最期まで若々しくいるための指南 

文字数 3,740文字

最期まで若々しくいるための指南
~トマトジュースと吸血鬼~

 真っ赤なイチゴがのったショートケーキに金色のフォークを刺してにっこり。

 人生もあと30年あればいいかしら。

 あと30年健康でいられれば、天使が降りてきても恨まないわ。ただし30年後よ、コロリとお願いね。
 真っ白なカップのふちをさすってみたり。
 昭和のビーナスと呼ばれたわたくしも、そんなことを考える年齢になってしまいました。

 健康とか長寿の秘訣とか認知症にならない予防法とか、そういうテレビ番組をやたら目にします。
 少子高齢化の、高齢化の影響でしょうね。
 芸能人が人間ドッグにかかって、あそこが悪い、残り寿命は、血管年齢は、とか。いかにも不健康そうな人集めて、悪い結果を楽しんでいるようにも見えます。
 なかには番組のおかげで早期のガンが見つかって助かったと言う方もいるけれど、視聴者になにか見返りがあるのかしら。

 健康番組を見ていると、もう日本人は納豆とトマト食べていればいいんじゃない? とさえも思えます。
 だけど、わたくしはトマトが嫌い。黄色オレンジ紫と、色目を使って誘惑しようともトマト非購入計画に加担している身としては、その意見にはまるで賛成できない。
 ではどうしたらいいかしら。納豆だけでいまから30年、健康を保てるのかしら。
 年齢とともに老けていくのは仕方ないって思うけど。倒れて土に還るまでは、ただ生きているだけという「おばあちゃん、お元気ですね~」にはなりたくないの。う~ん、なんてお伝えすればいいのかしら。
 これでもわたくし、昭和の時代にはビーナスと言われましたわ。平成の時代には美魔女なんて流行語も生まれたけれど、そう思ってくださって結構よ。じゃあ、次の時代はなんて呼ばれようかしら。うふふ。

 認知症や病で倒れる前には棺桶に入りたいから予測であと30年と考えているわけだけれど。それまで30年あるわけだから、美しく終盤を迎えるわたくしにぴったりな呼び名を考えないと、「いつまでも元気な」とか「若作り」とか不愉快だから新語を考えたいの。
 若さというものはね、見た目だけじゃないのよ。内側から湧き出るものなの。
 いつまでも美味しいものを吸収したいですわ。

 とにかく「おばあちゃん」と呼ばれるのはいやですわ!

 ここで考えをチェンジさせましょう。
 吸血鬼が血を吸えないからトマトジュースで飢えを誤魔化す。という昭和が生んだネタがありますよね。
 吸血鬼モノの娯楽では、ほぼ出てくるシーンですわね。
 美女の生き血の代用品をトマトジュースとする。それでも不老不死を保てる吸血鬼。
 なんて羨ましい。
 いいえ、ちょっと待てください。
 それなら、逆の発想はどうなのかしら。
 つまりこうよ。

 トマトジュースの代用品として若者の生き血をすするというのは?

 己の若さを保つには。若人を手中に収め、その生き血をいただくという、スティーブン・キングも白眼をむくような悪魔的計画がいけているのではないかしら。
 おほほ、もちろんほんとうに血をすするわけではありませんから、半分以上は冗談、たとえですわ。
 つまり、わたくしは新世紀の吸血鬼になるの。

 問題は、どこで新鮮な若人の生き血を調達するか、ですよね。
 時代はSNSですわ。だれにでも繋がることができますからね。わたくしもSNSというものを始めることに致しました。それが5年前のことです。
 現在は美魔女というカテゴリーに入ることができているわたくしなので、そのさらに上にいくためには若人の心をわしづかむ必要がありました。
 まずは若人にきさくな熟女をアピールして。若人の輪に積極的に潜入しすることが必要ね。おほほほ。
 そして、ご覧になって。これがオフ会の写真ですの。わたくしが主催してご招待したのよ。
 楽しそうでしょ? みんないい子でね。今時の若い子は常識にかけるとハロウィンの映像見て行先を案じていたのですけれど、そんな子ばかりじゃないですね。
 若人のトレンドを吸収することで、わたくしにも新鮮な血が流れていくのを感じ取ることができるんですの。
 まだまだ負けてはいられませんので、前進あるのみです。若者のなかにも積極的に、臆せずに入って行って、生き血をすすりたいと思います。うふふふふ。

「マジかよ」

 そこで番組が終わるものだから、どこからなにを突っ込んだらいいのかわからない。
 そもそも、この女は何者だ?
 検索さんに尋ねてみれば、元どっかの大学のミスで、いまでは美容会社代表取締役で女の人生コメンテーター、エッセイスト、2児の母親でもある。とあった。
 バラエティー番組で「28歳若返る若者との付き合いかた」とかいうベストセラーをたずさえて先ほどのようなお話を40代から60代の女性をターゲットにしているわけだが。

「トマトが苦手で同世代、というところしか共通点がない」

 そりゃ、あんたぐらい地位も名声もあって、そこまでお金かけることができる人ならそんなこと言えるんだろうけどさ。
 人生の半分以上を非正規雇用で過ごし、結婚もせずに一人暮らししながら、いまだに実にもなりそうにない小説を書いている、そんな私はどうしたらあんたみたいになれるんですかね?

