もめん
文字数 3,338文字
タイトル:もめん(エブリスタ超・妄想コンテスト参加作品 テーマ:私が死んだ理由)
書いた人:甘らかん(かんらかん 息をひきとるなら布団の上希望)
私の名前は辛かんら(からかんら)しがない派遣社員だ。
さて、しがないとはどういう意味だろう。遠近両用メガネが必要な歳になったというのに独身の一人暮らしが板についているからか。人生半世紀生きようというのに正社員というものになったことがなく、非正規でもいつか小説家になって一発二発ヒット飛ばして独り者でも楽しく生きていけると、家族団らん決め込んで微笑み合っている人々に知らしめてやろうと目論んだはいいけど気がついたら砂漠のど真ん中に取り残されていた……のを指してしがないというのか。
まぁ、否定はできない。
しがない私はいつも人生迷っている。
たとえば今、100円のお買い上げで1ポイントがいただけるスーパーに来ている。冷奴が食べたくなり3連の豆腐を買おうとしているのだが。木綿にするか絹ごしにするかでかれこれ3分は巨大冷蔵庫の前に立っている。
わかっている。選べばいい。好きなのは絹ごしなのだから絹ごしを選べばいい。簡単なことではないか。そうなんだけど、お得な3連の豆腐はサイズも一人暮らしに丁度いいし、絶対に買いではあるが賞味期限内に果たして食べきるのかという問題がある。
わかっている。食べればいい。当たり前のことではないか。調理法は無限に広がっている。しかし、その当たり前のことができないのが私、辛かんらというアラフィフ独身非正規雇用夢破れ人間なのだ。賞味期限をきらすのが体に染み付いているのだ。
ある日冷蔵庫の奥で賞味期限から3ヶ月たった3連ベーコンの1つを発見し、手に取ったときの虚無感を知っているだろうか。真空に近いパックだからイキイキとしているように見える。脂身も白いし、ツヤツヤしている。
「いけるんじゃね?」
そう錯覚する。いまどきの食品はおしげもなく防腐剤を注入しているだろうから、死にはしないんじゃないだろうか。
と思いながらも息を止めてフィルムを剥がし、中身と容器を分別して捨てている。
だれかのためにご飯など作らないから3連4連の食品は必ずと言っていいほど1つだけ取り残す。放って置かれて朽ち果てる。誰にも発見されず。さみしく賞味期限を終了する。
5分悩んだ末、ひょっとこフーズの木綿豆腐3連にする。1つだけ余らすなら最初から1つ冷凍すればいい。私も学習はする。豆腐も冷凍保存ができることを知った。木綿と絹ごしでは冷凍後も食感が変わるわけで、硬さと噛みごたえが肉っぱくなる木綿にした。冷凍保存で賞味期限を伸ばすのだ。
城=ワンルームマンション9階建ての8階角部屋に帰り、忘れないうちに豆腐を1つ冷凍庫に放り込むことにする。いつか、おいしく調理されるその日まで、安らかに眠れ。
「ハァッ!」
冷凍庫の引き出しを開けて、凍りついた。冷凍庫だけに。
そこにはひょっとこフーズの木綿豆腐3連のうちの1つが滞在していた。なんということだろう。すっかり忘れていた。2~3週間前に同じこと考えてひょっとこフーズの木綿豆腐3連を購入していたのだ。
しがない、どころかポンコツ。
これが歳をとるということなのか。こうやって一つ一つ簡単なことがわからなくなっていき、そのうち死んだことにも気づかないでこのマンションの一室でだれにも発見されずにひからびてしまうのか。
「まぁいいか。ふたつくらい冷凍しておいても」
開きなおろう。
