葉っぱ

文字数 4,522文字

タイトル:葉っぱ
書いた人:甘らかん(かんらかん かなり気にするタイプ)
エブリスタ妄想コンテスト・テーマ「気になるあの人」参加作品


 私は昭和生まれの独身女。派遣社員という身分で生計をたてている。顔のホリは深くないけどほうれい線は深くなってきた。目下男よりお金募集中だ。

 それは平成最後の夏のこと。

 今日も今日とてAM8時前の私鉄通勤準急に乗り、池袋駅でJR山手線に乗り換えるためにちょっとした距離を歩く。
(今日もいた)
 数歩前をスーツ姿の若い男が歩いている。同じ私鉄に乗っているのだろうが車両が違うのか、いつも降りてから遭遇する。そして同じ山手線内回りに乗って同じ新宿で降りるのだ。
 深くなるほうれい線のかわりに脳のしわが浅くなっているほど物覚えの悪い私がどうして彼をインプットしているのか。答えは至って簡単。

(今日も頭の上に葉っぱがのっている)

 桜餅を包んだらいい感じの葉っぱが一枚彼の頭の上にのっている。
 取ってあげたいが背が高すぎ。190センチはあるんじゃないか。
 しかもいい男だ。爽やかなイケメンと呼んでいいだろう。口ものとホクロがチャームポイントだ。俳優ですといわれても納得できる。私が平成に生まれていたら飛びついてでも「頭に葉っぱがついてますよ」ときっかけをつくるのに。

 高身長のイケメンが頭に葉っぱをのせてJR山手線にむかって歩いている。

 若い女の子たちが彼をチラチラ見つめている。わざと近くを歩いているお姉さんもいる。おそらく平成に生まれた彼女たちは端正な顔だちを見ながら彼の勤め先と年収に想いを馳せているのだろう。それにしても……。
(なんでだれも葉っぱに突っ込みいれないんだろ)
 私の眼鏡が遠近両用だからか? 毎日だぞ。突っ込めよ。
(という私が突っ込めないんだからだれも突っ込めないか)
 山手線内回りホーム。今朝はたまたま彼の後ろに立った。葉っぱは落ちていない。ぺっとりはりついている。
(肩幅あるな~)
 凝視していたら私の後ろと真横から殺気が漂う。ミニスカートが似合うオフィスレディーたちが体育館の裏に来いや、とでも言いたげな顔をなさっている。これほどまでにイケている彼がバブルの恩恵を受けた昭和生まれを相手にするわけがないのに。それともライバル視されるということは、私もまだみずみずしいということか。
(ふふふ)
 緑の山手線が滑り込んできて大量の乗客が下車し、同じ量の人が乗り込む。勤め人、学生、外国人観光客。山手線は色々な人種のるつぼだ。
 あえて彼から離れたところに立つ。女性たちの争奪戦に巻き込まれたくないからだ。
(今日もイケメンをめぐる場所取り合戦が繰り広げられる)
 ミニスカートのオフィスレディー。ミニスカートの女子高生。赤く染めた髪を四方八方に遊ばせている学生さんも彼の近くに陣取るため、オジサンやら外国人やらを押しのけて息のかかる距離に突き進んでいく。
(こんなんで彼女らにロマンス生まれるのかなぁ)
 彼は女子高生二人組が座っている前に立った。それまで爆笑していた二人組が即座に押し黙り、上目遣いに彼をロックオン。
 そんな女子高生らを上から目線のオフィスレディー。うまいこと彼の真横をゲットできたようだ。
 それもそうだが彼の反対隣におじいさんが立っているんだけど……。女子高生たちおじいさんは視界に入ってないのか。ここでおじいさんに席ゆずったら彼に顔覚えてもらえるかもしれないのに。ロマンスのきっかけになるのに、なんでゆずらないかな。
(人はこうやってチャンスというものを見逃していくんだな)
 なんて思っているうちに新大久保を発車。あと一駅で新宿だ。
 私の視線は頭の葉っぱ。どんなに揺れようと、急停車しようと、糊でもついているかのように剥がれない。
(だれも突っ込まないというのは、おしゃれアイテムとして認知されているからなのか)
 知らないのは私だけで流行は斜め上方向に向かって飛んでいるのか。そうやってわからないことが増えていって若い人からクスクス笑われて、ご老人早押しクイズとかに引っ張り出されて期待通りの珍回答だしてお茶の間の人気者になってしまうのか。
(死んだら若い子らに「いたよね~、そんなバァさん」って言われる)
 扉が開いて新宿に着いた。降りなくては。先に降りてしまう彼を残念そうに見送るオフィスレディーに学生さん。一緒に降りれるのは優越感。

 数歩前を彼が歩いている。

 新宿駅西口から地下通を都庁方面へ。私のほうが先に目的のビルに入るため右折してしまうから彼がどこに勤めているのかはわからない。私が働くビルより先だから都庁かもしれない。
 都庁務め。つまり公務員。安定のイケメン。悪くない。相手にとって不足なし。どんと来い。
 突如、彼が立ち止まった。心を読まれたのかと思ったが、そんなロマンスではなかった。どうやら靴の紐がほどけたらしい。片膝ついてしゃがむ姿も絵になる。
(なにも私まで立ち止まって靴の紐結ぶの見学することはないんじゃないのか?)
 ついつい真後ろで美しい男性の美しい所作を見物していた。だが待て。
(立ち止まってるの私だけじゃないし)
 彼は団体競技ができるほどの女性に囲まれていることに気付いているのか。
(……あ、葉っぱ!)
 取ってあげるの今がチャンスではないか?
 私は動き出した。そこに葉っぱがついているなら取ってあげるのは親切心。
 産んでいてもおかしくないほど年下のイケメン公務員とロマンスを開幕させようだなんておこがましいことはミジンコほどにも思ってはいない。私にも年齢なりのわきまえはある。
 ただ、頭の葉っぱが気になるだけだ。

