第1話 旅先、七月の雨

文字数 348文字

 ふたりとも無口だった。なにか喋ったって、きっと雨音にかき消されてしまう。靴ならとっくにぐちゃぐちゃで、僕はただ、地面に跳ねる白い雨粒を見つめ、傘にしがみつくようにして、左右の足を交互に動かしていた。
「おい(けい)。なんか喋れ」
 前を歩く千里(せんり)が突然声を張り上げるから、僕は正直に、「喋ることなんかアリマセン」と答える。舌打ちが返ってくると思ったのに、雨の向こうから聞こえてきたのはため息だった。
 へえ。
 君って。そういうこと、するんだ。
 千里は立ち止まって振り返り、僕の様子を確かめるように傘の下から覗き込む。うそだろ、千ちゃん。そういう顔、見せてくるのかよ。
「あとちょっとで宿、着くから」
 すんなりとした表情。少しだけ掠れた静かな声。うん、と返答しながら、僕は、はやく眼をそらしてほしいと思っている。
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