買ってきた豆腐を入れようと冷凍庫の場所を作る。保冷剤。これも保冷剤。なんで保冷剤。やたら保冷剤。冷凍庫の三分の一は保冷剤ではなかろうか。なぜ捨てられないんだ。紙袋を溜め込む話はよく聞くけれど、保冷剤の話は聞いたことがない。歳をとるほど勿体なくて捨てられなくなるのも老いなのか……。冗談じゃない。今から冷凍保存しても解凍されてもオバサンのままだ。
「ハアアッ!」
容赦なく襲いかかる衝撃。保冷剤の下に、ひょっとこフーズの木綿豆腐3連が2つもある。嘘だろ。いつのだよ。いつ買ったんだよ。なんで調理してないんだよ。ひょっとこフーズが私を陥れようとしているのか。
気を落ち着かせるためにバナナでも食べよう。小腹を落ち着かせるにはもってこい。
バナナの皮をゴミ箱に投げて、フローリングにカチンコチンに冷凍されたひょっとこフーズの木綿豆腐3連を並べてみる。
右から1週間前に賞味期限切れ。3ヶ月前に賞味期限切れ。最後の1つに至っては年度が違う。
これで凍ったひょっとこフーズの木綿豆腐が3つ。買ってきたばかりのひょっとこフーズの木綿豆腐3連が1つ。
ひよっとこ祭りかよ。
冷静に考えろ。いくら冷凍でも年度が違うのはもうアウトだ。3ヶ月前は食べられるかな? あとで検索。1週間前は余裕。
でもって買ったばかりの3連。
「とりあえず冷蔵庫入れるか……アッ!」
扉をあけたとたん背筋に悪寒が走った。冷蔵庫なだけに。
そこにはひょっとこフーズの極小粒納豆3連パックが鎮座していたから。
フローリングに遺伝子組み替えではない納豆3連パックも置いてみる。見事に揃ったひょっとこフーズ。回し者なんじゃなかろうか。3つまるまる食べていない納豆は昨日買ったものだ。賞味期限はまだ余裕。納豆だからある程度期限切れても食べられるけれど。
とんだイソフラボンフェスティバルになった。
「こればっか食べたら痩せるかな」
から笑いして冷蔵庫をに目をやる。さすがに豆乳は買っていなかった。そこまでやってたら自分で自分が嫌になっている。冷凍庫に豆乳アイスは入っていたが、80キロカロリーの優れものだから別モノだ。
献立どうしたものか。
そもそも、なんで豆腐買ったんだっけ。絹ごしが好きなのにどうして木綿ばかり選んでいるんだろう。
こんなんだから私は。
「末期かな、いろいろ」
こんなんで、あと何年生きるんだろう。
「とりあえず、出したもの入れるか」
凍った豆腐には冷凍庫へ戻ってもらい、凍ってないのは1つは冷奴として胃袋に収まってもらうとして、W大豆になるが納豆ごはんと洒落込もう。大豆ばかりだとなんだから納豆ごはんは生卵も落とす。野菜がないとよろしくないから豆腐サラダにするかな。なんか野菜あったっけ。
たしかロメインレタスとキュウリがあったはず。冷蔵庫あけるのこれで何度目だ?
「ヒャッ!」
冷蔵庫の扉に手をかけようとしたと同時になにかに足を取られた。勢いづいて真後ろに倒れる。ヤバイ、なにが起きたのかわからんちん。後ろ向きに倒れるってあんま良くないんじゃないか? っていうか足、ニュルッとした。ニュルッとしたもので足滑らせた。なになになにに。
スローモーションで真後ろに倒れる視界の遠くに黄色くて長いものが空を舞っているのが映った。あれは、まさかのバナナの皮。
あれに足をとられたのか。バナナの皮はゴミ箱に放ったはず。子どもの頃からのノーコンが健在していたのか。バナナの皮がゴミ箱に入っていなかった、しかも冷蔵庫の近くに落下していたとは。
このまま真後ろに倒れたらどうなる。
固いものに肩が当たった。たぶんテーブルの角。痛いと思う暇なく一旦体が持ち上がった。ふわっと浮いた。ジェットコースターの一番高いところで一旦止まるなのか? と思いきや、そうは問屋が卸さない。なにを卸さないんだ?