「このまま年だけとって、おばあちゃんお若いですね~、80歳には見えないですよ~。などどテレビレポーターに白々しいこと言われたくないのはわかるけどさ」

 という余韻にひたっていたら、ラインの着信音がした。
〜今の番組見た? 草だよね~
 これでこそ同世代!
 持つべきものは本物の同世代!
 庶民に寄り添う同世代!
「ダーヨーネー」
 速攻で返す。
〜ダーヨーネー〜
 友人も返す。
 さらに当然のように繰り出されるアニメスタンプ。友人がとらのあなで薄い本まで購入するほどお気に入りのスケートのアニメ、あれだ。
 それに私は実写版銀魂のアレなスタンプで返す。
 遅れてもう一人があらいぐまラスカルで返してきた。ラスカル。可愛いよな、ラスカル。なんだかとっても眠いんだ。それはパトラッシュ。
〜そもそも、自分の息子に手だしてるようにしか見えないよ、このオバハン〜
「んだんだ。こういう勘違いオバさんにはなりたくないよね」
 パリピーとグラスかかげてイエ〜イとか言っている写真を惜しげもなく公共の電波にのせることができる肩書きいっぱいな吸血美魔女がうらやましいと思う同世代が、どれくらいいるのだろう。
「でも、この人の本売れてるんだよねで」
〜誰が買ってるんだろうか〜
〜その金があったらコメダ珈琲でシノロワール食べるね〜
「それに一票な」
〜ダーヨーネー〜
〜ダーヨーネー〜
「ダーヨーネー」
 スマホになんかサインが入った。
「珍しい、ツイッターの直メール入った」
〜コンビニ?〜
〜コンビニ当選メール〜
 なんか応募したっけな。 
 確認した。
 驚いた。
「若い男からカラオケしないかとメール来た」
〜え?〜
〜いまから?〜
〜まじで?〜
〜だれ?〜
〜いま夜の9時ですけど〜
〜若いっていくつ?〜
 本人よりうろたえる友人たちである。
「会ったことないのだが、19と二十歳だ」
〜え?(二度目)〜
〜確実に犯罪〜
〜会ったことないのにカラオケとか誘う?〜
「ツイッター仲間ではあるし、身分はわかっているから変なことではないよ〜。ただ会ったことないだけで」
〜いやいや〜
〜いや〜ん〜
「いやいや、互いに身分割れてるからおかしなことにはならないし」
〜え、じゃあ行くの? 法を犯しに〜
〜祝、ともだちが犯罪者〜
「えーっ、調子悪いとかいって断るよ〜。さすがに私も分別あるし〜」
〜これも若者のノリなのかね〜
〜私達、親ほどの年齢なのにね〜
「気さくだよね〜」
〜ダーヨーネー〜
〜ダーヨーネー〜
「ダ〜ヨ〜ネ〜」
 スタンプ。
 スタンプ。
 スタンプ。
「じゃあ、そろそろ風呂入って寝るわ〜」
〜早いね〜
〜早寝〜
「そんなお年頃だし」
〜朝も早くなる〜
〜早起き〜
「おやすみ〜」
〜おやすみ〜
〜おやすみ〜

 ラインを閉じて、直メールの返事を返す。
「悪いけど」
 ほんとうに申し訳ないんだけど。
「派遣社員で貧乏だから割り勘な〜」
 すまぬ、友達よ。
 いまの若者がなにを考えてどこに向かおうとしているのかが気になっているのは美魔女吸血鬼だけではないのだよ。
「自由が利くのも独身一人暮らしの特権だよな」
 私はなんにも持ち合わせがないパンピー(死語)だ。しかもいつ死んでしまうかわからない域に入り始めた。
 つまり、周囲の目とか恥ずかしいとか。そんな理由ですべてを我慢してシワが増えていくより、残り少ない人生は後悔ないようシワを刻むことを選ぶのだよ。

「と言い換えると、加齢もカッコイイんじゃね?」

 その実、1年カラオケご無沙汰だったので、ストレス発散したかったというのがありました。

「待ってろよ〜。イケてる私がいま、会いにいくからな〜!(笑)」

              〈完〉
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