「毎日ついているから気になってました」

 印象に残るようなセリフは用意済みだった。痛いオバサンここに誕生である。
 攻撃的な視線を四方八方から感じる。ドッヂボールでひとりコートに残されてしまった逃げ専門がコート外の平成生まれたちに当たると痛いボールを投げつけられているかのようだ。
「うわあああああああああっ!」
 ところが悲鳴は男の声だった。
(え?)
 高身長イケメン公務員(職業想像)が頭をかきむしりはじめたのだ。
 びっくりした若い女性たちはそそくさと会社に向かって去っていく。
「なんてことを!」
 彼がヘドバンをはじめた。
(なにごと?)
 葉っぱを手に立ちすくむ私が間抜けみたいな感じに。
「返せ!」
 油断した。葉っぱを奪いとられた。いや、もともと彼のだ。しかしなんで怒りの感情むき出しではたかれるように奪い返されなきゃならない。取ってくれてありがとう、お礼にランチでもおごります。じゃないのか。オバサンズラブ開幕ではないのか?

 あまりのことに驚きすぎて彼がそのまま走り去ったのも気付かず。会社の派遣仲間に声をかけられなかったら遅刻するところだった。


 翌日。いつもと変わらない朝の通勤。AM8時前の私鉄に乗り込み池袋に向かう。

 あれは若くて綺麗な子を狙っての葉っぱだったんだ。靴の紐もわざとほどいた。しゃがんだのも意図的。葉っぱを取れる高さにして「さぁ、どの子猫ちゃんが若葉を摘んでくれるのかな」と仕掛けていたに違いない。計算狂って私が取ってしまったから壮絶なショックを受けた。なんでお前なんだ、余計なことしやがって、狙っていた可愛い子がいたのに。きっかけつくろうと頑張ったのに、なんでお前が引っかかるんだよ! ヘドバンヘドバン!
(平成に生まれてさえいればこんなことには)
 己の出生を呪う。
 電車はいつも通り池袋に到着した。
(彼がいても離れて歩こう)
 全く認めたくないが、オバサンらしくしおらしく。
 改札へ向かう。彼はいないようだ。時間をずらしたのかもしれない。
(この時間にイケメン君を楽しみにしていた女性たちに悪い事したなぁ)
 でも私だって悪気があったわけじゃない。それどころか親切心だ。
「邪魔しやがって」
「ギャッ!」
 真後ろから物騒なこと言われて驚かないほうがおかしい。声の主は斜め前にスッと抜けていく。
(イケメンから接触してきたっ!)
 間違うわけがない。人間離れしたイイ男設定を3D化したうえに頭に葉っぱをのせている。こんなクレイジーな奴ほかにいない。
(すごい暴言吐かれなかったか?)
 数歩先を振り返りもせずに進む彼の肩が肩パットでも入れているかのように吊り上っている。
(根にもってるわけ?)
 たしかに邪魔はしてしまった。若い女の子を釣ろうとしたところを邪魔したのは婚期逃してすっかりしおれたこの私だ。だがしかし。
(舌打ちまでするか?)
 昨日の親切を仇で返すハラスメント。ものすごくモヤモヤしてきた。

 山手線内回り電車が前の電車がつかえているからちょっと運転見合わせます。とアナウンスしたとき、行き遅れ独身女の心は決まった。
(腹の虫が暴れておさまらない)
 到着が遅れて申し訳ありません。というJR職員の放送を聞きながら新宿に降りる。彼に気づかれないようひとつ隣の車両に乗ったから通勤ラッシュの人ごみに紛れてあとをつけるのは若干の苦労を要した。
 今日は靴の紐ほどけないのか。まぁいい。イケメンの仮面をつけたハラスメント男。貴様はただの標的だ。
 私には感情論と図々しさしか武器がない。
 いま、猛烈に泣き寝入りしたくない気分。
(行くぞ、コンチクショウ!)
 こんなに猛ダッシュしたら心臓が粉々になるかも知れない。あの頭に手は届くのか。いや、届かせてみせる。奇跡は起きる。起こしてみせるって最初に言ったの誰だ?
(この私をバカにするなあぁぁぁぁぁーーーーーーっ!)
 少年漫画だったら見開きでパンチを繰り出している場面だが、暴力のかわりに頭の葉っぱをもぎとってやった。
(後ろから卑怯とか言うなよ、先に後ろから暴吐いたのはそっちだからな)
 不可能に近いほど成功するのが奇跡だ。
 私の手には桜餅包んだらちょうどよさそうな葉っぱが握られていた。
(よし!)
 振り向かない。走るんだ。隙をみせたらまた奪い取られる。
(とにかく出社だ。会社に行くんだ!)
 生計を立てるため、私の面倒を私がみるため。仕事人に遅刻は許されない。
 しばらくしたら、背後から昨日と同じ彼の悲鳴が聞こえてきた。やばいやばい。追いかけられる。
 普段運動しないし、低血圧だし。男性の足では簡単に追いつかれる。
(絶対逃げ切るんだ! イケメンにやりかえしてやるんだ! 人の親切をバカにすると痛い目に会うことを学習させるんだ!)
 背後から複数の女性が悲鳴をあげているようだ。たぶん彼が頭かきむしってヘドバンをはじめたのだろう。でも私は振り返らない。
 たとえ悲鳴の数が増えようと、女性ばかりでなく男性のぎゃーっという声まで加わろうとも。変な匂いのする緑色の煙が迫ってこようとも。

 私は走り抜く。輝かしきゴール地点である会社に向かって。

                〈完〉 
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