急速落下する背面を待ち構えるものすごく固いもの。それが脳に直撃する。フローリングに置いていたひょっとこフーズの木綿豆腐3連を凍らせたものが頭蓋骨にクリーンヒット。
こりゃダメだ。意識失うやつだ。
背中が冷たいという感覚がかすかにする。凍ったひょっとこフーズの木綿豆腐だ。頭ぶつけたのは賞味期限いつのだろう。年号が違うのはなんで気づかなかったんだろう。とっとと見限って捨てればよかったのに。そもそも、気づかなかったのだから、仕方ない、のか、な。
私はいつ見つけてもらえるだろうか。
〈完〉
書いた人:甘らかん(かんらかん 息をひきとるなら布団の上希望)
私の名前は辛かんら(からかんら)しがない派遣社員だ。
さて、しがないとはどういう意味だろう。遠近両用メガネが必要な歳になったというのに独身の一人暮らしが板についているからか。人生半世紀生きようというのに正社員というものになったことがなく、非正規でもいつか小説家になって一発二発ヒット飛ばして独り者でも楽しく生きていけると、家族団らん決め込んで微笑み合っている人々に知らしめてやろうと目論んだはいいけど気がついたら砂漠のど真ん中に取り残されていた……のを指してしがないというのか。
まぁ、否定はできない。
しがない私はいつも人生迷っている。
たとえば今、100円のお買い上げで1ポイントがいただけるスーパーに来ている。冷奴が食べたくなり3連の豆腐を買おうとしているのだが。木綿にするか絹ごしにするかでかれこれ3分は巨大冷蔵庫の前に立っている。
わかっている。選べばいい。好きなのは絹ごしなのだから絹ごしを選べばいい。簡単なことではないか。そうなんだけど、お得な3連の豆腐はサイズも一人暮らしに丁度いいし、絶対に買いではあるが賞味期限内に果たして食べきるのかという問題がある。
わかっている。食べればいい。当たり前のことではないか。調理法は無限に広がっている。しかし、その当たり前のことができないのが私、辛かんらというアラフィフ独身非正規雇用夢破れ人間なのだ。賞味期限をきらすのが体に染み付いているのだ。
ある日冷蔵庫の奥で賞味期限から3ヶ月たった3連ベーコンの1つを発見し、手に取ったときの虚無感を知っているだろうか。真空に近いパックだからイキイキとしているように見える。脂身も白いし、ツヤツヤしている。
「いけるんじゃね?」
そう錯覚する。いまどきの食品はおしげもなく防腐剤を注入しているだろうから、死にはしないんじゃないだろうか。
と思いながらも息を止めてフィルムを剥がし、中身と容器を分別して捨てている。
だれかのためにご飯など作らないから3連4連の食品は必ずと言っていいほど1つだけ取り残す。放って置かれて朽ち果てる。誰にも発見されず。さみしく賞味期限を終了する。
5分悩んだ末、ひょっとこフーズの木綿豆腐3連にする。1つだけ余らすなら最初から1つ冷凍すればいい。私も学習はする。豆腐も冷凍保存ができることを知った。木綿と絹ごしでは冷凍後も食感が変わるわけで、硬さと噛みごたえが肉っぱくなる木綿にした。冷凍保存で賞味期限を伸ばすのだ。
城=ワンルームマンション9階建ての8階角部屋に帰り、忘れないうちに豆腐を1つ冷凍庫に放り込むことにする。いつか、おいしく調理されるその日まで、安らかに眠れ。
「ハァッ!」
冷凍庫の引き出しを開けて、凍りついた。冷凍庫だけに。
そこにはひょっとこフーズの木綿豆腐3連のうちの1つが滞在していた。なんということだろう。すっかり忘れていた。2~3週間前に同じこと考えてひょっとこフーズの木綿豆腐3連を購入していたのだ。
しがない、どころかポンコツ。
これが歳をとるということなのか。こうやって一つ一つ簡単なことがわからなくなっていき、そのうち死んだことにも気づかないでこのマンションの一室でだれにも発見されずにひからびてしまうのか。
「まぁいいか。ふたつくらい冷凍しておいても」
開きなおろう。
買ってきた豆腐を入れようと冷凍庫の場所を作る。保冷剤。これも保冷剤。なんで保冷剤。やたら保冷剤。冷凍庫の三分の一は保冷剤ではなかろうか。なぜ捨てられないんだ。紙袋を溜め込む話はよく聞くけれど、保冷剤の話は聞いたことがない。歳をとるほど勿体なくて捨てられなくなるのも老いなのか……。冗談じゃない。今から冷凍保存しても解凍されてもオバサンのままだ。
