ムツキが淡々と呟く。
「……薙刀を手放さないのは感心すべきところでしょうか。もっともその体勢では満足に振れないと思いますがね」
「ちょ、超能力……?」
「そういう俗っぽい言い方はあまり好きではありませんね。僕は神官の血を汲む者でもあります。言うなればこれは神力です」
「神力……」
ムツキが三度ため息をつく。
「貴女が聡明だというのはどうやら僕のお眼鏡違いだったのかもしれませんね。僕のこの力に全く気が付かないとは……眼鏡のレンズ、交換しましょうかね……」
ムツキがわざとらしく眼鏡を外す。カンナが呟く。
「……眼鏡をかけていた方が良かったですよ」
「何? うおっ⁉」
カンナが薙刀を横向けにかざす。薙刀が光る。その眩しさにムツキがたじろいだ隙に、カンナはすっと立ち上がり、薙刀を構えて叫ぶ。
「もう一度言います! ムツキ! 投降なさい!」