「ハアアッ!」
容赦なく襲いかかる衝撃。保冷剤の下に、ひょっとこフーズの木綿豆腐3連が2つもある。嘘だろ。いつのだよ。いつ買ったんだよ。なんで調理してないんだよ。ひょっとこフーズが私を陥れようとしているのか。
気を落ち着かせるためにバナナでも食べよう。小腹を落ち着かせるにはもってこい。
バナナの皮をゴミ箱に投げて、フローリングにカチンコチンに冷凍されたひょっとこフーズの木綿豆腐3連を並べてみる。
右から1週間前に賞味期限切れ。3ヶ月前に賞味期限切れ。最後の1つに至っては年度が違う。
これで凍ったひょっとこフーズの木綿豆腐が3つ。買ってきたばかりのひょっとこフーズの木綿豆腐3連が1つ。
ひよっとこ祭りかよ。
冷静に考えろ。いくら冷凍でも年度が違うのはもうアウトだ。3ヶ月前は食べられるかな? あとで検索。1週間前は余裕。
でもって買ったばかりの3連。
「とりあえず冷蔵庫入れるか……アッ!」
扉をあけたとたん背筋に悪寒が走った。冷蔵庫なだけに。
そこにはひょっとこフーズの極小粒納豆3連パックが鎮座していたから。
フローリングに遺伝子組み替えではない納豆3連パックも置いてみる。見事に揃ったひょっとこフーズ。回し者なんじゃなかろうか。3つまるまる食べていない納豆は昨日買ったものだ。賞味期限はまだ余裕。納豆だからある程度期限切れても食べられるけれど。
とんだイソフラボンフェスティバルになった。
「こればっか食べたら痩せるかな」
から笑いして冷蔵庫をに目をやる。さすがに豆乳は買っていなかった。そこまでやってたら自分で自分が嫌になっている。冷凍庫に豆乳アイスは入っていたが、80キロカロリーの優れものだから別モノだ。
献立どうしたものか。
そもそも、なんで豆腐買ったんだっけ。絹ごしが好きなのにどうして木綿ばかり選んでいるんだろう。
こんなんだから私は。
「末期かな、いろいろ」
こんなんで、あと何年生きるんだろう。
「とりあえず、出したもの入れるか」
凍った豆腐には冷凍庫へ戻ってもらい、凍ってないのは1つは冷奴として胃袋に収まってもらうとして、W大豆になるが納豆ごはんと洒落込もう。大豆ばかりだとなんだから納豆ごはんは生卵も落とす。野菜がないとよろしくないから豆腐サラダにするかな。なんか野菜あったっけ。
たしかロメインレタスとキュウリがあったはず。冷蔵庫あけるのこれで何度目だ?
「ヒャッ!」
冷蔵庫の扉に手をかけようとしたと同時になにかに足を取られた。勢いづいて真後ろに倒れる。ヤバイ、なにが起きたのかわからんちん。後ろ向きに倒れるってあんま良くないんじゃないか? っていうか足、ニュルッとした。ニュルッとしたもので足滑らせた。なになになにに。
スローモーションで真後ろに倒れる視界の遠くに黄色くて長いものが空を舞っているのが映った。あれは、まさかのバナナの皮。
あれに足をとられたのか。バナナの皮はゴミ箱に放ったはず。子どもの頃からのノーコンが健在していたのか。バナナの皮がゴミ箱に入っていなかった、しかも冷蔵庫の近くに落下していたとは。
このまま真後ろに倒れたらどうなる。
固いものに肩が当たった。たぶんテーブルの角。痛いと思う暇なく一旦体が持ち上がった。ふわっと浮いた。ジェットコースターの一番高いところで一旦止まるなのか? と思いきや、そうは問屋が卸さない。なにを卸さないんだ?
急速落下する背面を待ち構えるものすごく固いもの。それが脳に直撃する。フローリングに置いていたひょっとこフーズの木綿豆腐3連を凍らせたものが頭蓋骨にクリーンヒット。
こりゃダメだ。意識失うやつだ。
背中が冷たいという感覚がかすかにする。凍ったひょっとこフーズの木綿豆腐だ。頭ぶつけたのは賞味期限いつのだろう。年号が違うのはなんで気づかなかったんだろう。とっとと見限って捨てればよかったのに。そもそも、気づかなかったのだから、仕方ない、のか、な。
私はいつ見つけてもらえるだろうか。
〈完〉